山下さんの随筆は、読み終わると心底グッタリする。
きもの研究家としての山下さんは、おそらく一流の人だろう。
「美しいキモノ」の連載も毎回読みごたえがあった。
数多くの資料を駆使し、時代時代の社会史や女性の姿に迫りつつ、
学究的品格をもって紹介される着物風俗史は、耳学問の延長で書かれる
多くのきもの文化人のそれと一線を画している。
培われた教養の深さも実感できる。
が、しかし、客観的立場を保持して書かれる服飾専門家としての文章は
ともかく、ひとたび「私」に戻って吐露される、彼女自身の着物への
想いの重さと暗さはどうだろう？
着物にまつわる、風俗・歴史・文化・伝統的な背景をきちんと知りたい
人にとって、山下さんは素晴らしい導き手だ。
同時に、洋服と比較して、着物がおそらく多くの日本女性にとって、
決してただの衣服ではないことも痛感させてくれる。
着物は、まさに、着る人の氏素性や育ち、教養、財力、価値観をも
見透かす「踏み絵」である。
生家や嫁家に搦め捕られていく「紐帯」でもある。
生涯、決して解消されないだろう激しい＜業＞を伝え託す器でもある。
そこが怖い。そして、そこが美しい。
垣間見える静かな悪意や侮蔑、自己憐愍。 毒。
着物にまつわるそんな部分も楽しみたい人にこそ、
一読をおすすめしたい。
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