今年は明治150年だという。政府などが記念行事やキャンペーンを企画しているらしい。今から50年前、1968年にも「明治100年」という盛り上がりがあって、記念式典が開かれたり、記念硬貨が発行されたり、恩赦が施行されたりしたそうだ。
筑摩書房『日本の百年』全10巻シリーズもそうした日本近代の振り返りの時期に出版された(完結したのは1964年)。第1巻から時代を遡るかたちで約10年ずつを一冊に収めているのが特徴。5人が分担で編集・執筆にかかわっており、1,2,10巻の3冊を鶴見俊輔が担当している。第10巻「御一新の嵐」だけは幕末から明治初年(1853年〜77年)までと、他の巻より長いスパンを扱っている。現在全巻がちくま学芸文庫で再刊されている。
普通の歴史の本と違うのは、特に民衆の視点を重視しているところだろう。「御一新の嵐」序章は近世から幕末にかけての漂流民と日本の開国との関係を探っている。「漂流民の生活と思想は、日本における民衆の自由の歴史の起源とふかいかかわりがある。幕府は漂民の存在を国内の民衆に知らせたがらなかった。…」 1782年伊勢からアリューシャン列島に漂着し、その後ロシアの日本語学に貢献してロシア皇帝にも謁見した大黒屋光太夫や、1841年土佐から鳥島に漂着したのちアメリカ船に救助され、ハワイを経てアメリカ本土に渡った中浜万次郎などが有名だが、これらの生まれはいたって普通の漁民が、幕府にとって非常に大きな存在となるところが面白い。
黒船来航、開国、御一新(明治維新)、戊辰戦争と続くまさに日本近代の幕開けの時期にも、当然の事ながら様々な民衆が生きていた。明治維新を導いた人びとも、幕府に不満を持つ下級武士たち(草莽の志士)がその中心である。熊本の下級武士の家に生まれ、新政府への反乱に関わりながらも「ついに全身をその中に投げ入れることのできなかったひとりの青年」松山守善の自叙伝を紹介しながら、著者はこう述べる。「…松山の行動が小心であるのは、ひとつにはこの貧乏があるからなのだ。下級武士としてのこの貧乏こそ、松山守善を反動思想へかりたてる原動力であり、また革命思想へかりたてる原動力であり、また、それら双方から離脱して、下級官吏の生活と家庭の幸福の中に引きこもらせる原動力でもあった。」 1849年に生まれ、維新の世を生きた松山は1933年に自叙伝をしるしたのち、1945年96歳で亡くなった。革命家であり家庭人でもあった彼は、偉大なる無名の民衆のひとりであったと思う。
終章「昔も今も」では幕末から明治初年に生まれ、この本の出版当時(1964年)100歳を超えて存命であった4人の老人からの聞き書きで幕を閉じる。「こんどの正月明けに、サツマの西郷ちゅう大将が天子様に朝鮮のことで談判にゆくため、軍勢仕立てて、都へ攻めのぼらすちゅうて、熊本鎮台の手前の小川あたりは大騒動じゃ。」と語る1861年生まれの須崎文造は、この国の歴史が確かに今と繋がっていることを実感させてくれる。
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