不思議な面白さを感じる小説です。
主人公ウルリッヒの自伝的、日記風の小説。主人公は九十代も終りに差しかかっている失明した老人です。
この本が刊行されたのが、2009年。百年差し引くと、1909年。1909年から2009年までの歴史が詰まった小説です。
第一次世界大戦前夜の世界に始まり、核戦争の危機が迫る今日までのたった一人の男の孤独な(ソロ)人生の生きざまを描いた小説です。
百年の孤独を描いています。
登場人物が話題にするのは、ドイツの化学工業、アインシュタインのような有名な科学者、音楽、国王、そして戦争。
人生の歴史的な日に自分は何をしていたかを綴っています。そのせいか、ブルガリアの歴史書のような感じもします。
「新聞に載った出来事を参照してしか自分の人生に日付をつけられないことにウルリッヒは気づく」(59頁)
「歴史のおかげでウルリッヒは、自分がソフィアへ戻ったのがいつか正確に知ることができる」(59頁)
第一楽章 「人生」
マグネシウム 7頁
炭素 45頁
塩素 99頁
バリウム 137頁
ウラニウム 187頁
不思議な章題です。何の意味もない元素名だけのタイトル。化学の教科書のようです。
ですから、この小説の各章がどのようなつながりを持っているのか、章題からはまったく想像できません。
マグネシウム
「外国旅行に出るとき、ウルリッヒの母はいつも、洞窟や古い建築の内部を照らすためにマグネシウムのワイヤーを持参した。」(32頁)
ここで、老年の読者なら思い出すでしょう。
小学校の集合記念写真を撮るときに、写真屋が手持ち式のストロボ皿の上にマグネシウムの粉を置き、さあ取りますよ、の掛け声と共に目がくらむような閃光、そしてストロボから「冷たく立ち上るリボン状の煙」を思い出しました。
著者「ラーナー・ダスグプタ」は1971年生まれ。マグネシウムのストロボ使用についてなぜ知っているのでしょう。彼が生まれる頃までには、ストロボは小さな電球のようなガラス中にマグネシウムを封じた製品に改良されていて、眼がくらむような閃光はそのままだけれど、「冷たく立ち上るリボン状の煙」は出なくなったはずだからです。
炭素
この章で、「炭素」に関係ある文言はたった二カ所。
「プラスチックの登場である。 この革新的な新分野は、人類を取り巻く環境を一変させた。それまで人間は、木、石、鉄、紙、ガラスといったなじみのある物質に囲まれて生きてきた。ところが突如、それまで誰も体験したことのない身体感覚をもたらす未知の物質が大量に登場したので。 ウルリッヒは、そんな物質の製造に自分も携わりたいと願った」(51頁)
「夜は目を開けたまま横になり、頭の中でプラスチック繊維についての論文を期日までに仕上げた」(83頁)
プラスチックの骨格は「炭素」の鎖です。
プラスチック繊維は、「炭素(カーボン)」繊維とも言われます。とても強い強度を持つ新しいプラスチック繊維です。
主人公のこれまでの約100年の人生を描くのに、化学史上のメルクマールとなる発見や出来事は書かざるを得ないできごとです。それを書きながら記憶をたどっているのです。
自分自身の経験からも、祖父から昔話を聞く時には必ず日清・日露戦争の頃の話になるし、父親の過去の話を聞くときも、必ず第二次世界大戦の頃の話と絡み合っていたことを思い出します。
(途中章は省略)
ウラニウム 187頁
「自らの化学から解放されたウルリッヒは、ブルガリアが化学のせいでめちゃくちゃにされてしまったことを悟った。川には水銀や鉛が含まれ、放射能を帯びてさらさらと流れた」(192頁)
化学は今日、さまざまな害毒をまき散らしている。その代表としてのウラニウム。
そして、古い硫酸の缶を開けてから捨てようとして、顔に硫酸がかかり、視力を失います。しかし、ウルリッヒは、悟ります。
「思い返すと、自分がいかに多くの時間を白昼夢に費やしてきたかに彼は驚く。世界そのものが意味を失っても、彼が紡いだ物語は一日一日と生きていく支えになってきた。自分の精神のもっとも大きな部分が注がれてきたのがこの創作物なのかもしれないということに、彼は思い至ったことがなかった。しかしそれは絶望するような結論ではない。彼の白昼夢の数々は人生を賭けた一種の試みだったのであり、他のすべてが捨て去られた今も手元にあるのだ」(202頁)
第一楽章は、これで終わりです。
この本の残り半分は、視力を失った彼の手元に今もある、夢、未来への希望です。
第二楽章 「白昼夢」 203頁
イッカク 205頁
ベルーガ 231頁
魚竜 293頁
ジュゴン 327頁
マナティー 417頁
第二楽章は章題を見るだけでも、おとぎ話のような夢物語であることが分かります。
第一楽章の読書に力が入り過ぎて、ちょっと疲れましたが、第二楽章の夢物語が楽しみです。
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ソロ (エクス・リブリス) 単行本 – 2017/12/23
ラーナー・ダスグプタ
(著),
西田 英恵
(翻訳)
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儚い人生とまばゆい夢
「英連邦作家賞」受賞作
共産主義体制とその崩壊を目撃し、激動の20世紀を生き抜いた100歳の男の人生と夢。気鋭のインド系英国人作家による傑作長篇!
第一楽章「人生」 21世紀初め、ブルガリアの首都ソフィアのうらぶれたアパートの一室に暮らす100歳近い盲目の老人ウルリッヒ。貧しく、身寄りもない彼は、記憶を探り、ほぼ1世紀にわたる自らの人生を辿り直して日々を過ごしている。
第二楽章「白昼夢」ブルガリアの地方の町に生まれた少年ボリス。幼くして両親を失うが、音楽の才能に恵まれ、天才的なジプシーの音楽家からヴァイオリンを習う。ある日、ひょんなことからニューヨークのやり手の音楽プロデューサーに見出される。
グルジアの首都トビリシで生まれた姉弟、ハトゥナとイラクリ。共産主義が崩壊し、家族は没落の一途を辿るが、二人はアメリカに渡り、力を合わせて生きていく。
「第一部が記憶を繋ぎ止めようとしているとすれば、第二部は逆に、記憶がすべてではないと言っているかのようだ。(中略)この『ソロ』という作品は、ひとりの老人が自らの人生と折り合いをつけるための壮大な試みだったのである。」(「訳者あとがき」より)
「並外れた、驚くべき摩訶不思議な小説」とサルマン・ラシュディが絶賛した本書は、2010年度英連邦作家賞を受賞した。気鋭のインド系英国人作家による、18か国で翻訳された傑作長篇!
[原題]Solo
「英連邦作家賞」受賞作
共産主義体制とその崩壊を目撃し、激動の20世紀を生き抜いた100歳の男の人生と夢。気鋭のインド系英国人作家による傑作長篇!
第一楽章「人生」 21世紀初め、ブルガリアの首都ソフィアのうらぶれたアパートの一室に暮らす100歳近い盲目の老人ウルリッヒ。貧しく、身寄りもない彼は、記憶を探り、ほぼ1世紀にわたる自らの人生を辿り直して日々を過ごしている。
第二楽章「白昼夢」ブルガリアの地方の町に生まれた少年ボリス。幼くして両親を失うが、音楽の才能に恵まれ、天才的なジプシーの音楽家からヴァイオリンを習う。ある日、ひょんなことからニューヨークのやり手の音楽プロデューサーに見出される。
グルジアの首都トビリシで生まれた姉弟、ハトゥナとイラクリ。共産主義が崩壊し、家族は没落の一途を辿るが、二人はアメリカに渡り、力を合わせて生きていく。
「第一部が記憶を繋ぎ止めようとしているとすれば、第二部は逆に、記憶がすべてではないと言っているかのようだ。(中略)この『ソロ』という作品は、ひとりの老人が自らの人生と折り合いをつけるための壮大な試みだったのである。」(「訳者あとがき」より)
「並外れた、驚くべき摩訶不思議な小説」とサルマン・ラシュディが絶賛した本書は、2010年度英連邦作家賞を受賞した。気鋭のインド系英国人作家による、18か国で翻訳された傑作長篇!
[原題]Solo
- 本の長さ444ページ
- 言語日本語
- 出版社白水社
- 発売日2017/12/23
- ISBN-104560090548
- ISBN-13978-4560090541
商品の説明
著者について
ラーナ・ダスグプタ Rana Dasgupta
1971年、イギリス・カンタベリー生まれのインド系英国人作家。ケンブリッジで育ち、オックスフォード大学ベリオール・カレッジで仏文学を学ぶ。その後、フランス・エクサンプロヴァンスのダリウス・ミヨー音楽院でピアノを、アメリカ・ウィスコンシン大学マディソン校でコミュニケーション・アートを学ぶ。2001年よりインドのデリー在住。2005年、短篇集Tokyo Cancelled(『東京へ飛ばない夜』、ランダムハウス講談社)でデビュー。同年のジョン・レウェリン・ライト賞およびインドのボーダフォン・クロスワード賞の最終候補となる。2009年、第二作となる長篇小説Soloを刊行。2010年度の英連邦作家賞(コモンウェルス賞)を受賞し、英ガーディアン紙(電子版)のNot the Booker Prize(読者が選ぶ文学賞)にも選出された。2014年、初のノンフィクション作品Capital: A Portrait of Twenty-First Century Delhiを刊行。2015年度オーウェル賞およびオンダーチェ賞の最終候補となり、2017年度リシャルト・カプシチンスキ・ルポルタージュ文学賞を受賞した。
訳者: 西田英恵(にしだ・はなえ)
1978年大阪生まれ。京都大学文学部卒業。東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了(文学修士)。専門は英米文学。訳書にP・ペッテルソン『馬を盗みに』(白水社)、P・セロー『ゴースト・トレインは東の空へ』(講談社)がある。
1971年、イギリス・カンタベリー生まれのインド系英国人作家。ケンブリッジで育ち、オックスフォード大学ベリオール・カレッジで仏文学を学ぶ。その後、フランス・エクサンプロヴァンスのダリウス・ミヨー音楽院でピアノを、アメリカ・ウィスコンシン大学マディソン校でコミュニケーション・アートを学ぶ。2001年よりインドのデリー在住。2005年、短篇集Tokyo Cancelled(『東京へ飛ばない夜』、ランダムハウス講談社)でデビュー。同年のジョン・レウェリン・ライト賞およびインドのボーダフォン・クロスワード賞の最終候補となる。2009年、第二作となる長篇小説Soloを刊行。2010年度の英連邦作家賞(コモンウェルス賞)を受賞し、英ガーディアン紙(電子版)のNot the Booker Prize(読者が選ぶ文学賞)にも選出された。2014年、初のノンフィクション作品Capital: A Portrait of Twenty-First Century Delhiを刊行。2015年度オーウェル賞およびオンダーチェ賞の最終候補となり、2017年度リシャルト・カプシチンスキ・ルポルタージュ文学賞を受賞した。
訳者: 西田英恵(にしだ・はなえ)
1978年大阪生まれ。京都大学文学部卒業。東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了(文学修士)。専門は英米文学。訳書にP・ペッテルソン『馬を盗みに』(白水社)、P・セロー『ゴースト・トレインは東の空へ』(講談社)がある。
登録情報
- 出版社 : 白水社 (2017/12/23)
- 発売日 : 2017/12/23
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 444ページ
- ISBN-10 : 4560090548
- ISBN-13 : 978-4560090541
- Amazon 売れ筋ランキング: - 738,765位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 10,215位英米文学
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
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