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第二次大戦とは何だったのか (ちくま文庫 ふ 37-2) 文庫 – 2007/7/1

3.6 5つ星のうち3.6 13個の評価

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 筑摩書房 (2007/7/1)
  • 発売日 ‏ : ‎ 2007/7/1
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 文庫 ‏ : ‎ 282ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4480423532
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4480423535
  • カスタマーレビュー:
    3.6 5つ星のうち3.6 13個の評価

著者について

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福田 和也
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1960(昭和35)年東京生まれ。文芸評論家。慶應義塾大学環境情報学部教授。慶應義塾大学文学部仏文科卒。同大学院修士課程修了。1993年『日本の家郷』で三島由紀夫賞、2002年『地ひらく』で山本七平賞受賞。著書に『日本の近代(上・下)』『昭和天皇』など多数。

カスタマーレビュー

星5つ中3.6つ
5つのうち3.6つ
13グローバルレーティング

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上位レビュー、対象国: 日本

2008年11月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この本は第二次世界大戦に参戦した主要国の指導者の生い立ちや思想を解説することにより、指導者がどのような意図をもって世界大戦に参戦したのかを明らかにした本です。

それにより歴史の大きな流れが理解できるようになっています。

簡単に説明すれば、世界の盟主がイギリスからアメリカへ交代したということであり、「世界標準(グローバルスタンダード)」が「帝国主義」から「自由主義」へ外交的にも経済的にも変わったということです。

そのために戦前と戦後では平和、人権、自由、平等の概念が変わったということを理解する必要があると思います。
15人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2008年1月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
第二次世界大戦関連の著作は色々読んできたつもりだが、本書のような切り口のものは初めてである。戦争指導者の視点に立った第二次世界大戦論と言ったところか。

彼ら指導者の内面を想像することによって、軍事力や政治力、経済力のみの戦争論で語られたものとは違った様相を呈する第二次世界大戦が見えてくる。また、ヒトラー、ムッソリーニ、東条を十把一絡げに論じることの愚かさも教えてくれる。

少なくとも私にとっては新鮮な切り口の著作である。
5人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2016年6月29日に日本でレビュー済み
読み出してしばらくすると苦痛になる。日本語ではないのだ。まるで翻訳本。ダッシュとかが多用されているが、関係代名詞のつもりだろうか。読者置き去りの自己満足の表現。

総論が終わると、延々と人物伝が続く。人物伝の後は教授の名の章で書き手が不明。始めのものはその教授の書を単に翻訳したものかと訝しがる。

後書きに到って、物まねの列伝スタイルで書きたかったことが述べられる。文芸家を自認しているようだが、とんでもない。まあ、自画像の写真の掲載自体にも自惚れが垣間見える。

巻末の他者の解説にある通り、総論は個性的で、ある意味問題提起がされているが、その回答は続く列伝には無い。読者が個々に考えるべき問題とのことだ。確かに総論と東條の項で考えを巡らすことも無くはなかった。

で、最終ページに一覧。この本は10年に渡って発表されたものの寄せ集めであることが分かる。いわゆる手抜きだ。実際読んでいて、途中で別人の文章と感じることが多かった。確かに著者不明の教授の一稿は最も若かりし頃に書いたものらしい。なので、進歩は認められるものの、個人的にはまだ人に読ませる術を身につけていないし、そもそもその気をこの著者は持っていないように感じる。

百年前に起きたイギリスからアメリカへのリレー。これが今、アメリカから中国に渡るのかが興味あるところだろう。
1人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2008年5月29日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
第二次世界大戦の影響によって、今の各国のパワーバランスが形成されているという面では、歴史的な意味は十分にあった戦争だと私は考えます。特にアジアの植民地からの開放という歴史は今後何百年か後に日本が欧米と戦争を起こした結果得たものという歴史認識が一般的になってもおかしくないのではとすら思います。本書ではその第二次世界大戦の中で各国の中心人物の性格や経歴等も簡単に記載しています。特にヒットラーや東條英機などの敗戦国の悪の枢軸と呼ばれた人々が、実はそうではなかったという解説は、なるほど歴史とは勝者によって記されるものなのだという事を再認識させられました。
19人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2011年10月17日に日本でレビュー済み
 この本は、ティーラーの「第二次世界大戦の起源}などとあわせ読んだり、谷口智彦「通貨燃ゆ}あるいは、カズヲ・イシグロの「日の名残」
または、「朗読者」などと読み合わせて、戦争とはなぜ起こるのかを考える手引書として面白い。
特に、若い人によんで貰いたい。絶対悪の存在だけでは、立体的に歴史を学ぶことは出来ない。歴史に学ぶことのない人間、民族は必ず同じ過ち
を犯す。特にマクロ経済学からみれば、過去から未来を予言できると考えてもいい。この本を手にし、一読したとき、または福田氏と自分の年齢
を比較し、激しい嫉妬心に襲われた。唯一、彼が経済学者でないことに感謝している。
7人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2007年10月12日に日本でレビュー済み
人物論は従来の言われている通りだと思う。日本人のチャーチル好きについては、私も疑問であった。
世界史の潮流からみた日本が、初めて主体として参加したのが第二次世界大戦だったという視点は、さすがに著者の慧眼だと思う。
しかし、その主体がはたして戦争後の世界構想をどのように考えていたのか?
せいぜい中国東北部を勢力下に置き、さらに可能であれば東南アジアをと考えていたのか?

「大東亜戦争」は著者が言うように日本が「主体」として参加した戦いならば、
そのゴールがなんだったのかを、考えずにやむを得ず「やぶれかぶれ」で飛び込んだ戦争のように個人的には思える。
石原莞爾はその構想を持っていたのだろうか?私はそうは思えない。彼の世界最終戦争論は、
私には出来の悪いSF小説としか思えない。
そして、石原以外の政治家(軍人でも)が石原程度の構想力を持っていたのかは、残念ながら否としか言いようがない。
近衛文麿にも東条英機にもそんなものはなかった。
よくアメリカの物量に敗れたという意見を聞くが、著者の言を借りれば、「ルーズベルトの構想力」に負けたといえるのではないか。
そして、主たる戦争目的を持てないまま戦い続け、戦略もなければ戦術もなく、なすすべもなく、「バンザイ・アタック」「航空機特攻」「大和の海上特攻」と作戦ともいえないような、
ただの人命損耗を続けてしまったとしか思えない。
著者の世界史の大きな潮流から日本を、世界を見る視点については、今の「識者」と呼ばれる人々にはないものであろう。
9人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2008年9月14日に日本でレビュー済み
相変わらずの博覧強記振りと、通常この手のテーマでは、触れることが少ない資料に及んで、縦横に論を展開。主張に対する同意不同意は別にして、読んで損は無い本。本書の中核は、列伝体にあった、為政者に対する著者の「批評」がバックボーン。「批評」を通じて「歴史」のイメージを浮かび上がらせようと言うもの。個人的な好き嫌いから言うと、やはり主張が強い「歴史」ものとは、本書に限らず、網野善彦、ホイジンガ、ブローデルなど、どれも評判に比して作為的でつまらないことが多いが、本書も結論的にはそうだ。本書をスリリングにさせるのは、どこかしら大戦の残虐行為にまとわりつく「サド侯爵的な」変態・アングラ・暗黒文学の色調だが、それを、「事実」としてさらりと描くところが、本書の味付けか。チャーチルへの厳しい批判的な言辞は、チャーチルの「鬼才」振りを否定するには余りにも弱く(私もあんな黄禍論者は嫌いだが)、はっきりしない評価の軸が却って露呈している。第一次大戦を第二次大戦より重視すると言う主張自体は、欧州に住んだり長期滞在の経験者にとっては、「普通の」印象だし、NHKの「映像の20世紀」でも第一次大戦が、事実上の「19世紀の終焉」を齎したことは、映像ではっきり描いていたと思うし、思想界での同大戦の影響は喧しく語られていた。でも、それにも拘らず、本書では、第2次大戦が、前の大戦と異なり、本当の「世界大戦」であったことや、原爆・アウシュビッツ・強制労働等々の巨悪の点ではスケールが圧倒的に大きいこと、そして、第一次大戦には「戦後」が存在し、評価が定めやすいが、第2次大戦には輪郭線を決定する「戦後」自体が曖昧であることが等閑視されている。尤もらしく見せるのが「批評」の技で、その点柄谷行人や浅田彰の「錯覚」技術は、著者より上で、著者は正直すぎるように思える。
14人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2007年8月21日に日本でレビュー済み
人物史を通して大戦をみる、という試みが新鮮で面白かった。
本書を読んで、なんと先の大戦について知らないことの多いことか、と不勉強を反省した。
思想的な立ち位置にかかわらず、大戦をどのように認識するのかという問いはこれからも私たちについてまわるし、考えていかなければならないことだ。あまりに紋切り型の知識しかもちあわせていない、というのがきっと私たちの現状で、大戦に思いをはせる(想像力を働かせるだけでなく、事実の「正しい」認識も含めて)とことは必要だろう。政治的言説に振り回されるのを回避するためにも。
大戦を知ろうとするための、きっかけにはいい書物ではないだろうか。
15人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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