国鉄総裁になった石田禮助は国会での挨拶で「粗にして野だが卑ではないつもり」と言って議員たちの「卑」に対峙することを宣言した。
きだみのるは石田禮助の矜持に似たところもあるが、隠遁者であり、放浪者である故、政治などと関わることに距離を置き、右でもなく左でもない立ち位置から自著でのみ世相批判を語るだけの生き方をしたひとであった。
開高健の『人とこの世界』で「きだのぼる」に興味をもち、そのあと嵐山光三郎の『漂流怪人・きだみのる』を読み終え、きだみのるの代表作『気違ひ部落周遊紀行』を読むことにした。
きだみのるがパリからモロッコ経由で帰国したのは昭和十八年は、戦争のまっただなかであった。
召集されて戦地に送られる兵が多かった時代に、外地から帰国した人というのも珍しい。住むところがないため、恩方村(現在の八王子市西部の地域)に疎開して、廃寺(医王寺)にひそんでいた。(『漂流怪人・きだみのる』P065)
部落の人間関係や葬式、長老の力、材木の配分方法などがエピソード風に記されている、と嵐山は述べている。
が、本書を読み終え戦中、戦後の片田舎の暮らしなど戦後生まれの人たちは本書を読んでも理解不能であろうと思えてしまったのです。
例えば占領軍の施政方針など混沌とした政治が生んだ官吏のいい加減さなどあげたらきりがありません。
きだみのるがミミ君を連れていたことを本書ではあまり記していないが、ある女に産ませた実子なのは『漂流怪人・きだみのる』を読んだから評者は知っていたのです。
恩方村では作物の出来不出来で芋などを常食としていたことが本書で語られています。
が、都市近郊の農村と片田舎の恩方村とでは食べるものの蓄えが異なると思えたのです。
空爆で住む家もなくした都市部の人たちと較べたら、こんな片田舎の恩方村でも死の恐怖は味わっていないのです。
どんな社会でも本書に登場するような「英雄」たちは存在します。
大・中・小の企業内にも本書に登場する「英雄」たちは存在します。
東京の永田町や霞が関にも質の悪い「英雄」たちが跋扈しています。
きだみのるは、このような「英雄」たちが片田舎の恩方村だけに存在しているのではないと言いたいのす。
出産は一般に喜びであるが、ハン英雄は上から揃って女の子ばかり六人の子ばかりで、七番目が生れたとき、それが女の子だと解った部落の英雄たちはハン英雄よりも欣喜雀躍したことから、きだみのるが述懐した言葉である。
「二千五百年も昔、ヘロドトスは「神々の妬み」を基調にした歴史を書いている。部落のこのようなことを見聞きしている私は「神々」を「民衆」と置き換えた妬みを基調に風土誌を書けそうにも思う。」(本書P188)
「他人の不運は密の味がする」を絵に描いたようなエピソードですが、評者がこの件を読み、なるほどと思ってしまったのですから、恩方村と同じ「英雄」だったからです。
きだみのるの期待通り良質な「風土誌」に書きあがっていると感心しながら本書を読み終えたのです。
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気違い部落周游紀行 (冨山房百科文庫 31) 文庫 – 1981/1/30
きだみのる
(著)
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失われたアイデンティティーを模索していた敗戦直後の時代状況に適合し、著者の名を一躍高めた書物。山村の生活を観察記録風に叙しながら、都会文化が進展し生活様式に変化が生じても今なお原理的な、日本人の前論理的世界を澄明に活写している。
- 本の長さ250ページ
- 言語日本語
- 出版社冨山房
- 発売日1981/1/30
- ISBN-104572001316
- ISBN-13978-4572001313
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登録情報
- 出版社 : 冨山房 (1981/1/30)
- 発売日 : 1981/1/30
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 250ページ
- ISBN-10 : 4572001316
- ISBN-13 : 978-4572001313
- Amazon 売れ筋ランキング: - 81,226位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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上位レビュー、対象国: 日本
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2020年5月3日に日本でレビュー済み
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昭和20年代序盤の頃に、とある田舎の集落とそこに住む人々を外国文学を引き合いに出しながら紹介しているのですが、ここでいう気違いとは著者の事。著者が気違いとなってあるいはそのような視点で書いているのです。正気だったら、もう少し硬い文章になっていてあまり面白くはなっていないと思うのです。ちょっとタチの悪い実話誌のワンコーナーを読むような感じで読んで下さい。
2023年11月15日に日本でレビュー済み
きだみのる著『氣違ひ部落周游紀行』(気違い部落周游紀行)読了。敗戦で国際的閉門になった日本にある著者自身をダザヴィエ・ド・メェストルの『居室周游紀行』に倣って一部落の人間模様を活写したもの。活写するきだみのるの教養が発揮されていて。(そもどんなもの、こんな短いものであっても、発信者の質が出てしまうわけだから本当は恐ろしいことであるのだが。)この作の感想やレビューを見ていて、木を見て森を見ず、いや森が見えないのだろうかというものばかり。愚かしい村人だの、表層ばかりに囚われて。狭い部落の人間模様から、普遍的な日本人のありようを描き出しているんですね。本書はかなり売れたそうで、モデルにされた方々は立腹して迫ったようですが、木しか見えずやいのやいのと感想を言う人らと変わらない。そこからも赤裸々な日本人像、いや、人間像だろうか、垣間見えもし、おもしろいですね。
2023年7月8日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
本の状態は大変よく、対応も適切かつ迅速。
しかしこれは出版社の裁量だが活字が小さく(あるいは字体フォントのせいか)読みにくい。
しかしこれは出版社の裁量だが活字が小さく(あるいは字体フォントのせいか)読みにくい。
2020年1月3日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この本には、以前から興味があって探していたのですが、古い書籍であり、古書には高値がついて購入を躊躇していたが、復刻版なのか?新書で出版されているをネットで見つけて購入した。長年探していただけに興味深く、また面白い。
2023年5月4日に日本でレビュー済み
いつもの見切り発車です。
『気違い部落周游紀行』と一国一城の主である『ポツンと一軒家』現象は日本で
特徴的で表裏一体の関係であると穿って見る隠遁するしかないと考える今日この頃です。
集団就職や学生運動など都市への自由性などをアピールしていた若年期の時代の人口流入の呼び水が
エンタメとビジネス関連目的になって久しいと感じる成熟期のネオ中世のトウキョーの対比を感じます。
世間様の同調圧はネットやスマホや監視カメラなどで更に村落の人力よりも増しているかもです。
倫理観や道徳やコンプラといった価値規範で縛り現代を覆い隠している規律が求められる云々…。
一周してテクノロジーや都市性を手に入れてしまった先にムラ社会が待ち構えているとは思いもしませんでした。ダンバーには勝てなかったようです。(『インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ』)
勉強不足なので溝口作品でも観賞しながら『西洋中世の愛と人格 「世間」論序説』を読もうと思った。
『気違い部落周游紀行』と一国一城の主である『ポツンと一軒家』現象は日本で
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エンタメとビジネス関連目的になって久しいと感じる成熟期のネオ中世のトウキョーの対比を感じます。
世間様の同調圧はネットやスマホや監視カメラなどで更に村落の人力よりも増しているかもです。
倫理観や道徳やコンプラといった価値規範で縛り現代を覆い隠している規律が求められる云々…。
一周してテクノロジーや都市性を手に入れてしまった先にムラ社会が待ち構えているとは思いもしませんでした。ダンバーには勝てなかったようです。(『インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ』)
勉強不足なので溝口作品でも観賞しながら『西洋中世の愛と人格 「世間」論序説』を読もうと思った。
2015年2月10日に日本でレビュー済み
本書は、社会学・人文学を学び海外生活も長い著者が、戦中に小さな農村の寺に住み、そこの部落の一員として生活した体験を通じて、日常生活における村民の行動や言動を記したものである。村民には取り立てての善人も悪人もいないが、日常生活で示される優越感や利己心、妬み・そねみが描かれており、現代の視点から見れば貧しい戦中戦後の昔の田舎の話とも感じる一方で、これこそ日本人の心の原風景かも知れないと思った。
2023年2月17日に日本でレビュー済み
私は今、関東の地方都市に住んでいるが、ここには、この本にある通りの「気違い部落」がまさに存在している。
駅周辺の人口が流動的な地域などはともかく、車で30分も走るとそこかしこにそういった集落が点在しているのだ。
彼らもスマホを持ちAmazonで買い物もする現代の人たちなのだが、実際の生活は半径1kmほどで完結しており、そこだけが全世界であるかのような暮らしを営んでいる。
人口100人にも満たない集落の中で、少しでも他人を出し抜こうとすることに血道を上げる者(もちろん、日常の付き合いの中であからさまなマウンティングを取れば反感を買うので、何らかの行事の時に他者より圧倒的に多くの金を供出する等の手段を使う)。
そこに移り住んで50年にもなろうかという人に「余所者は我々の決めた事に口を出すな」とのたまう者(殆どの住人は江戸時代、あるいはそれ以前よりその場所から全く動かずに世代を重ねてきている)。
こんな集落が2023年現在、都内から電車で1時間もかからない場所に無数に存在しているのだ。
そういう意味では、この本の記載は全く色あせておらず、100年、200年後にこれを読む人にも違和感なく受け入れられる事であろう。
駅周辺の人口が流動的な地域などはともかく、車で30分も走るとそこかしこにそういった集落が点在しているのだ。
彼らもスマホを持ちAmazonで買い物もする現代の人たちなのだが、実際の生活は半径1kmほどで完結しており、そこだけが全世界であるかのような暮らしを営んでいる。
人口100人にも満たない集落の中で、少しでも他人を出し抜こうとすることに血道を上げる者(もちろん、日常の付き合いの中であからさまなマウンティングを取れば反感を買うので、何らかの行事の時に他者より圧倒的に多くの金を供出する等の手段を使う)。
そこに移り住んで50年にもなろうかという人に「余所者は我々の決めた事に口を出すな」とのたまう者(殆どの住人は江戸時代、あるいはそれ以前よりその場所から全く動かずに世代を重ねてきている)。
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