本書は、その名の通り日本各地に残る様々な伝説を一冊に纏めた著書である。
取り扱っている伝説の数は約250話にも及び、その圧倒的な総数だけでも興味を惹かれる方が多いと思うが、無論、本書の面白さはそれだけではない。
多種多様な伝説を内容やモチーフに依って分類しているので、各地に似たような話が散逸している事、或いは、主人公を代えたりヴァリエーションを加えながら語り継がれた事等、所謂「民間伝承」の豊かさを実感させてくれる所に醍醐味があるのだ。
脈々と受け継がれた伝説の世界の奥深さがこの一冊に凝縮されていると言っても過言ではなかろう。
…とは言え、イメージが漠然としていると思うので、僅かながら具体的例も挙げておこうと思う。
例えば「九十九伝説」…。
巻末の解説に依れば、この「九十九」即ち「一つ足りない」という事に重要な意味があると言う。
本書では、男鹿半島の九十九の石段や榛名山近くの九十九谷を紹介しているが、もしかしたら皆様の住む地域にも「九十九」の名の付く場所があるかも知れず、調べてみると面白いのではなかろうか。
或いは「椀貸穴伝説」は、困った時に祈願すると膳を貸してくれるが、不心得の者が借りた椀を返さなかった為に二度と貸してくれなくなった…という話である。
実は、私はこのような話を幼少の頃に「日本昔話」の絵本で読んだ記憶があるのだが、どうやらこれは典型的な伝説の一つだったようだ。
然も、徳島県、茨城県や千葉県、石川県、群馬県…など等、実に多彩な地域に拡散しているばかりか、異なるモチーフを扱いながらも結末だけは踏襲しているという事を知り、今更ながら驚きを隠せなかった。
本書を読むと、特定の地域ならではの伝承だと思っていた話が、実は他の地域にも根付いていた…という発見があり、伝説の新たな世界を垣間見る事が出来るのではなかろうか。
地域に密着した民間伝承の面白さを存分に味わう事が出来る良書として、非常に興味深かった。
伝説は、寺院の縁起や説話のように教訓を残してくれる訳でもなければ、御伽噺のような勧善懲悪の爽快さも無い。
時には悲しい話もあり、時には虚しい話もあるのが「伝説」なのだ。
然しながら、そこに語られる素朴さは、忙しい現代社会を生きる私達にとっては心地よい余韻を残してくれる。
本書は、民俗学や郷土史研究と言った学術面でも大いに参考になってくれる一冊だが、同時に、ほのぼのとした気分を味わえる温かみのある作品でもあるので、皆様も本書を読んで、ほっと一息…小休止をして頂きたいと思う。
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