まず何よりも1998~2000年に刊行された(ただし別巻のみ2012年)この新全集の新方針として、小説、エッセイを全部一緒にして時系列で並べていることを最大限に評価したい。
太宰治はほぼ全体を読んでいたが、坂口安吾は、かなり読むのを敬遠していたきらいがある。だがそのために面白いことになった。読んでいない・知らないことが、この小説、エッセイを全部一緒にした新全集版(の一冊)を読むときスリルに満ちた読書体験へと導く。
つまり小説なのかエッセイなのか分からずに読むという奇妙な世界に、ときに拉致されるのだ。
「暗い青春」は書き出しを読んでいるときは「小説」かな、と思った。実在した作家芥川龍之介の名前が出ていようと、それは問題ではない。最後まで読み、これは「エッセイ」に分類されると思ったが釈然としないところは残る。
「オモチャ箱」はエッセイとも読めそうだが、途中で見慣れない「三枝庄吉」という人物が登場し、「暗い青春」に比べれば小説らしく展開される。
ところで「らしさ」ということを度外視すれば、小説と非小説との区別には、現在においてますます基準がなくなっているように思う。わざとエッセイ的に書かれた小説はありうるし、逆のケースも考えられる。作品が雑誌の創作欄に載ったか随筆欄に載ったか、またその後のどんな本に収録されるかも絶対的な基準にならない。
たとえば「恋人」矢田津世子のことを書いた「二十七歳」はある時期の自身を描く自叙伝という風に読めるが、一般的には坂口安吾の「小説」とされている。だがこれなど、自叙伝として読まれても一向に構わない小説、として確信犯的に小説にグループ分けされていると思う。
本書巻末の「解題」を読むと、「暗い青春」は「創作」欄に掲載されたが、後に随筆集といっていい『教祖の文学』に収録された。だが、この全集以前の小説とエッセイを巻別に分けた全集である冬樹社版も、ちくま文庫版も、ともに「小説」のほうに収録している。
坂口安吾の著作のある種のものが、小説かエッセイか分類しにくい書きかたをしていることは間違いない。その意味において本全集の面白さがあるわけで、すべての作家の全集がこうであるべきだと主張したいわけではない。
坂口安吾についての本は、たぶん一冊も読んでいなかったが(安吾自身をあまり読んでいないのだから当然だが)、本書読了が近いころ、この全集の編集にかかわった七北数人『評伝坂口安吾 魂の事件簿』を読み、さすがは研究者と圧倒された。安吾初心者などにはもったいない徹底した調査からなる書物だが、そのなかに《……安吾自身、観戦記と「小説」とは区別して考えていた。「伝統と反逆」の対談で、安吾は前記の発言に続けて、「小説は一つの作り物だからね、或る一つの人生を作るものでなくちや嘘だと僕は思ふんだよ」と付け足している》という文章がある。
坂口安吾自身、それなりの区別はしていた。本書所収「散る日本」は将棋の観戦記そのものであり、てっきり非小説だと思ったが、一般的には小説に分類されている。いわば実際には、各著作間になんらかの軽重や差異がある。
本書は1947年という、戦争が終わり、安吾が猛然と書き出した時代に「書いたもの」すべてが公表された順に並べられた本であり、何より時代そのものが感じられる。それが本書というかこの全集において最も重要なことだろう。
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坂口安吾全集 5 単行本 – 1998/6/1
花妖作者の言葉,花妖,二十七歳,私は誰,余はベンメイす,世評と自分 他
- 本の長さ586ページ
- 言語日本語
- 出版社筑摩書房
- 発売日1998/6/1
- ISBN-104480710353
- ISBN-13978-4480710352
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登録情報
- 出版社 : 筑摩書房 (1998/6/1)
- 発売日 : 1998/6/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 586ページ
- ISBN-10 : 4480710353
- ISBN-13 : 978-4480710352
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