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「見えない」巨大経済圏―システムDが世界を動かす 単行本 – 2013/4/1

3.4 5つ星のうち3.4 4個の評価

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 東洋経済新報社 (2013/4/1)
  • 発売日 ‏ : ‎ 2013/4/1
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 単行本 ‏ : ‎ 338ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4492443932
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4492443934
  • カスタマーレビュー:
    3.4 5つ星のうち3.4 4個の評価

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上位レビュー、対象国: 日本

2014年1月25日に日本でレビュー済み
ナイジェリアについては、インフラ不足が深刻で正規の店舗やショッピングモールが足りないという点と主要道路沿いの地価が高いという事情から、主な販売チャンネルが路上になっているそうです。
インフラ整備の原資は税金ですから政府も悩ましいところだと思います。
著者の意欲は分かるのですが、人物ルポになってしまい残念です。
非合法的なストリートマーケットやマイクロビジネスはいつの世も無くならないと思います。
そこから成功して、合法的なビジネスに発展していく例もあるでしょう。

言葉ですが、インフォーマル経済で十分伝わり、あえてシステムDという言葉を使うのは違和感を感じます。
2013年6月10日に日本でレビュー済み
爆発的な急成長を遂げているインフォーマル市場、システムD。麻薬や人身売買といった闇市場のことではなく、未登記、規制逃れが当たり前の市場だ。小規模だが、創意工夫にあふれる店舗が一箇所に集い、多様な商品の売買が現金で行われる市場規模はなんと数兆円に達する。自由で企業家精神に満ちた、心こころ踊らされる無法地帯の市場をとくとご覧あれ。

【1日100万人が詰めかける市場】
それは正規に認められた市場ではない。いわゆるブラックマーケットだ。だが、この市場の規模は相当に大きい。年間の取引金額は100億ドルにも登ると言われている。仮に、この一都市(ここではブラジルのそれを指す)が一企業として法人化したとなると、上位五社の一角に名を連ねることになる。記録に残らず登記も規制もない。すべての取引が現金で行われ、所得税の納税に足がつくようなことがない市場。ここで働く労働者の数は18億人にも上るという。

【システムD】
DIYを基本に起きつつ、多様な取引が行われる市場にも、勝者と敗者が存在する。ただ、勝者は総じて敗者の経験を積んでいるものが多い。一度やって見てうまくいかなければ他のことへ時間と労力を割く。
市場は政府にコントロールされるべきではない。レッセフェールであるべきだ。しばしば耳にする単語「レッセフェール」もまた、その根底にまでさかのぼると国家の規制が幾重にも掛かっていることに気づくだろう。自由市場とは名ばかりのもので、巨大なトラスト、独占企業が存在している。ポラニーが大転換の中で、市場の危うさについて述べていることだ。

【グローバリゼーション】
政府からの認可も支援もないままに、諸外国の企業と巨額の取引を結ぶ。システムDで巨額の利益を手にしている者たちは、自らの手で世界貿易のルートを開拓している。興味深いのは、政府の公認がおりていない市場周辺から、中流層が生まれてきていることだ。同時に労働条件も改善が進んでいるという。もちろん、正規取引ではない分、相当額のマージンが生まれているとも考えられよう。だが、経済が独り立ちできるまでには、非正規の市場なしに市民の生活は極めて不安定なものになりうる。
アダムスミスは道徳感情論において次のように述べている。そのシステムがいかに破壊的に見えようとも、何らかの面で真実に肉薄していなかったならば、多くの人に影響を与え、原理原則をともとする人々の間に、あれほど懸念を抱かせることはあり得なかっただろう。システムDは国際的な見地にたつと、破滅したシステムであると言えよう。だが、一国の中に立ってそれをみると、至極優れたシステムであるともいえる。巨大な価格差が存在するところであれば、商品を右から左に流すだけでかなりの利益を手にすることができる。いち早くそれに気付き、いち早く市場を巨大に育て、いち早く逃げ去る者が、巨額の利益を手にする世界が存在する。

【教育と経済発展】
システムDは教育格差を縮小することにも一躍買っている。ジェインジェイコブスは都市の原理で次のように述べている。アメリカで立派な市民として活躍している多くの人が教育を受けることができ、合法的かつ発展的な企業が生まれたのも、かいぞくひん、密輸、違法営業があったおかげだと言う。システムDの功罪は、立ち位置によって容易く変わりうる。闇雲に全ての取引をクリーンにしてしまっては、経済発展が遅れてしまうとも考えられよう。成熟への発達段階においては、多少多めに見てあげることもまた重要なこと。何ごとにも最適なタイミングというものがある。機が熟す、取り返しがつかなくなる前に、策を打つことは重要だが、その策が厳しすぎないようにすることを忘れてはならない。
5人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2022年5月13日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この本で語られている「システムD」というのは、DIY(あり合わせで賄う即興性と自立心に基づいた仕組をおしゃれに言い直したものを言い、インフォーマル経済(非公式・非合法経済)という、ネガティブな用語を避ける意味で使っている。もっとも、日本では敢えて「システムD」という言い方に違和感を感じるのは同感である。日本語で言えば「もぐり」のことである。日本人というのは「もぐり」に対してネガティブな意味だけではなく、逸脱した行為者程度の意味も含まれている(手塚治虫「ブラックジャック」はその意味をよく分かっている)。これは翻訳上、「もぐり」、「抜け荷」、「袖の下」、「禁制品」といった江戸時代の言葉の方が良く似合うし、戦争直後の日本はインフォーマルだったことを忘れている。日本経済が高度成長期を迎えられたのも、戦後の闇市が「もぐり」そのものだったわけで、そこ(インフォーマル経済)を通過したからこそ成長し得たのは、カオスから創発が生まれ、社会に埋め込まれた経済を急激に引き上げる成果になったからだろう。

但し、東京オリンピックから大阪万博にかけて日本はフォーマル(合法的)な経済に向かおうと「国」が動き出した(アメリカやヨーロッパ諸国の横やりに決まっている)。そのことの「悪影響」でバブルが弾けて以降、長い経済疲弊から立ち直れていない。

日本ではこのインフォーマルをあまりにも徹底的に排除しすぎてしまったからだ。勿論このインフォーマルを許容する議論について、異論や反論があるのは重々承知のことではあるが、人類学者の小川さやかさんの著書を以前読んで思ったことに繋がる。

多くの人が言う、「経済学」はこういったインフォーマルな動きを捉えられないからとかで無視する。国家の御用学者になった経済学者は法律で「排除」を企てようとする。しかし、貧富の格差が大きい国程、インフォーマルな市場が大きい。そして不況下でも立ち直りが早い。

今回の本で紹介された主な取材先はナイジェリアのラゴスである。主要道路は車やバイク、テントでの売店が軒を連ねて、常に渋滞、そして都市のインフラである水道はまるで完備されておらず、電気や通信網もこのカオスな状況からまるで整備されていない。

それでも、摩訶不思議なことにインターネットは繋がるし、ペットボトルではなく、透明な袋に入れた飲料水はお金を出せば手に入るし、電気に関してもディーゼル発電機で個々人が自発的に起こしていて、その発電によってスマホの充電も可能であり、さらにはプリペードカードを購入すれば電話やネットも出来る。何度も当局が乗り込んで排除したりしても、復活しては新たなビジネスを繰り広げる。

劣悪なコピー商品も多いが中古品にしても、日本製(ソニーやパナソニック)のテレビの格安販売や格安のスマートフォンが売られていたりする。こういった商品がどうやって市場に出てくるのか?

勿論、合法的なものではなく、「密輸」だったりする。ナイジェリアのかつての首都ラゴス(公式では人口「約」800万人でそれでもアフリカ最大の都市であるが、どう考えても非公式の人口は1000万人は超えているはず)は、輸入の審査などが厳格で手続きに何週間とか1か月かかったりするので、手続きが簡略で役人への賄賂の通じる隣国のベナンを介して「運搬」されているのが実態である様だ。

詩人のアルチュール・ランボーが筆を折り、インフォーマルな貿易商人になったかの理由は、この本を読むと何となく分かってくる。「行動の伴わない言葉、本質を隠す言葉に失望したのだな」と。

ウィリアム・シェイクスピアの作品にしても、死後100年間も忘れられ、悲劇「リア王」ですらハッピーエンドに置き換えられ、脚色もされていたという。それを行商人が路上で売った1ペニーの本を大量生産によって普及したことがブーム復活の一番の理由である。しかもそれらは高価な永久著作権を確保出来た戯曲集の「海賊版」である。

こういった盛況な状況を考えると「経済」とは何か、経済学はこれっぽっちも「本質」には到達していないのでないか、と考えざるを得ない。隣国のベナンは19世紀末まで存在した「ダホメ王国」という女性だけの軍隊を持った非常に強い国家があった(フランスがようやく占領出来たのは1894年であり、しかもフランス軍の多くは現地アフリカ人の傭兵であったという)。

彼らの国はヨーロッパから銃や刀剣などの武器、通貨としての子安貝を輸入し、周辺国で捕虜にした「黒人奴隷」を輸出していた。彼らは大変に交渉に長けていて、ヨーロッパ商人がずる賢く立ち回る様を見抜いて、さらに高い「支払い」を要求したことでも有名である(カール・ポランニー「
経済と文明 」参照)。

故にヨーロッパやアメリカ人達が思い違いをしているのは、彼らは非常に「狡猾」に立ち回るし、香港を介して広州に入ったアフリカ系の貿易人(合法であるケースは滅多にない)達は、中国人達の詐欺や誤魔化しすら「見抜いたまま」、図太く交易をする様は逆に私などは清々しさすら感じる(以前紹介済:小川さやか「
チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学 」参照)。

「自立」に関して思い違いをしている今の日本人は、こういう「図太さ」については見習うべきかと思える。搾取されていることで鬱屈しているのではなく、もっと図太く立ち回るべきなのだろう。

国の支援など「当てにならない」と考えている人々の世界での多さとその強靭さは、かつての日本にはあった勢いなのだろう。少し勇気の湧く本である。かと言って、実際に行動に移しても責任は一切取るつもりはないので悪しからず(笑)。
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