無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
唄えば天国ジャズソング: 命から二番目に大事な歌 (ちくま文庫 い 19-1) 文庫 – 1990/12/1
色川 武大
(著)
- 本の長さ264ページ
- 言語日本語
- 出版社筑摩書房
- 発売日1990/12/1
- ISBN-104480024964
- ISBN-13978-4480024961
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- 出版社 : 筑摩書房 (1990/12/1)
- 発売日 : 1990/12/1
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 264ページ
- ISBN-10 : 4480024964
- ISBN-13 : 978-4480024961
- Amazon 売れ筋ランキング: - 576,958位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 163位歌謡曲・演歌 (本)
- - 2,186位ちくま文庫
- - 17,259位エッセー・随筆 (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
カスタマーレビュー
星5つ中5つ
5つのうち5つ
5グローバルレーティング
評価はどのように計算されますか?
全体的な星の評価と星ごとの割合の内訳を計算するために、単純な平均は使用されません。その代わり、レビューの日時がどれだけ新しいかや、レビューアーがAmazonで商品を購入したかどうかなどが考慮されます。また、レビューを分析して信頼性が検証されます。
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2015年3月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
色川さんのこの著書、相当なもんです。知らないことが満載。それを、一つずつ、一つずつ、いろんな手段を駆使して調べていくと、そこには深い楽しみが!そして、それを知れば知るほど、この本がだんだんと離せなくなります。あの時代に私も生きたかったな、と思わせる、とても粋な作品です。
2013年9月18日に日本でレビュー済み
私が学生の頃、ビデオレンタル屋があちこちに出始めまして、それまでマニアな映画青年でなければ目にする事がなかった過去の映画を手軽に友達の下宿で見ることができるようになりました。
バブル期に小津やクレイジーキャッツなどが再評価された背景には、そのような映画インフラの組み換えもあったのでしょう。
同時に小演劇ブームでもあり、喜劇の祖先のマルクスブラザーズ、ダンスの祖先のフレッドアステアの映画も実に良く見ました。
バブルの時代だったにもかかわらず私立文系の芸術系クラブの連中は一昔前の学生生活への憧れが強く、毎日毎日麻雀をしていまして、その筋から阿佐田哲也に入っていきました。
この本の200ページからの一文は非常に重要な文章です。
「私は50年近く映画や舞台でいろいろの芸を眺めてきたが、すべての役者、すべての歌手、すべての芸人の中でフレッドアステアという存在を頂点においている。この考えは今も昔も変わらない」
色川武大は眺める人であった、と言っても過言ではない。
この文章では、役者、歌手、芸人、と書いているがその他にも、競輪選手、相撲取り、野球選手など、人前で何かをする人々を眺め続けてきてその事に関する文章は多い。それどころか、虫食い仙二、将棋の芹沢と言った友人についても、ただの友人ではない距離感を保っていて、冷たい言い方だか、友人を眺めているという風情がある。間野立太と言う老編集者についての文章にもその気配がただよう。
そんな位置からの芸人に関する文章はとても多い。
このアステアについての文章は自分の価値判断の基準を明確に示している。
なにしろ芸談についてはこの人の右に出る人はいない、と言うくらい幅も奥行きもある第一人者が自分の基準を明らかにする、と言うのは職業上の秘密を明かす、と言うよりももっと切実な信仰告白に似た気持ちでなければかけないのである。
だからこそ、このように大げさでない、さらりとした書き方になったのだろう。
別の文章で、戦後の出版社の情景を描いていて、編集者には人にははっきりとは言えないが学歴等で引け目を感じている人が多かったように思う、その人が例えば作家希望だ、と言うことは一生口にしないくらいひりひりとした思いだったのではないか。そんなひとたちにとって、たとえ3流の出版社であっても(文化のはじに連なっているという点で)オアシスのように感じることがあったのではないか。
とも書いている。
なんとなく、色川武大がアステアを中心においているということと、作家志望と言うことを絶対に言わないという気持ちは通じているように思う。そのことを晩年の文章にめだたないように、しかし明確に記されている事にこの人の生真面目さを感じるのです。
もちろん、これは私がフレッドアステアが素晴らしいと思っていること、阿佐田哲也に心服していることとも深く関係あるのだが。
それを差し引いても、一流の見巧者が晩年に手の内を明かした、と言う迫力は確実に感じられるのです。
できれば、各種の芸人に関する文章を読んだ、その後にこの文章(の前後)を読むことをお勧めいたします。
バブル期に小津やクレイジーキャッツなどが再評価された背景には、そのような映画インフラの組み換えもあったのでしょう。
同時に小演劇ブームでもあり、喜劇の祖先のマルクスブラザーズ、ダンスの祖先のフレッドアステアの映画も実に良く見ました。
バブルの時代だったにもかかわらず私立文系の芸術系クラブの連中は一昔前の学生生活への憧れが強く、毎日毎日麻雀をしていまして、その筋から阿佐田哲也に入っていきました。
この本の200ページからの一文は非常に重要な文章です。
「私は50年近く映画や舞台でいろいろの芸を眺めてきたが、すべての役者、すべての歌手、すべての芸人の中でフレッドアステアという存在を頂点においている。この考えは今も昔も変わらない」
色川武大は眺める人であった、と言っても過言ではない。
この文章では、役者、歌手、芸人、と書いているがその他にも、競輪選手、相撲取り、野球選手など、人前で何かをする人々を眺め続けてきてその事に関する文章は多い。それどころか、虫食い仙二、将棋の芹沢と言った友人についても、ただの友人ではない距離感を保っていて、冷たい言い方だか、友人を眺めているという風情がある。間野立太と言う老編集者についての文章にもその気配がただよう。
そんな位置からの芸人に関する文章はとても多い。
このアステアについての文章は自分の価値判断の基準を明確に示している。
なにしろ芸談についてはこの人の右に出る人はいない、と言うくらい幅も奥行きもある第一人者が自分の基準を明らかにする、と言うのは職業上の秘密を明かす、と言うよりももっと切実な信仰告白に似た気持ちでなければかけないのである。
だからこそ、このように大げさでない、さらりとした書き方になったのだろう。
別の文章で、戦後の出版社の情景を描いていて、編集者には人にははっきりとは言えないが学歴等で引け目を感じている人が多かったように思う、その人が例えば作家希望だ、と言うことは一生口にしないくらいひりひりとした思いだったのではないか。そんなひとたちにとって、たとえ3流の出版社であっても(文化のはじに連なっているという点で)オアシスのように感じることがあったのではないか。
とも書いている。
なんとなく、色川武大がアステアを中心においているということと、作家志望と言うことを絶対に言わないという気持ちは通じているように思う。そのことを晩年の文章にめだたないように、しかし明確に記されている事にこの人の生真面目さを感じるのです。
もちろん、これは私がフレッドアステアが素晴らしいと思っていること、阿佐田哲也に心服していることとも深く関係あるのだが。
それを差し引いても、一流の見巧者が晩年に手の内を明かした、と言う迫力は確実に感じられるのです。
できれば、各種の芸人に関する文章を読んだ、その後にこの文章(の前後)を読むことをお勧めいたします。
2003年3月31日に日本でレビュー済み
色川さんが古いジャズソングをとりあげて、それに付随するいろいろな話や思いを文章にしている。決してしかつめらしくなく、読者相手にダベっている感じである。この本の中で紹介されているのは、私自身ほとんど知らない世界だが、すっかり魅了されて、くりかえし読んだ。おかげで好きになった曲も多い。ファッツ・ウォーラーの「ひとり者のラヴ・レター」なんか実にいい。
あと、和田誠さんの装丁挿画もすばらしい。とても大事な1冊である。
あと、和田誠さんの装丁挿画もすばらしい。とても大事な1冊である。