本著は、単行本の初版が冷戦終了後すぐの1996年であり、現在の文庫版は2017年が初版ながら基本的にはほとんど1996年当時の内容のままで出版されている。
そしてその内容は、執筆された1996年という時点において、「冷戦期という時代の特徴は何であったのか」を分析し、そこから「冷戦後という時代は如何なる特徴を備えていくか」を紡ぎ出すことをテーマとしている。
まず、冷戦期という時代の特徴分析においては、
◯超大国の勢力均衡(パワーバランス)の側面
◯自由主義と社会主義のイデオロギー対決の側面
◯アメリカの影響力の増大と衰退に見られる覇権理論の側面
◯経済発展をベースとした相互依存の側面
◯国連を代表とする各種協調を目指す国際レジームの側面
等々、異なる切り口の理論的枠組みを活用しながら現実にその実証を求めていくことで、それらが複合的に存在した時代であったと特徴付けていく。
転じてそれを受けた冷戦後の世界の特徴予測では、上記の冷戦期の各特徴が冷戦の終了期にそれぞれどのように変遷したかを実証的に検証することで、未来世界の特徴を紡ぎ出していく。
本著が結論的に提示する冷戦後の世界の特徴は、タイトルでもある「新しい中世」というコンセプトである。
ここでいう「中世」とは、ヨーロッパ中世のことを指している。
これは、時代的特徴が近代以前に逆行・退化していくというイメージでは決してなく、ヨーロッパ中世の特徴のいくつかが現代に再登場してくる、というニュアンスである。
故に冷戦後世界にはヨーロッパ中世には見られなかった特徴も当然備えることになるのであるが、それでも田中先生は冷戦後世界の「新しい中世」という特徴にフォーカスして語り、その具体的内容として、
◯非国家主体の重要度の増加
→ヨーロッパ中世の多元的社会との類似へ
◯イデオロギー対立の終焉
→ヨーロッパ中世のカトリック普遍的価値観との類似へ
という2点を重視する。
ここで考えるべきは、「新しい中世」という特徴にフォーカスすることは、未来予測という議論の展開に何をもたらしているか、という点であろう。
本著の特徴として最も特筆すべきは、未来の国際情勢をも分析し得る理論的枠組みを提示していることであり、それは個別事象に対する読みの精度の高さによって支えられている。
これが田中先生の力量によるものであることは言うまでもないことであるが、一歩踏み込んで考察するに、「実証的検証に耐えた様々な理論的分析枠組みを踏襲することで、可能未来を複数のシナリオとして想定する」という未来の描き方がなされている点に注目すべきであろう。
未来予測とそれに備えた対応を議論するに際しては、現実化する可能性がある程度高いシナリオを漏れなく網羅的に洗い出し、シナリオ毎に対応を検討するという立論が、有効かつ大切である。
この営みを説得力の実証された理論を基に繰り広げることで、荒唐無稽なシナリオを排除しつつ、現実性の高いシナリオを漏れなく想定できる確度が高まっているという点は見逃すことができない。
「有り得そうな予測をいくつも提示したら、そりゃどれかは当たる可能性が高くなるだろう」と感じる方もいるかもしれないが、それでいいのであり、そうあるべきだと私は思う。
仮説と検証・実証の繰り返しにより理論を未来予測に耐え得るものにまで鍛え、かつそれに溺れることなる可能未来を複数シナリオとして網羅的に想定していく。
ここに、国際政治学という領域に止まらない学問一般に求められる粘り強い営みとその強力な成果を見る思いがした次第である。
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新しい中世: 相互依存深まる世界システム 文庫 – 2003/4/1
田中 明彦
(著)
- ISBN-104532191734
- ISBN-13978-4532191733
- 版New
- 出版社日経BPマーケティング(日本経済新聞出版
- 発売日2003/4/1
- 言語日本語
- 本の長さ362ページ
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登録情報
- 出版社 : 日経BPマーケティング(日本経済新聞出版; New版 (2003/4/1)
- 発売日 : 2003/4/1
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 362ページ
- ISBN-10 : 4532191734
- ISBN-13 : 978-4532191733
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,112,438位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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2021年5月15日に日本でレビュー済み
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2019年7月18日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ネタばれです。
筆者によると、現代はヨーロッパ中世と非常に似ているところがあるようです。各々の特徴を以下のように述べています。支配者とイデオロギーの点で注目してみると。。。
中世 支配者…騎士、有力農民、貴族、皇帝など入り乱れていて、最高権力者が不在。
イデオロギー…キリスト教が制覇。
現代 支配者…アメリカの没落後、中国、その他有力主権国家が乱立して、多国籍企業・NGOも登場。
イデオロギー…冷戦後、資本主義が制覇。
以上に加えて、現代では経済・政治的な意味での「相互依存」が進行していることが特徴だと述べています。したがって、現代は「新しい中世」なのだということです。
さらに論を進めて、この中にも三つの層が存在しているといいます。曰く、「新しい中世圏」、「近代圏」、「国家が崩壊している圏」です。前者がアメリカ、日本、オーストラリア。中者が韓国(書かれた当時だと思います)、中国、アセアン各国。後者がサハラ以南の一部地域。この三層の特徴は、前者がその名の通り「新しい中世」としての特徴を持った地域。中者は近代的な国家観しか持っておらず、時には武力を使って他国を犯したりする危ういところもある。としています。
以上の分析の下、日本としては、前者に対してはこれまで通り、国籍如何で企業差別をせずに国民の利益になる企業を誘致すること。中者に対しては、経済的な相互依存を深め、「新しい中世圏」に引き上げることを手助けしつつ、日米・日豪と協力しつつ侵されないようにしよう!というのが、筆者の主張です。
筆者によると、現代はヨーロッパ中世と非常に似ているところがあるようです。各々の特徴を以下のように述べています。支配者とイデオロギーの点で注目してみると。。。
中世 支配者…騎士、有力農民、貴族、皇帝など入り乱れていて、最高権力者が不在。
イデオロギー…キリスト教が制覇。
現代 支配者…アメリカの没落後、中国、その他有力主権国家が乱立して、多国籍企業・NGOも登場。
イデオロギー…冷戦後、資本主義が制覇。
以上に加えて、現代では経済・政治的な意味での「相互依存」が進行していることが特徴だと述べています。したがって、現代は「新しい中世」なのだということです。
さらに論を進めて、この中にも三つの層が存在しているといいます。曰く、「新しい中世圏」、「近代圏」、「国家が崩壊している圏」です。前者がアメリカ、日本、オーストラリア。中者が韓国(書かれた当時だと思います)、中国、アセアン各国。後者がサハラ以南の一部地域。この三層の特徴は、前者がその名の通り「新しい中世」としての特徴を持った地域。中者は近代的な国家観しか持っておらず、時には武力を使って他国を犯したりする危ういところもある。としています。
以上の分析の下、日本としては、前者に対してはこれまで通り、国籍如何で企業差別をせずに国民の利益になる企業を誘致すること。中者に対しては、経済的な相互依存を深め、「新しい中世圏」に引き上げることを手助けしつつ、日米・日豪と協力しつつ侵されないようにしよう!というのが、筆者の主張です。
2017年8月25日に日本でレビュー済み
本書は、日本の国家戦略について書かれています。安倍政権下の平成25年(2013年)12月に、国家安全保障戦略が閣議決定されました。評者は、本書がその下敷きの一つ、大きな一つであった、と推察します。
第一に趣旨です。国家安全保障戦略は言います。《我が国の国益を長期的視点から見定めた上で、国際社会の中で我が国の進むべき針路を定め……》 本書の趣旨にそのままつながります。
第二に構成です。本書は、国家安全保障戦略のうちの肝である、③我が国を取り巻く安全保障環境と国家安全保障上の課題 ④我が国がとるべき国家安全保障上の戦略的アプローチについて、詳しく述べています。[なお、①は策定の趣旨、②は国家安全保障の基本理念です] ③について、本書の第1章から第6章は、冷戦、覇権、相互依存の3つをキーワードに過去と現在を振り返り、第7章から第9章は、「新しい中世」をキーワードに、これからの世界とアジア太平洋地域の行く末を展望します。④は本書の第10章に当たります。日本のとるべき戦略について提案します。
第三に具体的戦略ですが、ネタバレになりますので、本書をお読みください。ただ、著者が本書で集団的自衛権の行使容認を訴え、実際、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会 14名の有識者の1人」として努力された方であること。並びに、本書でアフリカなどの貧しい国々への援助を訴え、実際、独立行政法人国際協力機構理事長として汗を流した方であることを記しておきます。知的誠実な人だと感じ入りました。
第一に趣旨です。国家安全保障戦略は言います。《我が国の国益を長期的視点から見定めた上で、国際社会の中で我が国の進むべき針路を定め……》 本書の趣旨にそのままつながります。
第二に構成です。本書は、国家安全保障戦略のうちの肝である、③我が国を取り巻く安全保障環境と国家安全保障上の課題 ④我が国がとるべき国家安全保障上の戦略的アプローチについて、詳しく述べています。[なお、①は策定の趣旨、②は国家安全保障の基本理念です] ③について、本書の第1章から第6章は、冷戦、覇権、相互依存の3つをキーワードに過去と現在を振り返り、第7章から第9章は、「新しい中世」をキーワードに、これからの世界とアジア太平洋地域の行く末を展望します。④は本書の第10章に当たります。日本のとるべき戦略について提案します。
第三に具体的戦略ですが、ネタバレになりますので、本書をお読みください。ただ、著者が本書で集団的自衛権の行使容認を訴え、実際、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会 14名の有識者の1人」として努力された方であること。並びに、本書でアフリカなどの貧しい国々への援助を訴え、実際、独立行政法人国際協力機構理事長として汗を流した方であることを記しておきます。知的誠実な人だと感じ入りました。
2013年8月11日に日本でレビュー済み
レビュータイトルの通り、冷戦後の世界情勢を予測すべく書かれた本のうちの一冊で、したがって問題意識としてはハンチントンの「文明の衝突」やフクヤマの「歴史の終わり」、上記2冊ほど有名ではないがブレジンスキーの「地政学で世界を読む」などと同じ。特にハンチントンの文明の衝突には本書内で言及があり、素直に「自分のやりたかったことをより強烈に明晰に書物にまとめてあり、やられた」などと認めている。
ではこの本が全然ダメかというとそんなことはなく、他のレビュアーも言うとおり、日本人による世界情勢分析としては屈指の名著であると思う。他の書籍が基本的にはナショナリズム・軍事・民族・宗教などを重視しているのに対し、本書はいわば国家の「質」に着目し、文明圏や所在地よりも国民の経済力と平均寿命、および国家体制の自由度に基づいて世界各国を「新中世圏」「近代圏」「混沌圏」に分類し、世界のそれぞれの地域にどのような国々が集まっているか見ることによって今後の世界情勢を占おうとしている。これによると、新中世圏諸国が寄り集まった西ヨーロッパやアメリカは安泰で、アフリカの混沌状態の根は深く、日本は新中世圏に属すものの周囲は近代圏であり油断ならず、…というようなお話になる。
この分析法は、「文明の衝突」や「地政学で世界を読む」とは違った視点からの見方が可能で、また日本人としては東アジア情勢の解釈が一つ筋道が通るような気がして受け入れやすいが、他のレビューにもある通りナショナリズムを軽視することによってしっぺ返しを食らいそうに見えるし、またヨーロッパは移民問題とユーロ問題によって内部に不安定要因を抱えるに至っている。「文明の衝突」や「地政学で世界を読む」と同様、世界情勢を読む基礎理論として一定以上のゆるぎない正しさを持つものの、本書だけでは足りないであろうということもまた間違いない。筆者の言う新中世圏も広がりを見せるとは限らず、下手をするとローマ帝国のように、近代圏からの蛮族流入と帝国内の様々な意味でのゆるみにより内部崩壊…などと言うシナリオも、特にヨーロッパの移民問題を見たり、中韓からの物欲しげな日本への出稼ぎ者を見たりすると感じるところである。
まあしかし、本書が刺激的なのは間違いないので、例に挙げた2冊と併読しつつ読むことをお勧めします。
ではこの本が全然ダメかというとそんなことはなく、他のレビュアーも言うとおり、日本人による世界情勢分析としては屈指の名著であると思う。他の書籍が基本的にはナショナリズム・軍事・民族・宗教などを重視しているのに対し、本書はいわば国家の「質」に着目し、文明圏や所在地よりも国民の経済力と平均寿命、および国家体制の自由度に基づいて世界各国を「新中世圏」「近代圏」「混沌圏」に分類し、世界のそれぞれの地域にどのような国々が集まっているか見ることによって今後の世界情勢を占おうとしている。これによると、新中世圏諸国が寄り集まった西ヨーロッパやアメリカは安泰で、アフリカの混沌状態の根は深く、日本は新中世圏に属すものの周囲は近代圏であり油断ならず、…というようなお話になる。
この分析法は、「文明の衝突」や「地政学で世界を読む」とは違った視点からの見方が可能で、また日本人としては東アジア情勢の解釈が一つ筋道が通るような気がして受け入れやすいが、他のレビューにもある通りナショナリズムを軽視することによってしっぺ返しを食らいそうに見えるし、またヨーロッパは移民問題とユーロ問題によって内部に不安定要因を抱えるに至っている。「文明の衝突」や「地政学で世界を読む」と同様、世界情勢を読む基礎理論として一定以上のゆるぎない正しさを持つものの、本書だけでは足りないであろうということもまた間違いない。筆者の言う新中世圏も広がりを見せるとは限らず、下手をするとローマ帝国のように、近代圏からの蛮族流入と帝国内の様々な意味でのゆるみにより内部崩壊…などと言うシナリオも、特にヨーロッパの移民問題を見たり、中韓からの物欲しげな日本への出稼ぎ者を見たりすると感じるところである。
まあしかし、本書が刺激的なのは間違いないので、例に挙げた2冊と併読しつつ読むことをお勧めします。
2005年9月27日に日本でレビュー済み
日本語で書かれた国際関係論の中では屈指の名著である。日経文庫に収録され、補遺がついた上に安価になり、手に取りやすくなったことは歓迎できる。
内容は、現代の国際情勢を中世同様、多極化の時代と捉え、中世との共通点を挙げて分析している。国力をGNPと「民主化度」の二つの軸で分類する手法は応用範囲が広いと思われるし、GNPはマクドナルドの出店数とほぼ比例するというのは経済学的に見ても面白い現象だ。
さて、この著者、本は文句なく薦められるのだが、時々テレビに出現してものしている発言は聞くに耐えない。大学系の方々の中にその手の特徴を持つひとはすくなくないようなので、テレビの印象で著書を読むかどうかを決定しないほうがいいらしい。
内容は、現代の国際情勢を中世同様、多極化の時代と捉え、中世との共通点を挙げて分析している。国力をGNPと「民主化度」の二つの軸で分類する手法は応用範囲が広いと思われるし、GNPはマクドナルドの出店数とほぼ比例するというのは経済学的に見ても面白い現象だ。
さて、この著者、本は文句なく薦められるのだが、時々テレビに出現してものしている発言は聞くに耐えない。大学系の方々の中にその手の特徴を持つひとはすくなくないようなので、テレビの印象で著書を読むかどうかを決定しないほうがいいらしい。