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1974フットボールオデッセイ 単行本 – 2006/4/1
西部 謙司
(著)
「74年W杯西ドイツ大会決勝・西ドイツ対オランダ」大会を席巻し、サッカーの流れを変えた“未来のチーム”オランダは、なぜ敗れたのか?勝利した西ドイツの選手さえも「わからない」と発言した伝説の試合の謎がいま、解き明かされる。「観る」だけでは分からない、サッカーの奥深さがここにある。
- 本の長さ232ページ
- 言語日本語
- 出版社双葉社
- 発売日2006/4/1
- ISBN-104575298859
- ISBN-13978-4575298857
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登録情報
- 出版社 : 双葉社 (2006/4/1)
- 発売日 : 2006/4/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 232ページ
- ISBN-10 : 4575298859
- ISBN-13 : 978-4575298857
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,218,338位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2017年7月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
たった1つの試合から、よくここまで掘り下げて書いたものだと思います。
2008年11月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
あまりに単純で、安易で、姑息な方法である。したがって、物語(小説)としての読み応えは、これっぽっちもない。本人の主張とは異なり、小説ではないので、当然と言えば当然なのだが。伝えている情報が目新しいものかと言えば、そうでもない。フィクションの部分を広げられなかった臆病さ、力量不足が、貴重な紙資源浪費の元凶だ。
2014年9月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
知人に薦められたのは良いが、各書店では取り扱いがなく(絶版か?)、Amazonで中古品を購入。
事実なのかフィクションなのか境目がわからないほど、読みごたえのある中身でした。
話の舞台は、私もまだ生まれていない1974年ですが、海外サッカーファンにとっては馴染みのあるもので感情移入がしやすく、エンタメ作品として十分に楽しめました!
驚きだったのが、作者が戦術論でお馴染みの【西部謙司】さんだったこと。ロジカルに戦術解説をする作者が、こんなドラマ性のある作品を手掛けていたなんて、にわかに信じ難かったのですが、間違いなく素晴らしい文章でした!
今後の西部さんの新作も見逃さず読んでいこうと思いました。
事実なのかフィクションなのか境目がわからないほど、読みごたえのある中身でした。
話の舞台は、私もまだ生まれていない1974年ですが、海外サッカーファンにとっては馴染みのあるもので感情移入がしやすく、エンタメ作品として十分に楽しめました!
驚きだったのが、作者が戦術論でお馴染みの【西部謙司】さんだったこと。ロジカルに戦術解説をする作者が、こんなドラマ性のある作品を手掛けていたなんて、にわかに信じ難かったのですが、間違いなく素晴らしい文章でした!
今後の西部さんの新作も見逃さず読んでいこうと思いました。
2008年7月31日に日本でレビュー済み
虚と実の境界線の妙が本書の魅力である。
1974年の西独W杯決勝は、世界のサッカー史において最もモニュメンタルな試合の一つである。
本書はその試合の当事者たち、言わずと知れたクライフ、フォクツ、ベッケンバウアーなどの人物像、行動とその内面を描いた「小説」なのである。
確かに「小説」。
著者もそのつもりで書いているが、登場人物は実在の人物であり、彼等が行動した「事実」は、事実として紛れもなく存在する。
顔ぶれや筋書きの大枠は決まった上で、そこに至る水面下の心の襞や人物造型、細かな発言やエピソードといった部分がフィクションというワケである。
その意味で、モチーフはあるにせよ、登場人物やストーリーが基本的に丸ごとフィクションである従来型のサッカー小説とは大きく異なっている。
が、読み込んでいくと虚と実の境界線が、少なくとも読者からは判然としない領域が出てくる。
コレは取材に基づく事実として書いているのか、事実をベースに著者が膨らませた「虚」にあたる部分なのか?著者はそれを自覚的に書いているのか?
本書の魅力は、まさにこのあたりを深読みもしくは邪推しながら読めるというところにあるわけで、そこのところは歴史小説、とりわけ司馬遼太郎のそれを読む楽しみにも通じる部分である(司馬文学ほど格調高くはないけど)。
1974年の西独W杯決勝は、世界のサッカー史において最もモニュメンタルな試合の一つである。
本書はその試合の当事者たち、言わずと知れたクライフ、フォクツ、ベッケンバウアーなどの人物像、行動とその内面を描いた「小説」なのである。
確かに「小説」。
著者もそのつもりで書いているが、登場人物は実在の人物であり、彼等が行動した「事実」は、事実として紛れもなく存在する。
顔ぶれや筋書きの大枠は決まった上で、そこに至る水面下の心の襞や人物造型、細かな発言やエピソードといった部分がフィクションというワケである。
その意味で、モチーフはあるにせよ、登場人物やストーリーが基本的に丸ごとフィクションである従来型のサッカー小説とは大きく異なっている。
が、読み込んでいくと虚と実の境界線が、少なくとも読者からは判然としない領域が出てくる。
コレは取材に基づく事実として書いているのか、事実をベースに著者が膨らませた「虚」にあたる部分なのか?著者はそれを自覚的に書いているのか?
本書の魅力は、まさにこのあたりを深読みもしくは邪推しながら読めるというところにあるわけで、そこのところは歴史小説、とりわけ司馬遼太郎のそれを読む楽しみにも通じる部分である(司馬文学ほど格調高くはないけど)。
2008年8月8日に日本でレビュー済み
昨日の北京オリンピック代表の対アメリカ戦の敗北のショックがまだ、
冷めやらず。。。選手達のショックはいかばかりか。。。
控えに甘んじていた選手達のこれまたショックは。。。
あれだけ走れていなかったアメリカを相手に、何故、足でかき回さなかったのか。
足で、といえば、両サイドに長友と安田を配置する、という選択肢は
なかったのか。
残念だが気持ちの切り替えをして(私がしなければ)ナイジェリア戦に全力で向かい、
勝利をガムシャラに奪い取って欲しい。
そんな気持ちを奮い立たせる、あの1974年夏に西ドイツを舞台に、何が
起きていたのか、何が始まろうとしていたのか、をフィクションを交えながら
ドキュメンタリーとして描いた作品。
当時、日本で初めてW杯がTV放映されたわけであるが、西ドイツ優勝で終わった
あのドラマが、それだけではなかったサイド・ストーリーとして色々な想像を
するしかなかった裏側をほぼ60%近い真実で描いているところが、当時の
マニアを狂喜させる内容なのだ。
クライフ氏とベッケンバウアー氏を主役に配置、フォクツ氏を狂言回し役、と他の方が
書かれているがまさしく、そう。
そこにネッツアー氏やらピート・カイザー氏の時代に隠れてしまった天才やオヴェラート氏
などの「職人」を随所に登場させて、更にマニアの心をくすぐる。
あの夏のまま、時代が止まってしまっている当時中学生、高校生、だった
サッカー野朗どもには、決定的なバイブルになる本である。
何故なら、あの1974年の夏は我々には特別なもの、だったのである。
だからこそ、知りたくて、知りたくて、当時殆ど皆無であった情報を
色々な情報や取材活動を通じて、一つの限りなくノン・フィクションに近いフィクションとして
歴史小説のように作り上げたのだから。
ただ、真実なのかどうしても知りたいのはラスト、閉幕式典会場にクライフ氏が
夫人同伴で入場しようとして拒否された、という部分。欧州で、そんな事が
あるのだろうか。
あの1974年が最早、幻想では?とどこかで思い始めると、例えばスカパーで
1974年時の試合を全試合完全放送したり、このような本が出版されたり、と
我々を刺激するような形になるのである。
どんなに時代が流れていっても、僕の1974年はいつも心の中にある。
冷めやらず。。。選手達のショックはいかばかりか。。。
控えに甘んじていた選手達のこれまたショックは。。。
あれだけ走れていなかったアメリカを相手に、何故、足でかき回さなかったのか。
足で、といえば、両サイドに長友と安田を配置する、という選択肢は
なかったのか。
残念だが気持ちの切り替えをして(私がしなければ)ナイジェリア戦に全力で向かい、
勝利をガムシャラに奪い取って欲しい。
そんな気持ちを奮い立たせる、あの1974年夏に西ドイツを舞台に、何が
起きていたのか、何が始まろうとしていたのか、をフィクションを交えながら
ドキュメンタリーとして描いた作品。
当時、日本で初めてW杯がTV放映されたわけであるが、西ドイツ優勝で終わった
あのドラマが、それだけではなかったサイド・ストーリーとして色々な想像を
するしかなかった裏側をほぼ60%近い真実で描いているところが、当時の
マニアを狂喜させる内容なのだ。
クライフ氏とベッケンバウアー氏を主役に配置、フォクツ氏を狂言回し役、と他の方が
書かれているがまさしく、そう。
そこにネッツアー氏やらピート・カイザー氏の時代に隠れてしまった天才やオヴェラート氏
などの「職人」を随所に登場させて、更にマニアの心をくすぐる。
あの夏のまま、時代が止まってしまっている当時中学生、高校生、だった
サッカー野朗どもには、決定的なバイブルになる本である。
何故なら、あの1974年の夏は我々には特別なもの、だったのである。
だからこそ、知りたくて、知りたくて、当時殆ど皆無であった情報を
色々な情報や取材活動を通じて、一つの限りなくノン・フィクションに近いフィクションとして
歴史小説のように作り上げたのだから。
ただ、真実なのかどうしても知りたいのはラスト、閉幕式典会場にクライフ氏が
夫人同伴で入場しようとして拒否された、という部分。欧州で、そんな事が
あるのだろうか。
あの1974年が最早、幻想では?とどこかで思い始めると、例えばスカパーで
1974年時の試合を全試合完全放送したり、このような本が出版されたり、と
我々を刺激するような形になるのである。
どんなに時代が流れていっても、僕の1974年はいつも心の中にある。
2010年3月2日に日本でレビュー済み
サッカー関連の書籍でここまでエンターテインメントしている本てなかなかないとおもう。
手法も内容も全てハイレベルだと思う。
競技の裏にあるドラマを楽しく読めて、もっともっとサッカーが好きになった。
手法も内容も全てハイレベルだと思う。
競技の裏にあるドラマを楽しく読めて、もっともっとサッカーが好きになった。
2006年10月2日に日本でレビュー済み
1974年W杯。超人クライフが未来のトータルフットボールをひっさげて革命を起こした!真の勝者はクライフ&オランダだ!・・・
と、いう論調はあまたあるけど、ご存知のように1974の真の勝者はドイツであり、ベッケンバウアー。
勝利者ベッケンバウアーの「王道」いや「皇道」的な凄さ、怖さをクライフ、そしてネッツァーという「革命児的な」天才と対比し、フォクツを狂言回しにして浮き彫りにしている本ではないか・・と。
あとクライフが所属していたアヤックスの裏番たるピート・カイザーとライバルチーム、フェイエノールトの大将ファンハネヘムというクライフに唯二(多分)選手レベルで物申せる大物の描写が「萌え」ました。全盛期のクライフってやっぱり嫌な奴だったんだろうね(苦笑
ま、こんな見方を含め、この伝説の「1974」を多面的に想像させる本であります。
ある程度のサッカーの知識が無いと楽しめない本ですな。
と、いう論調はあまたあるけど、ご存知のように1974の真の勝者はドイツであり、ベッケンバウアー。
勝利者ベッケンバウアーの「王道」いや「皇道」的な凄さ、怖さをクライフ、そしてネッツァーという「革命児的な」天才と対比し、フォクツを狂言回しにして浮き彫りにしている本ではないか・・と。
あとクライフが所属していたアヤックスの裏番たるピート・カイザーとライバルチーム、フェイエノールトの大将ファンハネヘムというクライフに唯二(多分)選手レベルで物申せる大物の描写が「萌え」ました。全盛期のクライフってやっぱり嫌な奴だったんだろうね(苦笑
ま、こんな見方を含め、この伝説の「1974」を多面的に想像させる本であります。
ある程度のサッカーの知識が無いと楽しめない本ですな。