モンス・カッレントフト著、久山葉子訳『天使の死んだ夏』(上下巻、創元推理文庫、2013年)は北欧スウェーデンのミステリー小説である。女性刑事モーリン・フォシュを主人公としたシリーズ物である。舞台はリンショーピン市という地方都市である。
前作『冬の生贄』とは対照的に記録的な猛暑となった夏の物語である。高齢者が自宅や老人ホームで熱中死してしまうほどの暑さである(上巻124頁)。これは日本人にとっては理解しやすいが、はるかに高緯度の北欧の夏が住民にとって耐え難いほど暑いものであることに驚きを覚える。
高層ビルが林立し、ヒートアイランド化した東京都の夏は耐えられないのではないか。いくら東京オリンピックを「おもてなし」の精神で迎えると言ったところで、東京都の夏は外国人観光客には不快感しか残さないのではないか。「おもてなし」は世界に通用しない特殊日本的精神論になってしまう。
少女への暴行と行方不明が連続して発生する。疑わしい人物として中東系の移民が浮かび上がる。直感的には彼らを疑いたくなる材料がある。しかし、モーリンらが移民を事情聴取したことで、マスメディアから警察の民族的偏見と批判される。北欧で移民がもたらす社会的な軋轢は日本以上である。それでも差別に繋がるような言動に対して過剰なまでに抑制しようとする意識が働いていることは素晴らしい。ヘイトスピーチが放置される日本と対照的である。
本書は前作以上にモーリンと家族の話が多い。部外者として事件と向き合う探偵物とは様相が異なる。事件を追いたい向きには脱線に見えるものの、ストーリー的には大きな意味がある。警察側にも新しいキャラクターが登場する。民族差別意識を持った暴力警官が罰されずに終わる点は読者の正義感には不満が残る。しかし、彼はモーリンのような偏見に囚われることを自省する警官と対照させるために登場させたに過ぎず、彼の人生を描くことが作品の主題でないことを考えれば納得である。
本書は民族的偏見以外にも同性愛者への偏見など社会的偏見をテーマとしている。偏見の醜さを描きつつも、社会が「政治的正しさpolitical correctness」を追求するあまり、偏見と批判されることを恐れて、移民の犯罪の多さという真実を直視しない窮屈さも指摘する。この点で本書は差別をなくす立場からすると問題作である。
日本はスウェーデンと比べると人権意識が低く、民族問題において過剰を指摘するほどの政治的正しさは存在しない。一方で社会を震撼させた関東連合などの元暴走族・ヤンキー・反グレ集団を犯罪的傾向のある人々と警戒することは社会的要請に合致する。元暴走族集団への対処が後手に回っている日本も本書の指摘する窮屈さに共感できる面はある。
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天使の死んだ夏 下 (創元推理文庫) 文庫 – 2013/10/11
モンス・カッレントフト
(著),
久山 葉子
(翻訳)
移民の若者によるレイプ? 同性愛者による犯行? 次々と浮かぶ可能性に、人員不足のなか必死で捜査を進める刑事たち。だがそんな彼らの努力を嘲笑うようにまたも犠牲者が。
- 本の長さ332ページ
- 言語日本語
- 出版社東京創元社
- 発売日2013/10/11
- ISBN-104488256066
- ISBN-13978-4488256067
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登録情報
- 出版社 : 東京創元社 (2013/10/11)
- 発売日 : 2013/10/11
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 332ページ
- ISBN-10 : 4488256066
- ISBN-13 : 978-4488256067
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,292,590位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 3,613位創元推理文庫
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