序盤は、
婆娑羅や(後の)かぶき者の源流たりえる
放免、童形、ある種の仕草の者、
覆面や笠、"高声"といった
シンボリックでもある異形の姿と
その推論を述べる。
図版もあり分かり易く詳細である。
ある種の仕草とは"扇の骨の間を見る"仕草…
それさえも異形を象徴していたとは、
無学なる当方にとっては驚きであった。
ところが、
中盤からは文章の毛色が変わり
"飛礫"への情熱溢れる論説が展開される。
お、おお…?と少々戸惑いながら
読み進めていくと、
結果、後醍醐天皇にたどり着く。
あーなるほど、
独裁的、良く言えば芯のぶれない
ある意味自らが異質でありながら、
"飛礫を操る者"をはじめとした
「異形」たちと持ちつ持たれつ
「王権」を築き上げた。
それは決して
長い在位期間ではならざりとも、
後の天皇の存在の意義に
大きな礎を残した後醍醐天皇。
そこに話が繋がるわけですな、フムフム。
他研究者の論を引き合いに呈しながら、
ご自身のお考えを述べてゆく語り口は
独特さも感じるが、持ち味であり、
考察の裾野の広がりを感じさせる。
前半と後半で
"読みざわり"がかなり異なる事で、
ドラマチックな印象さえあった。
後醍醐天皇も含め、
まつわる者達とのドキュメントとも言える。
読んでおいて損はないと思う。
今でこそ「被差別民」と
ひと括りに語られかねない異形の者たち。
ある時代の座標においては、
ともすれば決して哀れなる存在では
なかったように思える。
特殊な風貌ゆえに、
"この世ならざる者"の宿命として、
それにすがり願いを仮託せし人々を救う
尊き柱だったのかもしれない。
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異形の王権 (平凡社ライブラリー) ペーパーバック – 1993/6/21
網野 善彦
(著)
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- 本の長さ273ページ
- 言語日本語
- 出版社平凡社
- 発売日1993/6/21
- ISBN-104582760104
- ISBN-13978-4582760101
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登録情報
- 出版社 : 平凡社 (1993/6/21)
- 発売日 : 1993/6/21
- 言語 : 日本語
- ペーパーバック : 273ページ
- ISBN-10 : 4582760104
- ISBN-13 : 978-4582760101
- Amazon 売れ筋ランキング: - 60,782位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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- - 132位文化人類学一般関連書籍
- - 645位日本史一般の本
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上位レビュー、対象国: 日本
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2017年4月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
久しぶりに網野の本を読んだところである。
本書では「異形」というものの説明を絵画から掘り起こすところから始まる。
豊富に図が載せられており、普段昔の絵画を見る機会に乏しい僕としては中々
勉強になった。蓑等の持つある種の「聖性」に関しては本書でも紹介されている
勝俣鎮夫の著書を30年前に読んだ記憶も残っており、ある種の復習にもなった。
後半は後醍醐天皇に絞った展開となっている。この部分が本書の白眉であることは
本書の題名から見ても明らかだが、前半で紹介されてきた「異形」を以下に「権威」
が取り込もうとしたのかという点を興味深く読めた。
ここでポイントであるのは「異形」を起用したのが「権力」ではなく「権威」である点だ。
本書で網野が開陳する風景とは古代以来の天皇制の崩壊の危機を感じた「権威」=後醍醐天皇の
アクションプランが何であったのかという極めて具体的なものだ。
危機に瀕した「権威」が「権力」を志向するに当って、本来「権威」から離れた「周縁」にある
「異形」を「権威の真ん中」に連れてきた剛腕が後醍醐天皇の画期であると網野は喝破していると
僕は読んだ。
それが可能であったのは「異形」そのものがそもそも「聖性」を帯びているからに見える。
これは例えばサタンとは「そもそも天使であった」=堕天使であるという図式にも重なる。
そういう補助線を引く事で本書を僕なりに理解した積りになっているところだ。
網野の本は面白い。網野自体がアカデミズムという「権威」から離れた「周縁」に位置した
思想家であったからだろう。網野は後醍醐天皇と自分をやや重ねた部分もあったのではないだろうか。
本書では「異形」というものの説明を絵画から掘り起こすところから始まる。
豊富に図が載せられており、普段昔の絵画を見る機会に乏しい僕としては中々
勉強になった。蓑等の持つある種の「聖性」に関しては本書でも紹介されている
勝俣鎮夫の著書を30年前に読んだ記憶も残っており、ある種の復習にもなった。
後半は後醍醐天皇に絞った展開となっている。この部分が本書の白眉であることは
本書の題名から見ても明らかだが、前半で紹介されてきた「異形」を以下に「権威」
が取り込もうとしたのかという点を興味深く読めた。
ここでポイントであるのは「異形」を起用したのが「権力」ではなく「権威」である点だ。
本書で網野が開陳する風景とは古代以来の天皇制の崩壊の危機を感じた「権威」=後醍醐天皇の
アクションプランが何であったのかという極めて具体的なものだ。
危機に瀕した「権威」が「権力」を志向するに当って、本来「権威」から離れた「周縁」にある
「異形」を「権威の真ん中」に連れてきた剛腕が後醍醐天皇の画期であると網野は喝破していると
僕は読んだ。
それが可能であったのは「異形」そのものがそもそも「聖性」を帯びているからに見える。
これは例えばサタンとは「そもそも天使であった」=堕天使であるという図式にも重なる。
そういう補助線を引く事で本書を僕なりに理解した積りになっているところだ。
網野の本は面白い。網野自体がアカデミズムという「権威」から離れた「周縁」に位置した
思想家であったからだろう。網野は後醍醐天皇と自分をやや重ねた部分もあったのではないだろうか。
2013年4月18日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
被差別の歴史を客観的な資料を基にして調べた書籍。同和問題の歴史的理解に必須の書。
2011年9月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
スリリング!!!!!
日本史の楽しさを堪能しました
日本史の楽しさを堪能しました
2013年3月23日に日本でレビュー済み
こんな人達がこの国に居た、という歴史を図版と合わせて
知ることが出来る貴重な本。 高校、中学の歴史の本には
紹介されないだろう人達がこんなに沢山いた歴史を知り
驚愕しました。一緒に紹介されている図版が白黒なのが
残念です。
知ることが出来る貴重な本。 高校、中学の歴史の本には
紹介されないだろう人達がこんなに沢山いた歴史を知り
驚愕しました。一緒に紹介されている図版が白黒なのが
残念です。
2009年11月12日に日本でレビュー済み
網野史学の中で、中世期の絵画より彼らの衣装ならぬ“異装”より、異形と言われた人々の生活より、中世期に於ける“バサラ”を描く。特に後醍醐天皇を中心とする魑魅魍魎とした人達による王政復古の戦いや、バサラ達の生活様式に至る中世期を強かに生き抜く人達。彼ら異形の様式が、如何に蔑まされていくのか。それは宮崎映画「もののけ姫」に出てくる異形の人達のようが目に浮かぶ如く。その上で、力をつけてきた異形の庶民達が、時代が経つにつれてその力強さが喪失していく。権力に支配されていく様子は、中世期庶民の限界を表すのだろうか。
後醍醐天皇の特異性は、諸処言われているが怪僧文観による立川真言などのカルト教義の祈祷など、魑魅魍魎の世界観について網野史観の解釈は重要であろう。
後醍醐天皇の特異性は、諸処言われているが怪僧文観による立川真言などのカルト教義の祈祷など、魑魅魍魎の世界観について網野史観の解釈は重要であろう。
2012年5月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
本書の構成は
1・異形の風景 2・異形の力 3・異形の王権
となっており、いずれもその分析する視点が面白く、
かなり興味深く読み通せる。
1については「絵巻物による日本常民生活絵引」の
解説ともいうべきもの。この原著に当たらないと
なかなか良さが伝わらないが、細かな絵図から
その時代の生活風景(正確には異形の者)を読み解く
著者の腕が冴える。
風景の中に突如として、あるいは何気なく現れる異形の人物。
複数の絵図から読み解く、当時の「異形の人物」の意味。
このような試みを提示してくれたのはありがたかった。
2につては「飛礫」という一瞬何のことか理解しがたい風俗から、
日本及び朝鮮半島の民俗について、飛礫の持つ意味を明らかにする。
しかし表題の3については、なかなか評価が難しい。
後醍醐期の権力構造の異常なあり方を説明しているのだが、
どうにも隔靴掻痒の感があり、不満を持つ。
第一に、自分の論説に他の学者の論考を参考にするのは
当たり前であるが、必ずしも一致した結論がない状態で
「〜が明らかにしたように」・「〜の論文で分析されたように」
このような表現が多すぎて、納得しがたい。
自分の論説の根幹部分でこのような表現のみで、いかにも
説明し得たとするのは、反則に近い。自己の視座をより正確に
示す必要がある箇所で、このような十分に説明し得ていないことを
単純化するのは、看過できない。
興味深い視座を提示しているだけに残念。
特に3についてはその傾向が顕著。
典型的なのが「聖と賎」を論じる部分。
著者は(ありきたりの民俗学の本のように)
「(芸能について)聖なる異人としての平民との区別は
差別に転化し…」とさらっと流すが、その論拠はほとんで
触れられていない。
日本の民俗学の「ハレ・ケ・ケガレ」についての論文でこのような
表現が多々見られ、著者も又この悪弊を受け継いでしまっている。
ハレとケガレが「ケの反対概念」として一括りにしてしまい、
聖と賤を同一視してしまうことが妥当であるのか。
あまりに論証不足。
かなりの論及・証左がなければ、「価値観の180度の転換」など
起こりようもないのだが、それを「自明のこと」とする態度には首をひねる。
また「遊女」についても同じ説を述べ、
あたかも遊女が聖なる存在であったように表現するが、
前後の文章でもその根拠は一切ない。
この部分は正直驚いてしまい読み直したが、「著者の思い込み」しか
感じなかった。
上記を仮に正しいとしても、疑問は残る。
後醍醐期から江戸期まで一緒くたにして「被差別部落」を
説明しているが、これは明らかな間違い。
それほど「被差別部落の起源が明らか」であるはずもなく、
中世から近世・近代まで一筋の道で説明しきれるはずがない。
また、「被差別民の流動性」は一言も触れていない。
これまた不可思議。
以上、3については著者の筆が流れるようであり、かつ力強い
ために見過ごしがちだが、大きなミスと考える。
本書がすでに四半世紀を過ぎた著作であると割り引いても
やはり注意して読み解くべき本と考える。
1・異形の風景 2・異形の力 3・異形の王権
となっており、いずれもその分析する視点が面白く、
かなり興味深く読み通せる。
1については「絵巻物による日本常民生活絵引」の
解説ともいうべきもの。この原著に当たらないと
なかなか良さが伝わらないが、細かな絵図から
その時代の生活風景(正確には異形の者)を読み解く
著者の腕が冴える。
風景の中に突如として、あるいは何気なく現れる異形の人物。
複数の絵図から読み解く、当時の「異形の人物」の意味。
このような試みを提示してくれたのはありがたかった。
2につては「飛礫」という一瞬何のことか理解しがたい風俗から、
日本及び朝鮮半島の民俗について、飛礫の持つ意味を明らかにする。
しかし表題の3については、なかなか評価が難しい。
後醍醐期の権力構造の異常なあり方を説明しているのだが、
どうにも隔靴掻痒の感があり、不満を持つ。
第一に、自分の論説に他の学者の論考を参考にするのは
当たり前であるが、必ずしも一致した結論がない状態で
「〜が明らかにしたように」・「〜の論文で分析されたように」
このような表現が多すぎて、納得しがたい。
自分の論説の根幹部分でこのような表現のみで、いかにも
説明し得たとするのは、反則に近い。自己の視座をより正確に
示す必要がある箇所で、このような十分に説明し得ていないことを
単純化するのは、看過できない。
興味深い視座を提示しているだけに残念。
特に3についてはその傾向が顕著。
典型的なのが「聖と賎」を論じる部分。
著者は(ありきたりの民俗学の本のように)
「(芸能について)聖なる異人としての平民との区別は
差別に転化し…」とさらっと流すが、その論拠はほとんで
触れられていない。
日本の民俗学の「ハレ・ケ・ケガレ」についての論文でこのような
表現が多々見られ、著者も又この悪弊を受け継いでしまっている。
ハレとケガレが「ケの反対概念」として一括りにしてしまい、
聖と賤を同一視してしまうことが妥当であるのか。
あまりに論証不足。
かなりの論及・証左がなければ、「価値観の180度の転換」など
起こりようもないのだが、それを「自明のこと」とする態度には首をひねる。
また「遊女」についても同じ説を述べ、
あたかも遊女が聖なる存在であったように表現するが、
前後の文章でもその根拠は一切ない。
この部分は正直驚いてしまい読み直したが、「著者の思い込み」しか
感じなかった。
上記を仮に正しいとしても、疑問は残る。
後醍醐期から江戸期まで一緒くたにして「被差別部落」を
説明しているが、これは明らかな間違い。
それほど「被差別部落の起源が明らか」であるはずもなく、
中世から近世・近代まで一筋の道で説明しきれるはずがない。
また、「被差別民の流動性」は一言も触れていない。
これまた不可思議。
以上、3については著者の筆が流れるようであり、かつ力強い
ために見過ごしがちだが、大きなミスと考える。
本書がすでに四半世紀を過ぎた著作であると割り引いても
やはり注意して読み解くべき本と考える。
2020年12月22日に日本でレビュー済み
1986年刊行。すでに三十五年前の出版物。
昭和末の後醍醐天皇研究を代表する著作ということで読んでみましたが……あれ? 後醍醐天皇の話題は50ぺージだけ?
「異形の風景」「異形の力」「異形の王権」の三部構成。歴史の本だと思って読んでみたら、民俗学の本だったのであります。
全体の半分弱を占める一部「異形の風景」は絵巻物の描写をもとにして、古代、中世の人々の風俗だったり習俗だったりを読み解くというもの。
二部「異形の力」は蓑笠や柿帷、飛礫といった、後世では被差別民に結びつけられることになる習俗の考証。
三部「異形の王権」になって、ようやく後醍醐天皇論が展開されることに。
話題の対象は中世(南北朝時代)に限らず、古代から幕末明治まで幅広い時代を扱っております。
一般書として出版されたものとはいえ学術的な論考ですから、文献考証がたいへん多く、読み物的な面白さを期待して読む書籍ではございません。関心がある読者の他にはついていけないような。注釈もとても多くて、ぺージ数の割には読み終えるまでとても時間がかかってしまいました。
民衆の風俗をお調べの方々はいいとして、後醍醐天皇と建武の新政について調べているという方は他の書籍を当たった方がよろしいかと。
昭和末の後醍醐天皇研究を代表する著作ということで読んでみましたが……あれ? 後醍醐天皇の話題は50ぺージだけ?
「異形の風景」「異形の力」「異形の王権」の三部構成。歴史の本だと思って読んでみたら、民俗学の本だったのであります。
全体の半分弱を占める一部「異形の風景」は絵巻物の描写をもとにして、古代、中世の人々の風俗だったり習俗だったりを読み解くというもの。
二部「異形の力」は蓑笠や柿帷、飛礫といった、後世では被差別民に結びつけられることになる習俗の考証。
三部「異形の王権」になって、ようやく後醍醐天皇論が展開されることに。
話題の対象は中世(南北朝時代)に限らず、古代から幕末明治まで幅広い時代を扱っております。
一般書として出版されたものとはいえ学術的な論考ですから、文献考証がたいへん多く、読み物的な面白さを期待して読む書籍ではございません。関心がある読者の他にはついていけないような。注釈もとても多くて、ぺージ数の割には読み終えるまでとても時間がかかってしまいました。
民衆の風俗をお調べの方々はいいとして、後醍醐天皇と建武の新政について調べているという方は他の書籍を当たった方がよろしいかと。