表題に『アルザスの言語戦争』と「戦争」の文字が入って居り、そんな過激な事態に陥ってゐたのだらうかと思ひつつ、一読しましたら、まさしく「戦争」と呼んでもをかしくない状況であった事を実感しました。本書は、そんなアルザスの陰翳に富んだ歴史を印象深く描かれてゐます。そして、アルザスの言語状況の歴史を古代から現代に至るまでを本当に具体的に丁寧に調べ上げて明らかにしてゐます。行政や教会に関係する文書も渉猟して探し出したのでせう。
本書の主な論点は五つあります。一点目は、古代に起きたゲルマン民族の大移動によって現在につながる言語状況が招来されたといふ事です。具体的には、アルザスの西にあたるヴォージュ山脈がドイツ語とフランス語の分水嶺になった事です。二点目は、長いドイツ国家に属した後に起きて来たフランス・ルイ十四世による一六四八年のアルザス併合事件の重要性です。以来フランス語による同化政策が執拗に連綿と続けられた事です。三点目は、その同化政策の中のエポックがフランス革命の勃発に伴ふ国家意識がアルザスにも醸成され始めた事であり、その後に起きて来た近代国家確立に伴ふ国家語フランス語の行政的、社会的優位性の進展が著しかった事であります。四点目は、三百年に及ぶフランス語による不寛容な同化政策の遂行に拘らずアルザスではドイツ語方言・アルザス語が鞏固に維持された事です。最後の五点目ですが、独仏によるアルザス領有の交替に伴ふ行政統治が国家語のドイツ語、フランス語至上主義となってしまひ、アルザス人の魂を脅かすに至ってしまった事です。
筆者が本書のやうな本文部分と注部分が殆ど等分になるやうな三百頁の大部の作品を上梓した事には大いなる敬意を表します。これもアルザス人である筆者自身が第二次世界大戦の中で経験された過酷な言語戦争の体験のよって来た淵源と歴史を明らかにしようとしてこの大作を物されたものと確信するものであります。
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