臨済宗白隠禅師の流れを汲む師家に参禅して公案考究を重ねた著者は、初学者向けの本書で禅の歴史概要や坐禅の仕方から相見・独参・入室の仕組み、公案の体系などを詳説し（第一部）、また、厳選した三十三則の公案を紹介している（第二部）。
更に著者は、越渓守謙－禾山玄鼓下の室内公案体系（五百二十五問）を巻末附録として惜しげもなく公開しているが、これは読者の中に勇猛求道の参禅志願者を一人でも得たいと願う一禅者としての＜大悲心の奔出＞だと吐露している。
素人眼には、禅の「公案集」などは、解答が載らない問題集かクイズ本のように思われる。
唯一の正誤確認の手立ては、著者が言うとおり正師（真の師家）を見極めて参禅し、自己研鑽修行のうえ老師から入室を許され、公案を提示されてから只管打坐し、苦吟追究した末に、老師に自己の見解をにべなく否定され続けて漸く得悟できるという。
公案参究の厳しさ、真剣さは、文中に引かれる先達たちの逸話からも随所に窺える。プロを目指す出家修行者ならばいざ知らず、世俗の塵さえ払えぬ身で禅に興味を抱くだけの初学者には、余りにも敷居が高すぎる世界だ。
著者は、悟りを真空妙用の機用（日常生活の場で活かすはたらき）と捉える伝統的な祖師禅の立場から、歴々の宗匠が工夫錬磨した公案「で」修行ができるのだから、公案禅こそ初学入門者に相応しいとの思い止み難く、長年に亘り師家室内の秘密秘則とされてきた公案と見解（けんげ）の一部を活字化して公開することを決断実行した。
一種の「掟破り」だが、一般読者には何よりの「供養」になるだろう。
そして本書から知り得るのは、「初めに大悲ありき」と評される禅者の言動、振る舞いの高邁さ、深遠さだ。弟子の鼻を拈り上げるのも得悟の機会を願った師匠の「大悲」の顕れだろうし、烏臼和尚の「屈棒」も然り。意地悪やいじめでは決してないのだ。
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