「どうして今どきの受験生は簿記を一からやり直す、 ということをしないの！？ 受験なんて基礎を 確実に押さえたら受かるんだから。 落ちるヤツは基礎に何か見落としがある ってことがわかってないのよ！」 僕はビックリしてしまって言葉が出なかった。 ここは受験専門学校が主催するセミナーの会場、
僕は今年もまた公認会計士試験に落ちてしまった ダメな受験生である。
「試験に限らずそうよ。『会計はムズカシイ~~』 って挫折しちゃう一般の人たちだって、 基礎をすっ飛ばしてラクしようとするから、 結局はいつまで経ってもモノにならないんじゃない！」
ドンドンと机を叩く彼女に、僕は恐る恐る声をかけた。
「あのう~~。怒るとかわいい顔が台無しですよ…」 「うるさいわねっ！」 「い、いえあの、このセミナーに僕以外の人が 集まらなかったことを怒っていらっしゃるのでしたら、 『残念でした！ 一からやり直しましょうセミナー』 というタイトルがいけなかったんじゃないかと…」
僕より明らかに年下、というか大学生くらいにしか見えない
彼女に敬語を使うのも変な感じがしたが、 ダメ受験生の僕に対し彼女は現役の会計士サマ なのだからしかたがない。
「じゃあ、あんたは何で来たのよ」 「僕はその…もう公認会計士を目指すのをやめようと思うんです。 昨日の合格発表で色々と考えまして……。 で、最後の記念にセミナーでも受けてみようかな~、と」 「なっ…なんなのよ！？
あんた、なんて志の低いことを言うの？ あんたは会計が好きじゃないの！？」 「い、いえ、好きですよ。会計がわかれば企業の実情が 見えてきますし、ビジネスマンとして高い評価も受けますし。 それに数字が読めると格好いいですからね」 「そうよ。よくわかってるじゃない。 あんたトロそうだけど、せっかく会計の利点が
わかっているのに、基礎がないばっかりに 試験に落ちちゃうんじゃもったいないわ」 「はあ…」
まったく、顔に似合わずひどい毒舌である。 どうして僕に基礎がないと決めつけるのだろう。 大体において、セミナーに人を集めたかったのなら、 彼女の写真を予め公開しておけばよかったのだ。 男どもがわんさか集まったに違いない。
「よしわかった！ 乗りかかった船だわ。 私のせっかっくの初セミナーに聴衆が一人しか いないのは不満だけど、これからスペシャルな 講義を開始してあげる！」
彼女は教壇に両手をついてガランとした教室を眺め回すと、 スウッと息を吸ってにっこりと笑った。
「えー、みなさん。私がこれから会計の習得に
なくてはならない基礎のお話しをするわ。 目標は会計の基礎であり本質でもある『簿記』を知ることよ。 簿記を知れば、挫折してあきらめようなんて バカな考えを起こす人はいなくなるわよ。 それでは、『一からやり直しましょうセミナー』 のはじまり、はじまり~」
もはや誰に対して言っているのかわからないが、
彼女の華麗なウインクと共に、こうして講義は始まった――。
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