「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり 沙良双樹の花の色 盛者必衰の理を表す 驕れるものは久しからず」
ご存知の通り、これは平家物語の冒頭の一節である。文学的修辞としては優れており、それゆえに多くの人が記憶にとどめておられよう。だが、そこに象徴される「平清盛=傲岸不遜な輩」という図式は歴史的にみて正しいのか?そんな疑問を、私はかねてから抱いていた。
なぜか?広島に住む私にとり、国宝にして世界遺産でもある厳島神社を拝む機会は多いが、華麗にして静謐な祈りの場所となっているこの社殿を800年以上も前にほぼ現在と同様の形に整えたのが清盛公その人だからである。かほどに神仏を篤く敬う人物が、平家物語に悪しざまに描かれているような、傲慢で横暴な人物だったとはどうしても思えなかったのだ。
だからこそ、清盛公の歴史的位置づけを肯定的な方向で掘り下げた本書に目が留まったのだろう。少し長いが、(NHK大河ドラマで紹介されていた史実を交えつつ)その記述について紹介しよう。
まず、平安末期の貴族社会というのは、民の苦しみをよそに藤原摂関家と天皇(あるいは上皇・法皇)とが権力争いにうつつを抜かしていた時代である。白河院は、摂関家の影響力を排除することに成功し、いわば専制君主・絶対君主のように振る舞っていた人物だ。だが白河院は、君主にふさわしい高潔な人格の持ち主ではなかった。たとえば院は、己の猶子である璋子と肉体関係にあったと言われている。治天の君が獣欲の虜になっていたわけであるから、当然ながら国は乱れた。国の治安が悪化の一途を辿る中で、それを抑える実力(=武力)を持つ武士の存在感は増していく。清盛公の養父である忠盛公は平家の繁栄を願い、ひいては武士の存在価値を貴族に認めさせるべく院に近づく(本書p6「神ぞ知るらん思ふこころは」・p24「院政期の武士」)。
そして清盛公は、忠盛公の築いた礎の上に立って比類なき権力を朝廷内に確立した。その雄大なる視線は海外にも向けられ、南宋との海上貿易を積極的に推進した。それゆえ海の神を祭る厳島神社を崇拝し、貿易港を間近に臨む福原への遷都を企図したわけだが、そこには、南都北嶺を抑える意図もあった。本書にあるとおり、南都北嶺は当時、自らの支配下にあった荘園を守るため、あるいはこれを拡大すべく、しばしば強訴を行った。神の名を借りてはいるが、その実自らの利権を守ろうとしたにすぎぬ不逞の輩だったのである。清盛公は、彼らから文字通り距離を置く目的もあって都を移し厳島を重んじようとしたのではないか。本書は、後の鎌倉幕府の禅宗保護も、一つには南都北嶺の影響力をそぐ意図があったのであろう、と鋭い指摘をしている(本書p97「寺社勢力、二つの力」・p89「平家権力の実態と後白河院との葛藤」)。
また、清盛公は無類の戦上手でもあった。保元・平治の乱で発揮されたその軍略は、平家を武士としては未曾有の高みに押し上げた(本書p27「保元の乱と平治の乱」)。と同時に清盛公は、慈悲深い、懐の大きな人物であった。だからこそ、平治の合戦でライバル義朝を討った時も、その息子である頼朝の命は助けてやったのだ(だが、結果からみると、まさにその慈悲があだとなり平家を滅亡させることになってしまうのだから、歴史とは皮肉なものだ)。
こうしてみてくると、清盛公は、時の権力者が既得権益を守ることに汲々とし、また宗教勢力が神仏に仕えるという自らの分を忘れ、私利私欲を追い国政に容喙しようとしていた時に、自らの実力(武力、経済力、また斬新で世界的な視野)でもって時代を一変させようと努めた人だった、と言えよう。
確かに、後白河法皇の幽閉、南都焼き打ちなどは行き過ぎであったかもしれない。そして、その行き過ぎが清盛公と平家を追い詰めていったところはあるだろう。しかし、それは、平家物語が言うような、清盛公の傲慢さがなせるわざ、とは言えないように思う。世を変えようとする人物にとって、その障害となる勢力は排除する他なかったのではないだろうか?そして時代の変革者に敵が多いのは歴史の常である。清盛公は、その点も含め、後の時代に登場し、やはり「改革者」と呼ばれた織田信長に実に似ている、と思うのは私だけだろうか。
ともあれ、本書を通じ、一人でも多くの日本人が歴史の真実を知り、平清盛公の歴史的再評価が進むことを願ってやまない。
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
平清盛 (別冊太陽 日本のこころ 190) 大型本 – 2011/10/27
高橋昌明
(監修)
{"desktop_buybox_group_1":[{"displayPrice":"¥2,530","priceAmount":2530.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"2,530","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"iej8QzmVyuR5aiCIfXPp8Ra39wclZ1Y%2B47QJz4SuqWlOHISxNDH8%2FO4NKqkaeqLYTFI65kQ25p5L7KZDGCV619WwPuOoIgfZpDsw0a8aUFQgUkWERgDerk3aBAF0B%2FVSYv6qcrzyZG2cnqZjH9aW5dSIF%2Fvkd%2BeEoQ3iPCH%2FriDo1lDPyW0G0Q%3D%3D","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"NEW","aapiBuyingOptionIndex":0}]}
購入オプションとあわせ買い
天皇家と上流貴族だけが独占していた政権に挑んだ最初の男、平清盛。最新の研究成果も盛り込み、清盛の生きた時代や人生を振り返る。
- 本の長さ159ページ
- 言語日本語
- 出版社平凡社
- 発売日2011/10/27
- ISBN-104582921906
- ISBN-13978-4582921908
登録情報
- 出版社 : 平凡社 (2011/10/27)
- 発売日 : 2011/10/27
- 言語 : 日本語
- 大型本 : 159ページ
- ISBN-10 : 4582921906
- ISBN-13 : 978-4582921908
- Amazon 売れ筋ランキング: - 947,628位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 26,881位日本史 (本)
- - 60,444位アート・建築・デザイン (本)
- - 134,253位ノンフィクション (本)
- カスタマーレビュー:
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2017年6月17日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この本は図書館の本の図質と違って、写った本でしょう。偽物、日本でもありました
2011年12月3日に日本でレビュー済み
来年のNHK大河ドラマが「平清盛」ですから、タイムリーな出版だと言えるでしょう。
「平清盛」の生涯を知るにはこの上ない細かい説明ですし、オールカラーでふんだんに絵巻物や史料を駆使していますので、ビジュアル的にも歴史的にも納得する内容だったと思います。
50ページ以降の「『平家納経』の世界」に興味を持ちました。以前博物館で国宝「平家納経」を観賞したことがあるのですが、保存状態の良さが本書でも十分に堪能できました。解説も詳しく、「平家納経」の大切な箇所をピックアップして紹介しているので、難解な内容も少し理解しやすくなったと感じました。
また62ページの「平家の六波羅・西八条と院の法住寺殿」の復元図や12世紀の京都の地図がいいですね。知っているつもりの歴史地理ですが、西八条邸などの場所は知りませんし、その頃、清盛が福原にいたという歴史の流れは興味深いものがありました。
また山田邦和氏の「『福原遷都』はなかった」も多くの知見が盛り込まれておりました。「福原京」想定復元図は、山や神社の位置からほぼ現在の場所との対比ができましたが、これを見ると大輪田泊の位置関係がすっきりと理解できました。少し以前に大輪田泊や1286年北条時貞によって建立されたとする清盛塚と琵琶塚を訪れてきたばかりですので、本書の歴史の流れもすっきりと頭に入りました。
学術的な確かさが優先してありますので、ビジュアル面の配慮はあるにせよ、有る程度の基礎知識はあった方が読みやすいムックだと思います。
本書の章立てです。 清盛の生涯 プロローグ 神ぞ知るらん思ふこころは 第1章 平氏の棟梁、その名をとどろかす 第2章 大相国 太政大臣への道 第3章 「福原」への引退 南宋との外交 第4章 平家権力の実態と後白河院との葛藤 第5章 平氏系新王朝、うたかたの夢 エピローグ 夢の行く末
保元の乱と平治の乱 清盛の海上社殿構想 「平家納経」の世界 明州と大輪田泊ほか
「平清盛」の生涯を知るにはこの上ない細かい説明ですし、オールカラーでふんだんに絵巻物や史料を駆使していますので、ビジュアル的にも歴史的にも納得する内容だったと思います。
50ページ以降の「『平家納経』の世界」に興味を持ちました。以前博物館で国宝「平家納経」を観賞したことがあるのですが、保存状態の良さが本書でも十分に堪能できました。解説も詳しく、「平家納経」の大切な箇所をピックアップして紹介しているので、難解な内容も少し理解しやすくなったと感じました。
また62ページの「平家の六波羅・西八条と院の法住寺殿」の復元図や12世紀の京都の地図がいいですね。知っているつもりの歴史地理ですが、西八条邸などの場所は知りませんし、その頃、清盛が福原にいたという歴史の流れは興味深いものがありました。
また山田邦和氏の「『福原遷都』はなかった」も多くの知見が盛り込まれておりました。「福原京」想定復元図は、山や神社の位置からほぼ現在の場所との対比ができましたが、これを見ると大輪田泊の位置関係がすっきりと理解できました。少し以前に大輪田泊や1286年北条時貞によって建立されたとする清盛塚と琵琶塚を訪れてきたばかりですので、本書の歴史の流れもすっきりと頭に入りました。
学術的な確かさが優先してありますので、ビジュアル面の配慮はあるにせよ、有る程度の基礎知識はあった方が読みやすいムックだと思います。
本書の章立てです。 清盛の生涯 プロローグ 神ぞ知るらん思ふこころは 第1章 平氏の棟梁、その名をとどろかす 第2章 大相国 太政大臣への道 第3章 「福原」への引退 南宋との外交 第4章 平家権力の実態と後白河院との葛藤 第5章 平氏系新王朝、うたかたの夢 エピローグ 夢の行く末
保元の乱と平治の乱 清盛の海上社殿構想 「平家納経」の世界 明州と大輪田泊ほか