ドラキュラはヘルシング教授を打倒した後、ヴィクトリア女王陛下を籠絡し、その配偶者たるプリンス・コンソートとなって大英帝国を手中に収めた。欧州大陸で数世紀を闇に生きてきたエルダー達も続々と結集。さてはグレートブリテン島が阿鼻叫喚の地獄と化すかと思いきや、驚くなかれ、ヴァンパイア達も（形式的には）女王陛下の臣民となり、巧まずして帝国の繁栄のために働き出したのである。というのもドラキュラは、暴力によってではなく、合法的に英国を支配する道を選択したからだ。既存の統治機構をそのまま利用して、その頂点に立つという方法論は、蒙古や満族が中国を支配したのと同じ考え方である。
かくして、英国はアンデッド（不死者／吸血鬼）がウォーム（温血者）を奴隷のように支配する二層構造とはならず、既存の社会秩序が保たれ、上流・中産・労働者の階級も維持され、あらゆる社会階層でアンデッドとウォームが机を並べて仕事をする状況となったのである。だから貧しい街娼はアンデッドになっても貧しいままで、血を手に入れるために体をひさぎ続け、そんな彼女らを次々に銀刃にかける通り魔「切り裂きジャック」をウォームのスコットランド人警部とプリンス・コンソート直属カルパティア人近衛部隊のエルダーが捜査する構図の妙。
さて、ヴァンパイアが闇に潜むマイノリティーであった間は、法など問題にする必要はなかった。処女の鮮血を恣（ほしいまま）に啜り、その後で殺すも闇に引き入れるも思いのまま。残虐の限りを尽くして何憚ることはないのだ。
ところが近代社会の支配者となれば話は別。己の支配権を正統なものと成すには法に頼らねばならぬ。そして被支配者達を慈悲深く護ってやらねばならぬ。それが支配者の勤めというものだ。而して、合法的支配を確実に裏付けるために、ヴァンパイアも英米法の基本である「法の支配」に服して近代統治を行う次第となった。（余談だが、続編のドラキュラ戦記でも、ヴァンパイア達は近代国民国家の構成員となり、それぞれの属する国家のために、同盟国と中央連合国に分かれて第一次世界大戦を戦ったのである。）
とはいえ、所詮は中世の価値観を引きずった石頭連中が、血に飢えた欲望を取り繕って俄仕込みの近代統治の真似事をするわけで、色々とボロが出るのは隠し切れない。筋金入りの英国紳士ならば、取り澄ました仮面の下に潜むアンデッドの卑しい本性を許せるはずもなく、我らがシャーロック・ホームズの兄マイクロフト・ホームズは、世俗から厳重に隔てられたデオゲネス・クラブの一室に諜報員チャールズ・ボウルガードを呼び寄せ、真意を隠して指令を与えることとなった。「切り裂きジャックを捕まえろ。」
かくしてボウルガードは、ロンドンの街を縦横に立ち廻り、齢四百歳を超える「美少女」吸血鬼ジュヌヴィエーヴと出会い、彼女と愛し合い、世にも恐ろしい敵と闘い、切り裂きジャックを追い詰め、その結果が、よもやあんな事になろうとは！ 仰天の結末を瞠目して見よ！！
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