本書には入ってないが、探偵小説や歴史小説にまで手を出した安吾の書いた作品の幅は大変広い。初版から20年を経ているが、初期のナンセンス・ギャグ小説(「風博士」)、戦中・戦後の代表的批評(「日本文化私観」「堕落論」)、珠玉の短編小説(「白痴」「桜の森の〜」)といった各ジャンルの代表作が収められた本書は、安吾入門には未だ最良の一冊である。
さて、僕の場合、学生時代に本書を何度か読んでいたが、今回15年振りくらいの再読となった。20歳そこそこで知識人気取りの生意気な文学青年だった僕にとって、戦中戦後に安吾が表明した様々な違和感について実感できるようになるには、そこから20年程の人生を経て、世間や自分がどれだけ金や色やエゴに汲々してみっともなく生きているかということを思い知らされる必要があった。自分自身の生きてきた足跡を振り返ると、全く持って恥ずかしい程の紆余曲折、見栄や失敗が積みあがった山しか見えない訳だが、そんな40過ぎのオサーンになってから、今の自分と同年代だった頃に安吾が書いた文章を読むと、非常に勇気づけられることを今回思い知らされた。(そのルックスと老獪な文章のため長生きしたような印象を持ちがちだが、安吾は49歳で亡くなった人である。)
安吾は、軍国主義にも天皇制にも戦後民主主義にも左翼運動にも強烈な批判をあびせかけた人だったが、それは単なる無頼派作家のポーズではない。その証拠に彼は一貫して「人間」という、最近は恥ずかしくて誰も口に出せない言葉を論拠に持ち出している。勿論、ここでいう「人間」とは、戦後の浅薄な疑似ヒューマニズム/民主主義で語られる胡散臭いものではなく、徹底して生臭く情念に凝り固まった醜い「人間」である。(そして、こういった「人間」を本気で肯定しようとすると、なぜか上っ面な主義や思想や政治やブンガクを否定しなくてはならないことになるのだが、その論理の切れ味は本書を読んで味わって頂きたい。)
そんな徹底したヒューマニストである安吾の優しさの結晶が、代用教員時代を振り返った「風と光と二十の私と」(本書所収)なのだが、今回も心の洗われるような思いをしながら再読した。そして、この小説で書かれた短い代用教員時代(19-20歳)の後、安吾は仏教哲学を極めようと東洋大学に入り、猛勉強の末に神経症を患うことになる。仏教への幻滅については本書「勉強記」で軽妙に振り返られているが、こんな若かりし頃のエピソードにも、安吾の筋金入りの優しさとヒューマニズムが感じられるようだ。(仏教研究をしてた頃の彼は本気で人を救いたかったのではなかろうか。)戦後、安吾は大人気作家になったが、その理由は単に世相批判の切れ味の鋭さやユーモアだけでなく、誰もが醜くしか生きられない時代にそんな汚い生き物としての自分たちを肯定してくれる力と論理を安吾の文章が持っていたためだろう。
今の僕にとって、安吾の文章は同世代の親友のような存在である。
¥1,320¥1,320 税込
ポイント: 13pt
(1%)
配送料 ¥480 6月21日-23日にお届け
発送元: 現在発送にお時間を頂戴しております。創業15年の信頼と実績。采文堂書店 販売者: 現在発送にお時間を頂戴しております。創業15年の信頼と実績。采文堂書店
¥1,320¥1,320 税込
ポイント: 13pt
(1%)
配送料 ¥480 6月21日-23日にお届け
発送元: 現在発送にお時間を頂戴しております。創業15年の信頼と実績。采文堂書店
販売者: 現在発送にお時間を頂戴しております。創業15年の信頼と実績。采文堂書店
¥43¥43 税込
配送料 ¥350 6月8日-10日にお届け
発送元: ダイワブックサービス(当日、翌日出荷しています) 販売者: ダイワブックサービス(当日、翌日出荷しています)
¥43¥43 税込
配送料 ¥350 6月8日-10日にお届け
発送元: ダイワブックサービス(当日、翌日出荷しています)
販売者: ダイワブックサービス(当日、翌日出荷しています)
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
ちくま日本文学全集 6 坂口安吾 文庫 – 1991/4/1
坂口 安吾
(著)
{"desktop_buybox_group_1":[{"displayPrice":"¥1,320","priceAmount":1320.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"1,320","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"LCP4pHLr0AlkKGGcnv4%2BS6TQV%2BxXJD0PNRwtbN25ABRYPD0HSlDeHoL25wijWgU%2F3jGZh01OmCLZLQZ5gd5yqzvvZM8XzuVNgu0FV8Jhq8Kj8JkTGrArlFT4hQRAXurWKU9q4lgxBlK%2FZFHseJ%2FGYfwTvcOJpdAqNKK1O%2BrTUQRbu29%2FFP1V5w%3D%3D","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"NEW","aapiBuyingOptionIndex":0}, {"displayPrice":"¥43","priceAmount":43.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"43","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"LCP4pHLr0AlkKGGcnv4%2BS6TQV%2BxXJD0P7GZaXZPVcfoPn%2BECA3KKoqYOuxYftt3equJqpGf1J6oVtOnRwXI8bWX4%2BowkNcf%2FTG0KXE3%2BKb9fAsRIglvzTCdm36DaQM%2FHEzq86C0KNOsip%2BFsVTgDm0cIv5dLbY4T7o6O2JiwK8CMECpu3B8Xaw%3D%3D","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"USED","aapiBuyingOptionIndex":1}]}
購入オプションとあわせ買い
風博士,村のひと騒ぎ,FARCEに就て,石の思い 他
- 本の長さ477ページ
- 言語日本語
- 出版社筑摩書房
- 発売日1991/4/1
- ISBN-10448010206X
- ISBN-13978-4480102065
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- 出版社 : 筑摩書房 (1991/4/1)
- 発売日 : 1991/4/1
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 477ページ
- ISBN-10 : 448010206X
- ISBN-13 : 978-4480102065
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,006,797位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 3,159位全集・選書 (本)
- - 7,221位アート・建築・デザイン作品集
- - 201,401位文庫
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
カスタマーレビュー
星5つ中4.5つ
5つのうち4.5つ
6グローバルレーティング
評価はどのように計算されますか?
全体的な星の評価と星ごとの割合の内訳を計算するために、単純な平均は使用されません。その代わり、レビューの日時がどれだけ新しいかや、レビューアーがAmazonで商品を購入したかどうかなどが考慮されます。また、レビューを分析して信頼性が検証されます。
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2005年2月23日に日本でレビュー済み
安吾の魅力はその言辞の歯切れの良さにあるのだろう。雪国出身の彼ではあったが、まるで小粋な江戸っ子の啖呵を聞いているような心地よさが作品から漂う。
けれど個々の作品を見ていくと、現実に処す彼の姿勢は微妙なゆらぎと矛盾、そして欺瞞(失礼)を含んでいるのがわかる。首尾一貫とは言い難いものを含んでいるのだ。
ただし我々の生のどこが首尾一貫か?私は答に窮する。だが、少なくとも安吾は常に懸命に論じ続けたという点でまっすぐであった。その志や潔し。そして彼の魅力はそこに尽きる。
けれど個々の作品を見ていくと、現実に処す彼の姿勢は微妙なゆらぎと矛盾、そして欺瞞(失礼)を含んでいるのがわかる。首尾一貫とは言い難いものを含んでいるのだ。
ただし我々の生のどこが首尾一貫か?私は答に窮する。だが、少なくとも安吾は常に懸命に論じ続けたという点でまっすぐであった。その志や潔し。そして彼の魅力はそこに尽きる。
2007年7月1日に日本でレビュー済み
初期から後期までの安吾の代表的な作品が収録されています。目次を見ても分かると思いますが、値段の割に内容が充実しており、非常に満足しています。筑摩の全集シリーズなどと同じように、このソフトカバーのような文学集も、見開きの左側に難解な語句の注解が載せてあり、いちいち、分からない語句があるたびに、辞書を引いたり、後の注解ページへ飛んだりと、読むのに苦労することはありません(以前長い間世界中で読まれきた読書術の本を読んだのですが、よっぽど難しい本を読むのではないでないならば、いちいち語句の意味に拘泥しないで、前後の脈絡から意味を推測して、読書のリズムを崩さない方が良いそうです:『本を読む本』参照)。
内容もまたズバラシイ。最初の二編は筒井康隆のようなどたばたコメディですが、堕落論ほかの随筆は腰を落ち着けて全体を眺めるように書かれてあり、面白かったです。無頼派とか新戯作派とかには、酒をあおって詭弁をふるっているようなイメージがついて回っていたのですが、透徹した論理の随筆で、伝記などで知られる安吾とは全く違ったイメージがあり、食わず嫌いに終わらなくて本当に良かったと思います。また、最後の短編、『桜の森の満期の下』は衝撃的で、この一編だけでも十分に読む価値があります。
是非読んでみてください。何度も繰り返しますが随筆は最高です。
内容もまたズバラシイ。最初の二編は筒井康隆のようなどたばたコメディですが、堕落論ほかの随筆は腰を落ち着けて全体を眺めるように書かれてあり、面白かったです。無頼派とか新戯作派とかには、酒をあおって詭弁をふるっているようなイメージがついて回っていたのですが、透徹した論理の随筆で、伝記などで知られる安吾とは全く違ったイメージがあり、食わず嫌いに終わらなくて本当に良かったと思います。また、最後の短編、『桜の森の満期の下』は衝撃的で、この一編だけでも十分に読む価値があります。
是非読んでみてください。何度も繰り返しますが随筆は最高です。
2003年4月17日に日本でレビュー済み
人は、様々な障害の中で妥協しつつ生活し安全を得ているが、時々、そういった枠組みを取り払おうと努め、「価値観」や「常識」すらも窮屈に思う人間が現れる。残念ながらそうした言動は、日本では現代においても、「孤独」「変人」はたまた「異常者」というレッテルと引き換えに得るものである・・・安吾も特に晩年はいろいろと言われたようだが、それでも自分の本来を終世見失わず、信じる方向に向かって“イノチガケ”で突っ走った。その足跡がここにある。
風博士、FARCEに就て、風と光と二十の私と、日本文化私観、堕落論、白痴、高千穂に冬雨ふれり、桜の森の満開の下・・・など、代表作がまとめて収録されたお得な一冊で、オススメです。
風博士、FARCEに就て、風と光と二十の私と、日本文化私観、堕落論、白痴、高千穂に冬雨ふれり、桜の森の満開の下・・・など、代表作がまとめて収録されたお得な一冊で、オススメです。