中古品:
¥90 税込
配送料 ¥257 5月23日-24日にお届け(15 時間 12 分以内にご注文の場合)
詳細を見る
コンディション: 中古商品: 良い
コメント: ■通常24時間以内に出荷可能です。■クリーニング済み。■中古品ではございますが、良好なコンディションです。■万が一品質に不備があった場合は返金対応。■防水梱包です。■決済は、クレジットカード、コンビニ決済・ATM・ネットバンキング・Edy払いがご利用可能です。
Kindleアプリのロゴ画像

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません

ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。

携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。

KindleアプリをダウンロードするためのQRコード

何か問題が発生しました。後で再度リクエストしてください。

評論家入門: 清貧でもいいから物書きになりたい人に (平凡社新書 247) 単行本 – 2004/11/1

3.9 5つ星のうち3.9 13個の評価

世に評論家と呼ばれる者多し。そもそも評論とは何ぞや? 評論と学問の違い、評論の読み方、正しい論争のやり方など、ビンボーでも「書いて生きていきたい」人へ贈る7章。
続きを読む もっと少なく読む

商品の説明

著者からのコメント

訂正する。53p、平川祐弘「小泉八雲」に関するマサオ・ミヨシの評は、シカゴでの平川の発表を聞いて『比較文学研究』に書いたもので、平川がこれに触れたのは新潮社の初版あとがきにおいてである。

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 平凡社 (2004/11/1)
  • 発売日 ‏ : ‎ 2004/11/1
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 単行本 ‏ : ‎ 232ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4582852475
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4582852479
  • カスタマーレビュー:
    3.9 5つ星のうち3.9 13個の評価

著者について

著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
小谷野 敦
Brief content visible, double tap to read full content.
Full content visible, double tap to read brief content.

作家、比較文学者。1962年茨城県生まれ、埼玉県育ち。海城高校卒、東大文学部英文科卒、同大学院比較文学比較文化専攻博士課程修了、学術博士。大阪大学言語文化部講師、助教授(英語)、国際日本文化研究センター客員助教授、現在は文筆家。博士論文は『<男の恋>の文学史』、1999年『もてない男』がベストセラーに。2002年『聖母のいない国』でサントリー学芸賞。2011年『母子寮前』で芥川賞候補、2014年「ヌエのいた家」で同。

カスタマーレビュー

星5つ中3.9つ
5つのうち3.9つ
13グローバルレーティング

この商品をレビュー

他のお客様にも意見を伝えましょう

上位レビュー、対象国: 日本

2015年6月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
冒頭から、少々長めの引用を失礼いたします。

“私個人について言うならば、むしろ、時代も遠く、身分も高貴な人々を描いた『源氏物語』や『古事記』を読むほうが、近松の世話浄瑠璃を読むよりも共感がしやすいし、柏木や薫大将について、まるで自分のことが書かれているように、ちょうどゲーテのウェルテルについて多くの人々が感じるように、感じる。”

本書120頁にある、この文章が好きです! 120頁から121頁にかけての文章は好きで、ほぼ覚えてしまいました。
貴族/平民の身分差があったとしても、風土・言語環境(それは受験勉強のなせる結果であったとしても…)などの交錯状態によっては恋愛が可能になりうる、ということでしょう。
私は『ジュニアそれいゆ』という、もう、60年も前の少女雑誌が好きです。それは私に、まったく現実ではない世界、要は単純に美男美女しかいず、だから自分も簡単にそうなれる世界、を提供してくれるからです。私は著者から、“なに…、1000年に拡大しただけだよ”と話しかけられているように感じます。
それにしても、1000年! なにかの奇跡があって、『源氏物語』時代のそれなりの身分の人物と直かに話したとしたら、いくら同じ“日本語”とはいっても、もはやまともに会話(“会う”のですよね!)が進行するとは思えません…(ここは私の妄想)。
この二頁を含む、柄谷行人の『日本近代文学の起源』の批評(実質上107-131頁)は、この本の脊椎です。
著者はここで、柄谷行人は“近世文芸”と“近代文学”を混同している、と述べています。
王朝女流日記文学や『源氏物語』のほうがはるかに近代文学的で、それはそこで語られる恋愛の狂おしさだけで語られうる、というのです。
柄谷行人の『…の起源』のそこを理解しない英米文学者・批評家が、“外国文学の影響によって日本の近世文芸は近代文学化された”、と間違えていることも指摘しています。
この本の内容は、冒頭で引用した140字あまりの文章に、すべて圧縮されています。
あと、113頁の“花袋の告白”と、206頁の“松原正の言及”なぞ、串を通して読むと面白いです。
著者はほとんどすべての本で、一貫した主張をしています。文芸作者を育んだ風土・環境・身分とその作品は無関係ではなく、「恋愛」をその一断面としてとらえるとわかりやすい、ということです。
また、他書でも言及されていることですが、著者の『雪国』に対する警戒感は興味深いです。本書では121頁でそれが表出しています。それは、著者が“文学”に対しては今後もずっと、うぶであり、処女であるということなのだと思います。素晴らしいと思います。
3人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2020年1月29日に日本でレビュー済み
小林秀雄は教科書で読んで意味分からなかったし、柄谷行人は中途半端なウィトゲンシュタインへの言及が嫌いでした。
いわゆる「評論家」や「哲学者」、「思想家」なんて自称している人の話は話半分に聞いておきましょう。大学の哲学の教授でも、「哲学者」と称している人は信用しない方がいいと思います。
こういう評論って、勉強が好きだけど、勉強ができない人が好きなんですよね。
老後のボケ封じにはいいかもしれない。
日本の評論は学問は新書レベルで8割も含まれていなような気がします。
昨今では大学教授すら、書くもののみならず、読むものも新書レベルになっているようです。
末は博士か大臣か?どちらもレベルが落ちてきているような気がします。
評論よりもエッセイの方がいいかもしれない。
2019年4月11日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
 まず、学術論文と評論は違う。学術論文は、百パーセント論証が必要な堅い論文である。一方、評論は、少しの飛躍やエンターテイメント性があってもよい。割合でいうと、「学問八割、はみ出し二割」(p37)であるという。評論を読む際は、どこにはみ出しが含まれているのか常に考えておく必要がある。また、例えばロシヤ語ができない場合はロシヤ文学の学術論文を書くのは難しいが、評論なら原文で読めなくてもできる(p130)。もっとも小谷野はそのあとで、評論家を目指すなら外国語がひとつはできなければいけないとするが(p137)。
 あと、小林秀雄の批評が批判される。小林は初期の批評はまだしも、その後はフリードリヒ・シュレーゲルの影響で批評も文学作品であると思っていて、わざと分かりにくく非論理的な批評を書いた(p73)。小林の非論理的な批評スタイルは多くの批評家に真似され、柄谷行人も非論理的なのは同じである。小林以降の文芸評論家は、「読者にとっては決して自明ではないことを、『むろん』とか『もちろん』とか『言うまでもない』をくっつけて言う」(p107)虚仮威しをよく使うと斬る。
3人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2012年2月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
■タイトルを真に受けて、評論のためのノウハウが盛り込まれていると思うと
 がっかりします。
 ノウハウはほとんどなく、文筆家はごく一部のベストセラー作家を除いて
 儲かる仕事ではない、ということがしみじみと分かる本です。

■この著者の性分なのでしょうか、作家や評論家に対する批判が本書の中心です。
 著者のファンの方でないと、読んで得るものはあまり無さそうです。
2人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2017年8月17日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
以前、小谷野先生のTwitterに貞操が大事であるような事を書いたと思う。そうしたら問い掛けの短いコメントをいただいた事がある。このコメントを書いている現在も、世界中がそうなのだろうが、日本中が男女関係の乱れで悲しい事になっている。不倫などは自殺者が出たり殺人が起きたりする危険行為なのに、それを継続しながら離婚画策するような詐欺師の男女が芸能人だけでも暴露される。暴露されなければ画策が通じて離婚した後で再婚していただろう。週刊誌の不倫暴露は貴重な仕事である。一般人にも新聞の社会面で取り上げて欲しいところである。訃報や事故よりもスペースを取るだろう。そういう訳で、私がどれだけ残りの人生があるかわからないが、世界の、特に日本の性の乱れを直すためには、文芸評論にヒントが多くあるはずである。小谷野先生の多くの著書をこれから探る中で、男女の在り方、性に関する善とは何かについて多くのヒントが得られるのではないかと、この本の端々にもそれが現れていたような気がする。人間は神様ではないから失敗もあるが、わざわざ汚く生きる事もないし、俗物の結託をする必要もない。車で1時間半くらい離れるが茨城県出身で同じで、5歳違いで若干同世代の私にとって、小谷野先生の存在は刺激的である。知識や経験量は大人と子供ほどの差があるはするが、世界、特に日本の男女の在り方の善とは何かを探り、少しは影響を真面目な人達に勇気づけてあげられるような、それを目指して本名でコメントを書く。
1人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2011年2月28日に日本でレビュー済み
この小谷野敦『評論家入門』は、「入門」と銘打っているがいわゆるマニュアル本でもなければハウ・トゥーものでもない。寧ろこれは評論家による評論家批判、文化人批判の本だと思えばよい。

評論家や文化人の範疇化、すまり格付けのようなこともしているが、一概にインテリといってもいろいろな人があるのだなと感じさせられる。曰、「A:文句なしに偉大な学者=白川静、宮崎市定、中村幸彦、廣松渉あたり」「B:ちょっと怪しいけれど、まあ偉大な学者」「C:マスコミ的には無名だが、堅実な学術論文を着実に書いている学者」「D:『評論家』として優れていて、マスコミ的にも有名だが、学者としてどうか、と言うと疑問符がつく=柄谷行人、蓮實重彦、山崎正和、梅棹忠夫、加藤周一、野口武彦あたり」「E:マスコミ的に有名だが、その学問はインチキである」「F:元は学者だったのだろうが、いつしか一般向けエッセイを量産する、あるいはテレビタレントのようになってしまった人=岸田秀、田中優子、鷲田小彌太、中島義道あたり」「G:箸にも棒にもかからない、ろくな業績もない、ただ大学教授だというだけの学者」に分類させれるらしい。かつて小谷野氏は『バカのための読書術』において「読んではいけない本リスト」を提出してそれを世に問うたが、それ以来の辛口批判である。また「有名評論」と呼ばれている作品についても言及、採点しており、例えば井上章一『法隆寺の精神史』などは「学問でありながら評論でもあって、こういう本を目指してほしい」本として称え、評価「A」としている。その一方で、土居健郎『「甘え」の構造』、丸谷才一『忠臣蔵とは何か』、中沢新一『虹の理論』、岸田秀『ものぐさ精神分析』、吉本隆明『共同幻想論』『言語にとって美とは何か』などを「あきらかにひどい」本として最低の「E」評価を下している。小谷野氏はニーチェやフロイトあたりがお嫌いらしく、とりわけ精神分析学については「中世の錬金術」と同列ものとして断じている。よって小谷野氏的にはユング、ラカン、クリスティヴァまで「インチキ」になるらしい。

柄谷行人の『日本近代文学の起源』についても執拗な批判がかなりウェットなしかたで展開されているが、核心をズバリと突いているので、嫌味ったらしさがなくじつにすがすがしい。

底知れぬ情報量を背景に、ラジカルの姿勢で臨み、縦横無尽に話を拡げていく小谷野氏だが、彼くらいになれば評論家を名乗ってもいいのであろうし、またこの人の場合、ご自分の感情や快楽に欺瞞的でないので、たいへんさわやかである。

しかし文藝書である本書で、デパスやらドグマチールといった精神薬の名前を目にするとは思わなかった。
11人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2005年5月7日に日本でレビュー済み
村上龍さんのまとめた本に「13歳のハローワーク」という本があります。読んだ方も多いと思いますが、本来は、実際にその職業についている人の生の声を聞くべきなんですよね。
そして、この本は評論家を実際にやっている小谷野さんが書いた評論家という職業についての本ですね。
繰り返し強調されているのは「もうからない」ということ。評論家としての使命や社会への貢献などということも(もちろん?)書かれていなくて、小谷野さんらしいちょっと斜に構えた内容となっています。
無理やり本にした感もあり、小谷野さんの著作にしては退屈かも。。。
5人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2015年12月27日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
けっこう面白かった。東大出の限界は感じさせるが、それでもそれなりに
好感のもてる内容だった。