2004年3月、初版発行。
『砂の器』(1974年)が公開になったのが、オレが小4の秋ぐらい。その翌年、小5になったあたりから、週末ひとりで映画館に入りびたることを覚えたオレにとって、本書の中には懐かしくもどこかちょっと気恥ずかしかったりする、70年代邦画超大作のタイトルが、まさに賑々しく並んでいる(主な作品名は、最後にまとめて書いておきます)。
著者の樋口尚文さんは1962年生まれ。オレより3つほど“お兄さん”なので、映画漬けの思春期の中(「これはあくまで想像です」)、二本立て興行のプログラム・ピクチャーに混じって、これらの“超大作”たちが一本立てで劇場にかかるのを、おそらくよりリアルに体験していたことだろう。
『キネマ旬報』などへの執筆で知られる樋口さんは、『映画秘宝』などにも寄稿しているが、本書にはいわゆる「『映画秘宝』的なノリ」は、あまりない(もっとも、随所に「爆笑ポイント」はあり、《秘宝系超大作》の研究資料としても、本書はかなりのものではある)。
むしろ、そういったものとは違うラインで、ダメな部分にはきっちりダメ出しもしつつ、評価すべきところはきちんと評価し、そういった中から、比較的規模の大きな作品が数多く作られながら、どうもいまひとつパッとしない近年の邦画を「もうちょっと、なんとかする」ヒントも探ってみよう、というのが、本書の趣旨となっている。
だから『太陽を盗んだ男』にしても、ただ手放しで絶賛するのではなく、「ここはちょっと……。」というポイントはしっかり書いてあるし、樋口さんは他にも『砂の器』や『新幹線大爆破』(特に海外版)、そして『宇宙からのメッセージ』(!)などを、好意的に語っている。
まぁ、かなり辛口なので、自分の愛する作品がキツめに批評されていたら、頭に来たり、ちょっとヘコんだりするかもしれないけれど、趣旨が趣旨なだけに、「懐かしい」という感情の前に、それぞれの作品について、リアルに感じながら読むことができるし(たとえ未見の作品であっても)、全体的にもかなり面白い。
何より、“社会派”ではなく職人監督の堅実な仕事として山本薩夫監督作品を捉えたり、一連の角川映画がもたらしたプラスの要素に着目するなど、「こういう観かたがあったのか!」という驚きを何度となく感じることができたし、
“平成ガメラ三部作”
(金子修介監督)の面白さのルーツの一端など、あちらこちらで意外な情報に出会うこともできた(黒澤明監督が『日本沈没』を………?! なんてエピソードも)。
もちろん、この70年代あたりの邦画は、本書にキラ星のごとく並んでいる“超大作”だけではなく、二本立てであまり予算のかかっていない映画たちによっても支えられていたわけで、本書も、樋口さんが2009年に出版した
『ロマンポルノと実録やくざ映画―禁じられた70年代日本映画』
(平凡社新書)と、対のような関係にあるといえるだろう。
それだけに、もともとの定価の高さ(1700円+税)もあって、新品ではやや入手しにくい状態になっているのは、いささかもったいないなと感じてしまう。
新書、あるいは文庫といった、より親しみやすい形で新たに出版されるべきだと思うし、電子書籍版でのリリースなども期待したいところではある。
なお、図版はすべてモノクロで、大部分はDVD等のジャケット写真だが、『皇帝のいない八月』と、『太陽を盗んだ男』―ジュリーのアップ―のスチール、『新幹線大爆破』の海外向けセールスツールの表紙、帯つき
『シナリオ 人間革命』
の表紙など、わずかながら珍しいものもある。
《取り上げられている、主な映画人と作品》 ※各章の後のカッコ内は、その章のメインとなる人物名
・第一章(橋本忍):砂の器(野村芳太郎監督)/八つ墓村(1977年版・野村芳太郎監督)/幻の湖/飢餓海峡(1965年・内田吐夢監督。『砂の器』との比較対象として)
・第二章(山本薩夫):戦争と人間(三部作)/華麗なる一族/金環蝕/不毛地帯/皇帝のいない八月
・第三章(森谷司郎):日本沈没(1973年版)/八甲田山
・第四章(舛田利雄):人間革命/続 人間革命/ノストラダムスの大予言
・第五章(佐藤純彌):新幹線大爆破/君よ憤怒の河を渉(わた)れ
・第六章(市川崑):犬神家の一族(1976年版)/悪魔の手毬唄/幸福
休憩:ブルークリスマス(岡本喜八監督)/夜叉ヶ池(篠田正浩監督)/黄金の犬(山根成行監督)/戒厳令の夜(山下耕作監督)
・第七章(深作欣二):君が若者なら/軍旗はためく下に/仁義なき戦いシリーズ/柳生一族の陰謀/宇宙からのメッセージ/赤穂城断絶/忠臣蔵外伝 四谷怪談
・第八章(角川春樹):人間の証明(佐藤純彌監督)/野性の証明(佐藤純彌監督)/復活の日(深作欣二監督)/天と地と
・第九章(長谷川和彦):青春の殺人者/太陽を盗んだ男
※文中一部敬称略
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『砂の器』と『日本沈没』 70年代日本の超大作映画 単行本 – 2004/3/19
樋口 尚文
(著)
- 本の長さ255ページ
- 言語日本語
- 出版社筑摩書房
- 発売日2004/3/19
- ISBN-104480873430
- ISBN-13978-4480873439
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商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
大作ブームが吹き荒れた70年代。悲観的状況に陥っていた邦画興行を活気づけた70年代の日本映画だが、以後、まともな批評対象とは見なされて来なかった。アンビバレンツな作品世界を読み解く一冊。
登録情報
- 出版社 : 筑摩書房 (2004/3/19)
- 発売日 : 2004/3/19
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 255ページ
- ISBN-10 : 4480873430
- ISBN-13 : 978-4480873439
- Amazon 売れ筋ランキング: - 961,600位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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著者について
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2014年7月31日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2013年5月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
タイトルに触発され、即刻購入しました。 相当リサーチされたと見られる、豊富な資料、証言等を通して、様々な角度から当該作品をはじめ、名立たる名作群が作者の独断と偏見(?)で論評、評価されています。 ただ、惜しむらくは、殆ど全作品共、余り前向き、肯定的な評価を下していらっしゃらない点でしょう。 もう少し、夫々の作品の良い点、建設的な批評を読みたかったと感じました。 あと、もう一つ、気になったところは、作品によって、その評価、論評の長さ、量そのものに、ばらつきがあるという所でしょうか。 全体としましては、とても希少価値の高い論説だと思いますので、購入して、読んで、触れることには意義があると感じました。
2013年2月11日に日本でレビュー済み
唯一、褒めているのは『太陽を盗んだ男』だけなんですけどね。
しかし、だからといって「70年代日本の超大作映画」を貶して終わりではなく、一作一作愛おしむように監督や脚本家の製作意図について深く読み取り、日本映画史の中にきっちりと位置づけている。
過去があるから現在がある。今の映画界が決して素晴らしいわけではないけれど、昔も今も「人の心を残る」良い作品はあるし、それを踏まえて新しい映画が生まれてくるべきだと語る筆者の「映画愛」に感動する。
文藝春秋の映画評に「見ないで一席打つ」効用が挙げられているけれど、本書の映画紹介も薀蓄満載で他人に語りたくなること間違いなし。もっとも、未見の映画のDVDを借りに行きたくなる気持ちの方が大きくなるはず。
著者の初監督作「インターミッション」は、大島渚監督の“最後のプロデュース作品”でもあるという。2013年2月の公開が楽しみだ。
しかし、だからといって「70年代日本の超大作映画」を貶して終わりではなく、一作一作愛おしむように監督や脚本家の製作意図について深く読み取り、日本映画史の中にきっちりと位置づけている。
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文藝春秋の映画評に「見ないで一席打つ」効用が挙げられているけれど、本書の映画紹介も薀蓄満載で他人に語りたくなること間違いなし。もっとも、未見の映画のDVDを借りに行きたくなる気持ちの方が大きくなるはず。
著者の初監督作「インターミッション」は、大島渚監督の“最後のプロデュース作品”でもあるという。2013年2月の公開が楽しみだ。