本書の著者ヘンリー・メイヒューは雑誌の編集や新聞への連載等に携わったという経歴からもお判りのように、作家であると同時にジャーナリスト、若しくはルポライターという横顔を持つ。
こうした彼が著述した本書『ロンドン路地裏の生活誌』は、成程、当時のロンドンの貧困地域に奥深く分け入って直接取材した結果報告を纏めた作品であり、当時のロンドンの喧騒が聞こえて来るどころか、まるで臭気まで漂って来るような臨場感に溢れていた。
本書は上下巻から成るが、特徴的なのは何と言っても商売ごとに分けて事細かに一つずつ紹介している所である。
例えば、この上巻について言うならば「サンドイッチ売り」「コーヒー売り」「パイ売り」「プディング売り」等など…特にこの上巻では食料を売る人達が中心となっているが、その他にも、先ずは基本的な“呼売商人”とは何か(生活、服装、教育等も含めて)という解説から始まり、安宿の実態、障害者の街頭商人、娼婦等にも目を向けている。
また、細かく値段も示されているので、当時の商人達が正しく「日銭」を稼ぐのに如何に苦労していたのかという事を身に沁みて感じるだろうし、所々に配された豊かな挿絵もまた、当時の路地裏に関する理解を深めるのに役立ってくれるであろう。
因みに、現在でもコヴェント・ガーデン界隈は所謂“下町”風情豊かな活気に溢れた場所だが、当時も果物市等で賑わっていた様子が描かれているので、今のロンドンの片隅には当時の片鱗が見て取れる事が解るし、或いはイギリスでお馴染みの「フィッシュ&チップス」も実はこの時代から「魚のフライ」の街頭販売が伝統であった事も知り、中々面白い。
また、本書の後半に登場する「中古の楽器売り」は“本物の中古品を売る商人=正直な商人”と“見せ掛けだけの中古品を売る商人=不正直な商人”がいる事を指摘しているが、興味深いのは当然の事ながら後者である。
勿論、インチキ商売は実際に自分が騙された身になれば腹立たしいものの、その商売の巧さには脱帽するばかりであり、なんとなく微笑ましくも思った。
勿論、貧困層の苦しい生活実態を扱っているので決して楽しい気分で読める作品ではない。
言う迄もなく、全体に漂うのは退廃的な空気と絶望、そして胸糞悪くなるような不潔さ…「貧しくとも希望がある」などと言うのは綺麗事に過ぎないとさえ思ってしまうのだ。
然しながら、その一方で、生まれながらにして貧しい者も、人生に失敗して落ちぶれた者も、皆「明日の為に」ではなく「今日の為に」…即ち「生きる為に必死」だと言う逞しさがあるのも事実だ。
後半はどんな頼もしい人物達が出て来るのかが楽しみである。
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ヴィクトリア時代ロンドン路地裏の生活誌 上 単行本 – 1992/11/17
- 本の長さ221ページ
- 言語日本語
- 出版社原書房
- 発売日1992/11/17
- ISBN-104562023791
- ISBN-13978-4562023790
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登録情報
- 出版社 : 原書房 (1992/11/17)
- 発売日 : 1992/11/17
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 221ページ
- ISBN-10 : 4562023791
- ISBN-13 : 978-4562023790
- Amazon 売れ筋ランキング: - 682,585位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 182位イギリス・アイルランド史
- - 1,812位ヨーロッパ史一般の本
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2010年1月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ヴィクトリア朝時代のロンドンで、貧乏のどん底でたくましく生きる人たちをただそのままレポートした一冊。すぐにその世界に引き込まれ、まるでがやがやとマーケットの騒がしさが聞こえてくるようだ
2017年12月29日に日本でレビュー済み
本書は、原著者ヘンリー・メイヒュー(1812-87年)による『ロンドンの労働とロンドンの貧民』(1986年刊)を抜粋翻訳したものである。メイヒューは数奇な人生を生きた著述家で、自ら雑誌を刊行したり、雑誌に多くの記事を寄稿した。本書は、ヴィクトリア時代のロンドンの裏町に生きる人々を取材し、その生活ぶりや身の上話をまとめたものである。多数の細密な図版には味わいがある。取材対象の物売りや大道芸人の種類は膨大なものである。「こんなものが売れるのか!」という商売の多種多様さと、極貧の中を生きる当時の庶民たちの逞しさに感動する。以下、上・下巻を通じてのレビューである。
ヴィクトリア時代とは、ヴィクトリア女王がイギリスを統治していた1837年から1901年の期間を指し、この時代はイギリス史において産業革命による経済の発展が成熟に達したイギリス帝国の絶頂期であるされている(Wikipediaより)。この時代、産業資本家の伸長、植民地や自由貿易の拡大でイギリスは繁栄を謳歌すると同時に、植民との紛争にも当面していた。イギリスは世界の覇者であると同時に、本書が活写しているように多くの人々が貧困にあえぐという、繁栄のコストも支払わされていたのである。
フリードリヒ・エンゲルスは、『イギリスにおける労働者階級の状態―19世紀のロンドンとマンチェスター 上・下』(岩波文庫)において、この時代のマンチェスターなどイギリス各都市の労働者の貧民窟の惨状を詳細に報告し、義憤を露わにしている。つまりエンゲルスの著書は、ヴィクトリア時代の裏面を社会学的に(トップダウンで)、しかし怒りを込めて報告しているのが特徴である。一方、本書に登場する人々は、政府に不平を言うというよりも日々の生活に追われている。メイヒューも本書で政府批判めいたことは一切洩らしておらず、「人間観察」に徹している。本書とエンゲルスの本とで、ヴィクトリア時代のイギリスの貧困が立体的に浮かび上がる。
本書を読むと、帝国主義がごく一部の超富裕層(イギリスの映画やテレビドラマでよく見られる、郊外の広大な邸宅に召使付きで住まう人々)を生み出す傍ら、国内では本書が活写しているような極貧層をも大量に生み出していたことが良く理解できる。アメリカが世界を支配し、日本を含む世界中で経済格差が急拡大している現在とも通じる点がある。
国際人権法を専門とする国連特別報告者が、現代アメリカの凄まじい経済格差とそれによりもたらされる痛ましい健康格差を報告しており、この事態は貧困層の政治的無関心を利用するために半ば意図的に貧困が再生産されたものであると批判している(竹田茂夫氏「本音のコラム」、東京新聞2017年12月28日付)。前述のエンゲルスも、この国連報告者と同様に、貧困が生み出されるメカニズムを見抜いていたことは間違いない。本書が描いたロンドンの路地裏の極貧生活は、現代の格差時代にも通じるところがある。
ヴィクトリア時代とは、ヴィクトリア女王がイギリスを統治していた1837年から1901年の期間を指し、この時代はイギリス史において産業革命による経済の発展が成熟に達したイギリス帝国の絶頂期であるされている(Wikipediaより)。この時代、産業資本家の伸長、植民地や自由貿易の拡大でイギリスは繁栄を謳歌すると同時に、植民との紛争にも当面していた。イギリスは世界の覇者であると同時に、本書が活写しているように多くの人々が貧困にあえぐという、繁栄のコストも支払わされていたのである。
フリードリヒ・エンゲルスは、『イギリスにおける労働者階級の状態―19世紀のロンドンとマンチェスター 上・下』(岩波文庫)において、この時代のマンチェスターなどイギリス各都市の労働者の貧民窟の惨状を詳細に報告し、義憤を露わにしている。つまりエンゲルスの著書は、ヴィクトリア時代の裏面を社会学的に(トップダウンで)、しかし怒りを込めて報告しているのが特徴である。一方、本書に登場する人々は、政府に不平を言うというよりも日々の生活に追われている。メイヒューも本書で政府批判めいたことは一切洩らしておらず、「人間観察」に徹している。本書とエンゲルスの本とで、ヴィクトリア時代のイギリスの貧困が立体的に浮かび上がる。
本書を読むと、帝国主義がごく一部の超富裕層(イギリスの映画やテレビドラマでよく見られる、郊外の広大な邸宅に召使付きで住まう人々)を生み出す傍ら、国内では本書が活写しているような極貧層をも大量に生み出していたことが良く理解できる。アメリカが世界を支配し、日本を含む世界中で経済格差が急拡大している現在とも通じる点がある。
国際人権法を専門とする国連特別報告者が、現代アメリカの凄まじい経済格差とそれによりもたらされる痛ましい健康格差を報告しており、この事態は貧困層の政治的無関心を利用するために半ば意図的に貧困が再生産されたものであると批判している(竹田茂夫氏「本音のコラム」、東京新聞2017年12月28日付)。前述のエンゲルスも、この国連報告者と同様に、貧困が生み出されるメカニズムを見抜いていたことは間違いない。本書が描いたロンドンの路地裏の極貧生活は、現代の格差時代にも通じるところがある。
2015年2月3日に日本でレビュー済み
シャーロックホームズを通じて19世紀末のロンドン庶民生活を理解する上で基本書です。
ビクトリア朝末期の光と影。その影こそが、庶民の生活でした。
ルポルタージュとして1級の本ですので、ホームズに限らず、19世紀末のロンドンを知るには
極めてよい本です。
ビクトリア朝末期の光と影。その影こそが、庶民の生活でした。
ルポルタージュとして1級の本ですので、ホームズに限らず、19世紀末のロンドンを知るには
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