ツーリング・エクスプレスシリーズは、何もつかない無印編(文庫14巻/単行本28巻)→特別編(文庫4巻/単行本8巻)→Euro編(単行本10巻)→メデューサ編(単行本1巻)→ノートルダム編(単行本1巻) →OR(オール)編(単行本1巻21.12.20発売)→ PT999(プラチナ)編(現在連載中)で構成されています。
当無印編の文庫本1巻はシリーズ全体の最初の巻になります。いわゆるあらすじや登場人物紹介は白泉社さんや皆さまにお任せして、シリーズ全体の特徴をあげたいと思います。
そもそもツーリング・エクスプレスはどのジャンルに属する漫画なのか?
今はBLになってるようですね。実は二十年以上前からラブコメ少女漫画とハードボイルドとクライムアクションとBLとハーレクインの全ての要素があるけれど、そのどれでもないのでもはやファンタジー?などと言われ続けてきています。
個人的にもBLより、特に初期は「ローマの休日」と同じカテゴリーの話だと感じています。
次のような人にはおそらく向いて【ない】お話だからです。
※ガッチガッチに男っぽい男性同士の親密な関係に特にトキメク
※なんなら女性を上から見て近寄らせないような関係性が好き
※カミングアウト等ゲイカップルとしての葛藤は、現実としてストーリーに盛り込まれるべきと考える
※お仕事情報とか歴史とか旅行について、ガイドになる位リアルな情報が含まれた漫画を今は読みたい
※なんだかんで、シンデレラやマイフェアレディのようなストーリーが好き
はい、今の主流のBL(雑なくくりですみません)やハーレクインがとても好きな人は、馴染めない可能性があります。
主人公のシャルル・オージェ君は、基本的に中性的でしょっちゅう女の子に間違われます。女性にもフェミニンです。
少し前のBL決まり文句の「自分は本当はゲイじゃない。でも○○だから愛してるんだ」的セリフは、40年間でついに出てきませんでした。今後も出てくることはないでしょう。
殺し屋であるディーン・リーガルさんの仕事にリアルな情報を求めても仕方ないですし(007だって新作になればなるほど、組織の仕組み等々は現実から離れていきますよね)、年上の男性の指導を受けながら成長していく…といった要素も、巻を進めるごとになくなっていきます。
ディーンさん自身も、特に初期は一見イケオジのスパダリに見えますが、徐々に違った面が見えてきます。
一方「ローマの休日」は、お姫様が知らない街で、偶然出逢った男性の手助けを得つつ振り回しながら、自分のやりたかったことを叶えるお話です。一緒に行動するうちに、お姫様とその偶然出会った身分の違う男性は恋に落ちます。
(後から徐々にわかりますが)結構な「パリのお姫様」であるインターポール所属の刑事のシャルル君は、仕事やプライベートでヨーロッパ各地に行きます。そこで毎回「偶然」世界を股にかける超一流の殺し屋ディーンと出逢い、街を案内してもらったり振り回しつつ、自分のやりたいことを叶えていきます。「ローマの休日」と同じです。
第1話「ツーリング・エクスプレス」では、TEE(かつてあった一等車だけのヨーロッパ国際特急)でくつろいでいたディーンさんの個室に、シャルル君が扉をガラッと開けて飛び込み、2人は出逢います。
そのあと刑事のシャルル君が事件に巻き込まれるのをディーンさんが派手に助けます。
2話目以降、ディーンさんは「ローマの休日」と同じようにちゃんと(ちゃんと?)、ヨーロッパの古い街の観光案内をしながらシャルル君を助け、振り回されます。(ちなみにローマは文庫本5巻でちょこっとだけ出てきます。ヴェネツィアは1巻の4話目で主要な舞台になります。)
何話かはシャルル君がディーンさんを探す時もありますが、やがて仕事やプライベートで右往左往するシャルル君を、ディーンさんが自主的に助けたりちょっかいを出して、振り回されるようになります。
また一般に「ヒロインに優しくする男はだいたい口説こうとしている」と言われますが、1話目でシャルル君にとても親切だったディーンさんは、5話目の「ラヴィアン・ローゼ」で既にシャルル君にメロメロ(だよね…)です。
6話目「ハイデルベルク・クライシス」ではこっそりボディガードまでしてくれます。文庫本4巻では数百キロ離れたところまで助けに来てくれますし、後には数百キロが数千キロになりますが、焦りながら涼しい顔でもちろん助けに来てくれます。
もしかしたら(しなくても)途中までは、ディーンさんがシャルル君をひたすら口説く話なのかもしれない……。
でも「ローマの休日」もそうですが、口説くのに成功しても、やがてお姫様は自分の元いた場所に帰っていきますね。帰らなかった場合、当文庫本2巻に出てくる「アンナ・カレーニナ」のように悲劇が訪れます。道ならぬ恋は、筋書き通りのお話であれば、別れが訪れるのが自然の流れです。
にもかかわらず途中まで「ローマの休日」、やがて「ロミオとジュリエット」になったこのシリーズは、ネタバレは避けたいと思いますが、さらに違った方向に進んでいきます。
それはやっぱり、シャルル君の存在の特別さのおかげです。
シャルル君は、何が特別か。現状に何も不満や不自由を感じていない所です。
両親と義母は既に亡くなっていますが不遇なく育ち、勉強がとても良くできて、希望する職につき、周囲が振り返る時もある位に綺麗です。日常にとても満足しています。
「○○でなくてはならない」といった自分を自分で勝手に縛る呪いのようなものが、見た所少しもなく自由です。この人から嫌われてはいけない、みたいな不自由も全くありません。
男の子だけど、いわゆる男の子らしくない。もしかしたら女の子でも仕事着にはふさわしくないと怒られそうな、フリルとかママの形見の可愛かったり華やかな服を堂々と着ています。薔薇の花も大好きです。泣きたい時に泣いて、笑いたい時に笑います。
男の子だから、女らしくしなさいと怒られることはもちろんないけれど、男らしくしなさいと咎める人もいないし、自分からもいわゆる男らしくあろうとはしません。
ですが男とか女とか関係なしに、人間らしく、いつも誰に対しても優しく親切であろうとし、困っている子どもや女性を助けます。刑事だから…とか女だからとか男だからではなくて、人だから、役割を逸脱して誰かを助けようとしたり望みを叶えようとします。
ところでツーリングでは薔薇の出てくるシーンがたくさんありますが、ネタバレでもなんでもなく、薔薇は愛の象徴として描かれています。薔薇の中でもアストレという薔薇が描かれますが、四季性のため散ったら終わりでなく、逞しく育ち続け散っても散っても繰り返し咲き、永遠に続くかのようです。
シャルル君がまるで風に舞う薔薇の花びらと同じように軽やかにそして逞しくヨーロッパや世界を駆け、ディーンを振り回し、自分のやりたい事を叶えて行く姿はとても自由で、読む側の心の縛りを忘れさせてくれます。
反対にディーンさんは、男らしくあらねばならないが服を着て歩いているような人です。そのディーンさんの心の縛りを、自由なシャルル君が薔薇の花のように太陽のようにほどく姿は、むしろシャルルがディーンを助け、救っているのでは?と思う程です。「ローマの休日」や「ロミオとジュリエット」より「美女と野獣」を思い起こさせます。
そんなシャルルとディーンを見るたびに、自分も不思議に解放されたような気がして、大きな心地良さを得られるように個人的には感じます。だから何年経っても何回となく読み返してしまう……のではないかと。
正直に言うと途中特別編の辺りでは、さすがのというのもおかしいのですが、さすがのシャルル君も何かに縛られているように見えます。でも徐々にまた解放されて今では自由過ぎて……(笑)
この先は是非どうぞご自身で読み進めてくださったら、嬉しいです。
2021年10月5日
ツーリングシリーズは40年来ずっと大好きなのですが、うまく言葉にできなくて困っていました。ですがこの度、北村紗衣さんの「批評の教室」を読んで全体にレビューの書き直しをしました。ありがとうございます。今後もちょこちょこ書き直しをするかもしれませんが、お許しください。
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ツーリング・エクスプレス 1 (花とゆめCOMICS) 新書 – 1982/1/1
河惣 益巳
(著)
- 本の長さ196ページ
- 言語日本語
- 出版社白泉社
- 発売日1982/1/1
- ISBN-104592114914
- ISBN-13978-4592114918
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登録情報
- 出版社 : 白泉社 (1982/1/1)
- 発売日 : 1982/1/1
- 言語 : 日本語
- 新書 : 196ページ
- ISBN-10 : 4592114914
- ISBN-13 : 978-4592114918
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著者について
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上位レビュー、対象国: 日本
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2020年6月27日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2021年3月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
河惣先生の描く強くて美しい女性が好きでフランソワーズのエピソードが多い10巻だけ持っていたのですが、
Kindleのポイント還元セールにつられて文庫版全巻購入しました。
この作品でもフランソワーズを始め、ファラ、アリアズナ、アイファン、マリア、
同一作者の他作品からもジェニー、リズと魅力的な女性がたくさん登場します。
また男性もエド、リュシー、アーネスト、クリス、アリョーシャといったレギュラー、準レギュラーから
スポットまで、老若様々、個性も様々な美形が出てきます。
そんな美形たちがヨーロッパを中心とした世界中を舞台にでサミットやらテロやらで大暴れ…
面白くないわけがありません。
登場人物と一緒に世界史や世界情勢について学びながら旅をして、
一般庶民にはなかなか体験できない世界を垣間見て、何とも贅沢な気分になれます。
ソ連やベルリンの壁がまだあった時代、電話機やパソコン等の描写には時代を感じますが、
世界の情勢については本質は変わっていないと考えさせられます。
☆1つひいたのは頭脳明晰な刑事だったはずの主人公のシャルルがディーンの前ではかなりのお馬鹿で、
二人の関係が深まっていくごとに手がかかる面倒くさい子っぽくなっていくところが好みではないからです。
とは言え、天使のような愛されキャラが死神に餌付けされ、溺愛に堕ちていくというストーリーは
現在のマンガやライトノベル等でもよく見る王道だとも思います。
癖の強すぎる絵柄と濃い目の性描写(それも片方が少年のBL多め)は読む人を選ぶと思いますが、
そこさえスルー、もしくは楽しむことができれば今読んでも十分に面白い作品です。
Kindleのポイント還元セールにつられて文庫版全巻購入しました。
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現在のマンガやライトノベル等でもよく見る王道だとも思います。
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そこさえスルー、もしくは楽しむことができれば今読んでも十分に面白い作品です。
2006年3月6日に日本でレビュー済み
作者のデビュー作でもある『ツーリング・エクスプレス』に『霧のロッテルダム・ポート』『パリ・コネクション』『サンタ・ルチアは恋唄』『ラヴィアン・ローゼ』『ハイデルベルク・クライシス』『グラン・ヴァカンス』『銀のフォーカス』『ミスティ』の計九編の初期の短編が収録されています。
このシリーズの最大の特徴は、ヨーロッパというロマンチックで歴史のある舞台に殺し屋、警察そして情報機関、闇の世界の住人といったハードボイルドな面々が鮮やかな活躍をする点と少女漫画でありながら登場人物達の周りに女性がほとんど登場しない(登場しても途中で殺されたり、最初から死んでいたり)という点です。しかし、そんな「異質な」存在でありながらこの作品が支持されているのは、日常とは大きくかけ離れた世界に私達読者をいざなってくれる所でしょう。この巻でも、モンテカルロのカジノやベルサイユ宮殿、中世の香りを今に伝えるハイデルベルクなどが読者を華麗で豪華な異国への旅にそこにいながら連れて行ってくれます。そしてそんな「華麗で豪華な」世界を楽しんで、この巻を読み終わった頃には、「次はどんな素敵な街や国が登場するのだろう?」と今後の展開に思いをはせる事になるでしょう。そうなってしまった人はもう『ツーリング・・・』の世界の虜になっているのです。
このシリーズの最大の特徴は、ヨーロッパというロマンチックで歴史のある舞台に殺し屋、警察そして情報機関、闇の世界の住人といったハードボイルドな面々が鮮やかな活躍をする点と少女漫画でありながら登場人物達の周りに女性がほとんど登場しない(登場しても途中で殺されたり、最初から死んでいたり)という点です。しかし、そんな「異質な」存在でありながらこの作品が支持されているのは、日常とは大きくかけ離れた世界に私達読者をいざなってくれる所でしょう。この巻でも、モンテカルロのカジノやベルサイユ宮殿、中世の香りを今に伝えるハイデルベルクなどが読者を華麗で豪華な異国への旅にそこにいながら連れて行ってくれます。そしてそんな「華麗で豪華な」世界を楽しんで、この巻を読み終わった頃には、「次はどんな素敵な街や国が登場するのだろう?」と今後の展開に思いをはせる事になるでしょう。そうなってしまった人はもう『ツーリング・・・』の世界の虜になっているのです。
2015年10月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
長く続いている作品の第1巻ということで、
初心に戻り、シャルルとディーンのなれそめに
思わずほくそえんでしまいました。
初心に戻り、シャルルとディーンのなれそめに
思わずほくそえんでしまいました。
2021年9月27日に日本でレビュー済み
この連載が始まった昭和時代、海外旅行はほんの一部の人々のものだった。
世界の文化にも歴史にも程遠かった田舎町の少女にとって、この物語はあまりに刺激的でまばゆい世界だった。
ページをめくれば、パリやハイデルベルク、ロッテルダム、モンテカルロ、ロンドン・・・夢のような憧れの世界へと誘ってくれた。風景や建物、食べ物や習慣、服装、言葉、銃器、当時の世界情勢を背景にした各国警察や情報機関の動きまで、どれも好奇心旺盛な少女の心をわしづかみにしてしまった。想像をはるかに超えたスケールの大きい世界に、稲妻のような衝撃が走った。物語はまさに「未知の世界へつながる特急列車」になった。
セリフにもしびれた。司馬遼太郎ファンを伺わせる、武士(もののふ)の矜持や鋭さのようなものがにじみ出るディーンの古風な言い回し。多くを語らないシンプルなセリフ、モノローグだからこそ、そこに大人の男の色香やダンディズムを感じさせた。
男女(いや男性とも)の深い仲も、当初は露骨な表現があまりなく(チャイナロードもコミックス化された時に書き加えられている)、さりげなく匂わせることで、かえって粋に感じられた。なんでも言えることかもしれないが、表現とは露骨なほどに無粋で、チラリくらいが想像を掻き立てられるものではないだろうか。個人的なことを言わせてもらうと、あまりにえげつない表現より、ロシアの外国人立ち入り禁止区域内での初めての「本格的なキス」のほうがずっと萌えポイントが高い。「愛してる」と連発するよりは、「(ファラ)いつから愛してるの?」「(ディーン)・・・忘れた」のひとことの方が、心のひだに染み渡り、彼の切なさと共鳴する。
振り返れば、連載開始からなんと40年。自分の中ではポツダムの夜で終わっていて、長い間ずっと触れないまま(触れたくなかったのもある)だったのだが、いまもなお続いていたことに驚き、ありがたくもあり、反対にキャラの外面も内面もあまりにも変貌を遂げていて、ストーリーも絵もやっつけ仕事のような感がぬぐえないことが悲しくもある。
万物は変化するものだが、ソビエト崩壊をリアルタイムでこの物語とともに見つめてきた往年のファンにとっては、心の宝石箱の中に大事に仕舞っておいた宝を、無為にすり減らさないでと願うばかりである。
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