言わずと知れた、ニュー・ウェーブSFの巨匠バラードの代表作。
この作品、科学技術やキャラクターやストーリーで読ませる普通(?)のSFというよりは、独特の雰囲気で読ませるSFです。
《海にむかって開かれたマタール河の河口を初めて望んたとき、サンダース博士の心をなによりも強く打ったのは、河の暗さだった。「暗い河」》という冒頭の一行が、作品のすべてを象徴していると言っていいほど。
とにかく、冒頭数ページの風景描写から、暗い不思議な独特の世界が立ち現れてくる。この「結晶世界」としか呼びようのない奇妙な雰囲気は確かにクセになり、私もですが、読者は何度も読み返さずにはいられなくなります。
この点、ストーリーだけで読ませる作品なら一、二度読めば話の筋を覚えちゃって新鮮味が失せますが、本作のように雰囲気で読ませる作品は、何度でも同じ雰囲気に浸りたくなるのが人情かも。
アフリカの病院でハンセン病の治療に携わっている医師のサンダーズ博士は、忘れ得ぬ不倫関係の人妻スザンヌを追い、カメルーンのマタール港までやって来る。
マタール港からマタール河一帯は前述のとおりの不思議な奇妙な暗さに包まれ、市場には見事な宝石細工の植物が売られている。人妻を追って内陸に進もうとすると道は閉鎖されている。
不審に思いながらも、ジャーナリストのルイーズと共に同僚夫妻の暮らすモント・ロイアルを目指すのだが……。なぜか町を囲む森は結晶と化し、その結晶化は人の住む区域へと徐々に広がっていく。
サンダースってイケメンなのか、到着早々、港のホテルで知り合ったうら若い女流ジャーナリストのルイーズ・プレとベッドを共にする。彼女は二十歳になったばかりで、彼の追う人妻スザンヌより10歳も若い。ちなみにスザンヌとの不倫関係は2年間続いていた。
メイクラブしたあと、真夜中にふと目ざめ、若いルイーズに促されてサンダーズが窓から満天の星空と燦然と輝く風船衛星を見上げて、その日の午前中に見た花形の宝石を思い出すシーンでは、
《かたわらでは、ルイーズの白い体が無数のダイヤモンドをまとっているかのようにきらめき、下に見える河の黒ぐろとした水面が、眠っている蛇の背中さながらに輝いた》という描写に出くわす。
まあ、一事が万事こんな具合で、事物や人間の結晶化作用が、女性の裸体美をもふくむ豊饒なイメージと結びつき、何ともいえない雰囲気を醸し出しているのです。
雰囲気主導とはいっても、ストーリーがないわけでもなく、スザンヌを探す旅は、そのまま内地への冒険の旅、さらには時々刻々と結晶化する世界を目撃する旅と重なってゆく。オールタイムベストSFです。
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結晶世界 (創元SF文庫) (創元推理文庫 629-2) 文庫 – 1969/1/10
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アフリカの癩病院副院長であるサンダースは、一人の人妻を追ってマタール港に着いたが、そこからの道は何故か閉鎖されていた。翌日、港に奇妙な水死体があがる。死体の片腕は水晶のように結晶化していた。それは全世界が美しい結晶と化そうとする無気味な前兆だった。バラードを代表するオールタイムベスト作品。星雲賞受賞。
- 本の長さ245ページ
- 言語日本語
- 出版社東京創元社
- 発売日1969/1/10
- ISBN-104488629024
- ISBN-13978-4488629021
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登録情報
- 出版社 : 東京創元社 (1969/1/10)
- 発売日 : 1969/1/10
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 245ページ
- ISBN-10 : 4488629024
- ISBN-13 : 978-4488629021
- Amazon 売れ筋ランキング: - 236,806位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 149位創元SF文庫
- - 953位創元推理文庫
- - 1,257位SF・ホラー・ファンタジー (本)
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2019年9月29日に日本でレビュー済み
2008年7月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ハンセン病も重要なテーマになっている作品です。ただ、私くらいの世代では今ひとつ現実感を伴わないテーマとも言えます。
そのため、登場人物に対して思い入れはちょっと難しい面がありました。
ですが、それを補って余りある「世界が結晶化していく」という事象の描写の美しさが魅力的です。
これはバラード氏の作品に共通して言えることかと思うのですが、確実に滅びに向かって行く世界という状況が、単純に悲劇的なだけにならないこと。中でもこの結晶世界はその色が濃いと思います。
そのため、登場人物に対して思い入れはちょっと難しい面がありました。
ですが、それを補って余りある「世界が結晶化していく」という事象の描写の美しさが魅力的です。
これはバラード氏の作品に共通して言えることかと思うのですが、確実に滅びに向かって行く世界という状況が、単純に悲劇的なだけにならないこと。中でもこの結晶世界はその色が濃いと思います。
2019年5月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
長編を発表順に読んでいる
ここまでの4作品は
総じて鉤括弧内(セリフ)の風化が気になる
日本語は移ろいやすい
出版から半世紀程度で読むに堪えなくなってしまう
再訳なり、改訂なりすべき
ちなみに
この後の作品は
いまのところ問題なく
現代国語に翻訳されている
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いまのところ問題なく
現代国語に翻訳されている
2017年5月2日に日本でレビュー済み
J.G.バラードの他の作品のレビューをたまたま読んで、この作家の愛読者と思われる方々の高評価と、初読者らしき方々の低評価の落差の激しさを見て、さて、じゃあバラード初読者には何を薦めるといいんだろうか、と勝手に考えました。
バラードらしさを堪能する、という意味では「楽園への疾走」だと思うのですが、作家性になじんで、今後読み続けるかどうかを判断するためには、この「結晶世界」に如くものはない、というのが私の(これも勝手な)結論です。
病んだり、滅びたり、腐敗したりするものの美しさ--それを肯定するわけではなく、存在としての確かさをそこに見いだすような作風はこの初期作品に顕著に現れています。中でも描写の美しさは随一です。人物像も当初はかなり違和感を感じますが、世界に飲み込まれつつも人間としてのいわば煩悩のようなものを捨て切れないで生きる姿は、読み進むにつれ共感とは違う納得感を与えてくれます。
これに嵌らなかった人なら、もっとエキセントリックになって、人間の醜さだけがより現実味を増すような後年の作品には拒絶反応を示しても仕方ないかな、という気がします。
その意味では、入門編ではなく試金石のような位置づけのできる作品かもしれません。私自身は、後年の作品もたくさん読んだ後であっても(そしてこの作品を最も好むと言い切れるわけでもないのに)、バラードというとまず思い浮かべるのはいつも結晶化する世界の歪んだ美しさです。
もちろん「エキセントリックで人間の醜さが際立つ」というキーワードのほうに惹かれた方なら「ハイ・ライズ」に直行しても満足されると思います。
バラードらしさを堪能する、という意味では「楽園への疾走」だと思うのですが、作家性になじんで、今後読み続けるかどうかを判断するためには、この「結晶世界」に如くものはない、というのが私の(これも勝手な)結論です。
病んだり、滅びたり、腐敗したりするものの美しさ--それを肯定するわけではなく、存在としての確かさをそこに見いだすような作風はこの初期作品に顕著に現れています。中でも描写の美しさは随一です。人物像も当初はかなり違和感を感じますが、世界に飲み込まれつつも人間としてのいわば煩悩のようなものを捨て切れないで生きる姿は、読み進むにつれ共感とは違う納得感を与えてくれます。
これに嵌らなかった人なら、もっとエキセントリックになって、人間の醜さだけがより現実味を増すような後年の作品には拒絶反応を示しても仕方ないかな、という気がします。
その意味では、入門編ではなく試金石のような位置づけのできる作品かもしれません。私自身は、後年の作品もたくさん読んだ後であっても(そしてこの作品を最も好むと言い切れるわけでもないのに)、バラードというとまず思い浮かべるのはいつも結晶化する世界の歪んだ美しさです。
もちろん「エキセントリックで人間の醜さが際立つ」というキーワードのほうに惹かれた方なら「ハイ・ライズ」に直行しても満足されると思います。
2008年2月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
世界が結晶化する重いストーリです。生の側から見て「死」である結晶化と、死(?)から見た「生」である結晶化が、人間模様を絡ませて対峙されられながら話が展開していきます。
2014年2月25日に日本でレビュー済み
ニューウェーブSFというものに対する考え方はいろいろあるが、
やはり本書は傑作SFに数えられる作品なのだろう。
個人的には、結晶や人物の描写が延々続くので、かったるい小説だなぁと思ってしまった。
サイエンスの要素に欠けるというわけではないのだが…
わかりやすい冒険活劇が好きな人は読んではいけない。
思弁小説を読みたい人にオススメ
やはり本書は傑作SFに数えられる作品なのだろう。
個人的には、結晶や人物の描写が延々続くので、かったるい小説だなぁと思ってしまった。
サイエンスの要素に欠けるというわけではないのだが…
わかりやすい冒険活劇が好きな人は読んではいけない。
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2014年11月13日に日本でレビュー済み
アイディアを転がすのではなく、イメージを絵画のように描写する、それがバラードです。基本、ワンアイディアの人なのですが、この作品はイメージが超絶美しい… ターナーの絵みたいなものでしょうか。英国人はメランコリックなものが本質的に好きなのだ、と思います。ビートルズもそうですよね…
2010年12月25日に日本でレビュー済み
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とあるジャングルで、植物も動物も、生物もそうでない物も、ありとあらゆる物が水晶の様な結晶と化していく(水晶その物ではない)。
しかもその範囲はどんどん広がりつつある。
その中で3組の男女の姿が描かれる。
ある者は、自ら生きたまま結晶化するのを望む。ある者はそこから逃れようとする・・・
結晶化の原因についてはSF的疑似科学の説明付けがなされていますが、その点はよく分かりません。
ただただ世界が結晶化していくというイメージ描写に圧倒されました。
しかもその範囲はどんどん広がりつつある。
その中で3組の男女の姿が描かれる。
ある者は、自ら生きたまま結晶化するのを望む。ある者はそこから逃れようとする・・・
結晶化の原因についてはSF的疑似科学の説明付けがなされていますが、その点はよく分かりません。
ただただ世界が結晶化していくというイメージ描写に圧倒されました。