無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
ザ・ポエット 上 (扶桑社ミステリー コ 7-8) 文庫 – 1997/10/1
- 本の長さ415ページ
- 言語日本語
- 出版社扶桑社
- 発売日1997/10/1
- ISBN-104594023630
- ISBN-13978-4594023638
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- 出版社 : 扶桑社 (1997/10/1)
- 発売日 : 1997/10/1
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 415ページ
- ISBN-10 : 4594023630
- ISBN-13 : 978-4594023638
- Amazon 売れ筋ランキング: - 249,629位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
カスタマーレビュー
星5つ中4.4つ
5つのうち4.4つ
全体的な星の数と星別のパーセンテージの内訳を計算するにあたり、単純平均は使用されていません。当システムでは、レビューがどの程度新しいか、レビュー担当者がAmazonで購入したかどうかなど、特定の要素をより重視しています。 詳細はこちら
19グローバルレーティング
虚偽のレビューは一切容認しません
私たちの目標は、すべてのレビューを信頼性の高い、有益なものにすることです。だからこそ、私たちはテクノロジーと人間の調査員の両方を活用して、お客様が偽のレビューを見る前にブロックしています。 詳細はこちら
コミュニティガイドラインに違反するAmazonアカウントはブロックされます。また、レビューを購入した出品者をブロックし、そのようなレビューを投稿した当事者に対して法的措置を取ります。 報告方法について学ぶ
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2017年11月19日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
コナリー好きならおすすめできるんではないでしょか、よかったです。
2011年9月29日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
1995年発表の本作品は、人気作「ハリー・ボッシュシリーズ」(以下、「ボッシュ」と称する)の第4作と第5作の間に書かれた、単発もの。
コロラド州デンヴァー市の新聞、ロッキー・マウンテン・ニューズの記者、ジャック・マカヴォイのもとを訪ねてきた刑事が告げたのは、双子の兄で同市警殺人課の刑事、ショーンの死だった。
取り組んでいた事件に悩み、カウンセラーを受けていた兄は、自殺と断定された。
ジャックは、「警官の自殺」を記事にしようと取材を始めたが、そこから浮かび上がってきたのは、「他殺」ではないかという疑惑だった…。
裏表紙には、「犯罪小説」とあり、それは間違いではありませんが、「ボッシュ」と同様、「ハードボイルド」でもあると思います。
しかも、「ボッシュ」でお馴染みの、物語後半で二転三転する展開は本作品でも健在。
もっとも、私のように、「ボッシュ」を第9作まで読んでいると、「全く予想のつかない展開」とまではいかなかったのは確か。
でも、こうした「意外性」を出そうとする作品では、ともすると「アンフェア」な記述に走ってしまう作家もいる中で、著者の作品は本作品も含めてそうした要素が皆無な点を私は評価しています。
また、「ボッシュ」を通読されている方は、物語の半ば位で、「おや?」と思うことでしょう。「ボッシュ」の第1作「ナイトホークス」とシチュエーションが酷似しているのです。
この点については、巻末解説に、「『ナイトホークス』の裏返し的作品、もしくはブラッシュ・アップした作品」とあり、著者が「ナイトホークス」で描き切れなかったことを、本作品に注ぎ込んでいると推察されます。
裏表紙に「人間心理の闇」とあるとおり、真相が明かされることによって、「ボッシュ」でも描かれている「ハードボイルド」らしいテーマが浮き彫りになるところは、「巧い!」の一言。
深い余韻を残す、逸品と言えます。
コロラド州デンヴァー市の新聞、ロッキー・マウンテン・ニューズの記者、ジャック・マカヴォイのもとを訪ねてきた刑事が告げたのは、双子の兄で同市警殺人課の刑事、ショーンの死だった。
取り組んでいた事件に悩み、カウンセラーを受けていた兄は、自殺と断定された。
ジャックは、「警官の自殺」を記事にしようと取材を始めたが、そこから浮かび上がってきたのは、「他殺」ではないかという疑惑だった…。
裏表紙には、「犯罪小説」とあり、それは間違いではありませんが、「ボッシュ」と同様、「ハードボイルド」でもあると思います。
しかも、「ボッシュ」でお馴染みの、物語後半で二転三転する展開は本作品でも健在。
もっとも、私のように、「ボッシュ」を第9作まで読んでいると、「全く予想のつかない展開」とまではいかなかったのは確か。
でも、こうした「意外性」を出そうとする作品では、ともすると「アンフェア」な記述に走ってしまう作家もいる中で、著者の作品は本作品も含めてそうした要素が皆無な点を私は評価しています。
また、「ボッシュ」を通読されている方は、物語の半ば位で、「おや?」と思うことでしょう。「ボッシュ」の第1作「ナイトホークス」とシチュエーションが酷似しているのです。
この点については、巻末解説に、「『ナイトホークス』の裏返し的作品、もしくはブラッシュ・アップした作品」とあり、著者が「ナイトホークス」で描き切れなかったことを、本作品に注ぎ込んでいると推察されます。
裏表紙に「人間心理の闇」とあるとおり、真相が明かされることによって、「ボッシュ」でも描かれている「ハードボイルド」らしいテーマが浮き彫りになるところは、「巧い!」の一言。
深い余韻を残す、逸品と言えます。
2020年8月27日に日本でレビュー済み
ジャックは新聞記者なので、他の物語のように自主的に悪と戦う強いヒーローではない。
だが、第六感、情報収集力、鋭い知性など優れた職能を発揮し、警察が気づかなかった点に疑問を抱く。
さらには職業柄身についている積極性(図々しいとも取れるほど)で、半分脅迫してまでもFBIの捜査に加えさせる。チームの中では一歩引きながらも、鋭い感性が光っていた。
結局犯人の動機ははっきりしなかったが、この物語は主人公含めてほぼ全員が、大なり小なり深層心理に闇を抱えているというのがテーマなのだろう。それは育った環境や幼少期の経験が影響すると社会通念上よく述べられており、定評となっていること。確かに犯人もある意味被害者なのだろうが、だからといって同情する余地は全くない。
アメリカの司法制度や判事の融通の利かなさにも疑問と怒りを感じた。
余韻を残す終わり方だったが、主要登場人物はこの後もボッシュ・シリーズなどに参加するとのこと。
コナリー作品はやはり順番に読むべきで、この後の再会が楽しみだ。
序盤ジャックが顔に残る傷について、新米時代に被害者家族を取材し「どんなお気持ちですか」と質問して殴られた時のものとある。
現実に未だある。未熟な現地リポーターの無能さ、無神経さ…。
最近でも私はテレビを観ていて、彼らが被災地へ詰めかけ「こんなことは初めて」という定型文を言わせなさいというマニュアルがあるのではないかと辟易としている。
下巻のレビューに「翻訳者の古沢氏は愛知か岐阜県の出身か」という記述があるが、私はしょっちゅう出てくる「うんにゃ」という言葉もわからなかった。私は北海道と北陸に長年住んでいるが馴染みがない。調べるとどうもこれは鹿児島県方面の方言だそう。やはりこの翻訳者には漢字の使い方に加えて違和感が続く。若干、一般的な感覚とずれているよう…。
だが、第六感、情報収集力、鋭い知性など優れた職能を発揮し、警察が気づかなかった点に疑問を抱く。
さらには職業柄身についている積極性(図々しいとも取れるほど)で、半分脅迫してまでもFBIの捜査に加えさせる。チームの中では一歩引きながらも、鋭い感性が光っていた。
結局犯人の動機ははっきりしなかったが、この物語は主人公含めてほぼ全員が、大なり小なり深層心理に闇を抱えているというのがテーマなのだろう。それは育った環境や幼少期の経験が影響すると社会通念上よく述べられており、定評となっていること。確かに犯人もある意味被害者なのだろうが、だからといって同情する余地は全くない。
アメリカの司法制度や判事の融通の利かなさにも疑問と怒りを感じた。
余韻を残す終わり方だったが、主要登場人物はこの後もボッシュ・シリーズなどに参加するとのこと。
コナリー作品はやはり順番に読むべきで、この後の再会が楽しみだ。
序盤ジャックが顔に残る傷について、新米時代に被害者家族を取材し「どんなお気持ちですか」と質問して殴られた時のものとある。
現実に未だある。未熟な現地リポーターの無能さ、無神経さ…。
最近でも私はテレビを観ていて、彼らが被災地へ詰めかけ「こんなことは初めて」という定型文を言わせなさいというマニュアルがあるのではないかと辟易としている。
下巻のレビューに「翻訳者の古沢氏は愛知か岐阜県の出身か」という記述があるが、私はしょっちゅう出てくる「うんにゃ」という言葉もわからなかった。私は北海道と北陸に長年住んでいるが馴染みがない。調べるとどうもこれは鹿児島県方面の方言だそう。やはりこの翻訳者には漢字の使い方に加えて違和感が続く。若干、一般的な感覚とずれているよう…。
2001年5月14日に日本でレビュー済み
『ブラック・アイス』を読んだ。前半はこれはいい作家に会えた、と思った。後半、少々期待を裏切られ....コナリーという作家には何を期待していいのか、と、本書に取りかかる....。
殺人課刑事の双子の兄が自殺。新聞記者である主人公はその自殺に疑問を抱き、自分自身を納得させるために調べていくうち、州を超えて似た状況で自殺をした刑事達がいることを知る。....普段は捜査の外から取材している記者が自殺は偽装である、ということを突き止めたため、FBIの捜査の中に身を置き事件解明をしていく物語......なんではないかな( '')
本作には、1~53の区切りがあるが、1と53。これだけが書きたかったのか?と思う。意味深い、いい文章です。上下800Pに渡り、紆余曲折ありますが.....。面白かったですよ、すいすい読めましたし。 けれど『ブラック・アイス』前半でコナリーという作家に期待した物はありませんでした。
殺人課刑事の双子の兄が自殺。新聞記者である主人公はその自殺に疑問を抱き、自分自身を納得させるために調べていくうち、州を超えて似た状況で自殺をした刑事達がいることを知る。....普段は捜査の外から取材している記者が自殺は偽装である、ということを突き止めたため、FBIの捜査の中に身を置き事件解明をしていく物語......なんではないかな( '')
本作には、1~53の区切りがあるが、1と53。これだけが書きたかったのか?と思う。意味深い、いい文章です。上下800Pに渡り、紆余曲折ありますが.....。面白かったですよ、すいすい読めましたし。 けれど『ブラック・アイス』前半でコナリーという作家に期待した物はありませんでした。
2021年9月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
本書は、『ナイトホークス』から『ラストコヨーテ』に至るボッシュシリーズ4作品において、ボッシュのかかえる自身の過去にひとつの区切りをつけた後、もと新聞記者であったマイクル・コナリーが、満を持して自身の体験と知識を存分に発揮すべく取り組んだ力作といえるでしょう。
報道機関に対して感じているFBI捜査官レイチェルの意見は的を得ている。
「自由な社会に報道機関は不可欠なものだと尊重している。尊重していないのは、あまりにも度々見かける無責任さよ。報道機関は、ときにはより大きな絵なり話なりに関心を向ければいいのにと思うわ。毎度毎度その場限りの願望充足に走るのではなくて」
従って、FBIや警察といった捜査機関は、報道対応には非常に気を使っている。
どの情報を下ろし、何を下ろさないか。
例えば犯人にしか知りえない情報を犯人逮捕前に報道機関に下ろすことはない。
それは容疑者を真の犯人と特定するために非常に重要なポイントになるからだ。
そういう意味でも、記者が捜査機関の内側に入ることが認められることは考えられない。
しかし、捜査機関の誰よりも早く疑問点を提示し、真実解明に迫ることができている本書主人公ジャック・マカヴォイは、自らの持つ情報力と交渉力によりFBIの内側に参入することを実現している。
自らの調査力により、捜査機関よりも先に真犯人に迫る記者という意味では、調査報道のバイブルとも呼ばれた『殺人犯はそこにいる』『桶川ストーカー殺人事件』の清水潔を思い出します(この2冊も非常に面白いです。まさに事実はフィクションを超えると感じさせられた内容でした)。
本書主人公も、自身のみが持つ誰にも負けない情報力により、ポエット事件の本を執筆することを目標としています。
一方、捜査機関の内側に属することで、捜査員の持つ信念や生きざまにも気づかされるマカヴォイ。
マカヴォイをあからさまに毛嫌いする捜査員トースンにも「理解と明晰さの瞬間のために、自分が真実に迫っていることを知る瞬間のために彼は生きている」面に気づかされます。
本書が発表された際には、本書はノンシリーズの単発作品と考えられていましたが、その後ボッシュシリーズともつながりを見せる(『天使と罪の街』は本作の続編でもある)ようになることから、ボッシュシリーズのスピンオフ作品として、『天使と罪の街』を読む前に読んでおいた方がいいですね。
報道機関に対して感じているFBI捜査官レイチェルの意見は的を得ている。
「自由な社会に報道機関は不可欠なものだと尊重している。尊重していないのは、あまりにも度々見かける無責任さよ。報道機関は、ときにはより大きな絵なり話なりに関心を向ければいいのにと思うわ。毎度毎度その場限りの願望充足に走るのではなくて」
従って、FBIや警察といった捜査機関は、報道対応には非常に気を使っている。
どの情報を下ろし、何を下ろさないか。
例えば犯人にしか知りえない情報を犯人逮捕前に報道機関に下ろすことはない。
それは容疑者を真の犯人と特定するために非常に重要なポイントになるからだ。
そういう意味でも、記者が捜査機関の内側に入ることが認められることは考えられない。
しかし、捜査機関の誰よりも早く疑問点を提示し、真実解明に迫ることができている本書主人公ジャック・マカヴォイは、自らの持つ情報力と交渉力によりFBIの内側に参入することを実現している。
自らの調査力により、捜査機関よりも先に真犯人に迫る記者という意味では、調査報道のバイブルとも呼ばれた『殺人犯はそこにいる』『桶川ストーカー殺人事件』の清水潔を思い出します(この2冊も非常に面白いです。まさに事実はフィクションを超えると感じさせられた内容でした)。
本書主人公も、自身のみが持つ誰にも負けない情報力により、ポエット事件の本を執筆することを目標としています。
一方、捜査機関の内側に属することで、捜査員の持つ信念や生きざまにも気づかされるマカヴォイ。
マカヴォイをあからさまに毛嫌いする捜査員トースンにも「理解と明晰さの瞬間のために、自分が真実に迫っていることを知る瞬間のために彼は生きている」面に気づかされます。
本書が発表された際には、本書はノンシリーズの単発作品と考えられていましたが、その後ボッシュシリーズともつながりを見せる(『天使と罪の街』は本作の続編でもある)ようになることから、ボッシュシリーズのスピンオフ作品として、『天使と罪の街』を読む前に読んでおいた方がいいですね。
2013年7月27日に日本でレビュー済み
コナリーのボッシュシリーズではない作品を始めて読むことになる。3月に読んだボッシュシリーズの「天使と罪の街」がある意味この
作品の続編になるだけに、読む順番を間違えた分、やや最後が興ざめになったのは仕方あるまい。それでも、ストーリー展開
の上手さや、人物描写の深さはさすがといわざるを得まい。幼児や女性の惨殺事件を追う刑事の自殺が相次ぐ。単なる
自殺と片付けられる中で、実兄の死を自殺でないと考えた新聞記者ジャックの追及からこの作品が始まる。次々に明らかに
なる類似事件。全ての「自殺者」は遺書として、エドガー・アラン・ポーの詩を引用していることを発見したジャックはFBI捜査官
レイチェルやバッカスとともに犯人を追い詰めていく。やがてホン星と思われたグラッデンとの死闘を通じて事件は解決されたと
思われたが。ジャックはグラッデンの残した最後の言葉から、真犯人はFBIの中にいると睨む。そこから二転三転するストーリー
はやがて余韻を残しながら終幕を迎える。ボッシュは出てこないが、十分迫力のあるシーンが満載だ。
作品の続編になるだけに、読む順番を間違えた分、やや最後が興ざめになったのは仕方あるまい。それでも、ストーリー展開
の上手さや、人物描写の深さはさすがといわざるを得まい。幼児や女性の惨殺事件を追う刑事の自殺が相次ぐ。単なる
自殺と片付けられる中で、実兄の死を自殺でないと考えた新聞記者ジャックの追及からこの作品が始まる。次々に明らかに
なる類似事件。全ての「自殺者」は遺書として、エドガー・アラン・ポーの詩を引用していることを発見したジャックはFBI捜査官
レイチェルやバッカスとともに犯人を追い詰めていく。やがてホン星と思われたグラッデンとの死闘を通じて事件は解決されたと
思われたが。ジャックはグラッデンの残した最後の言葉から、真犯人はFBIの中にいると睨む。そこから二転三転するストーリー
はやがて余韻を残しながら終幕を迎える。ボッシュは出てこないが、十分迫力のあるシーンが満載だ。
2007年6月10日に日本でレビュー済み
ノンシリーズの単発作品扱いされることもあるが、
“ハリー・ボッシュ”シリーズに登場する
ケイシャ・ラッセルが(名前だけだが)登場するので、
“ハリー・ボッシュ”シリーズと同じ世界だと読み取れます。
クライムノベルかと思ったが、
ラストの100Pでどんでん返しが連続し、
本格推理小説としても四つ星。
真犯人が推理出来ても、
真犯人が明らかになった後の小説としてのラストは絶対推理出来ないと保障する。
一人称と三人称が繰り返される構成だが、
人称に仕掛けたトリックはよくあるヤツだから、
考え過ぎないでいいw
人称トリックを発展させるとメタフィクションになってしまうが、
そこまでの文学的実験はしてない(よな?)ので、
あまり深読みせずに、純粋に読んで、
ラストの100Pで絶叫して下さい。
ハリー・ボッシュによく似た心の主人公の
男らしい推理に感動して下さい。
愛で目が曇ることがない素晴しい男の思索に感動したい
本物の男はコナリーを読め!
“ハリー・ボッシュ”シリーズに登場する
ケイシャ・ラッセルが(名前だけだが)登場するので、
“ハリー・ボッシュ”シリーズと同じ世界だと読み取れます。
クライムノベルかと思ったが、
ラストの100Pでどんでん返しが連続し、
本格推理小説としても四つ星。
真犯人が推理出来ても、
真犯人が明らかになった後の小説としてのラストは絶対推理出来ないと保障する。
一人称と三人称が繰り返される構成だが、
人称に仕掛けたトリックはよくあるヤツだから、
考え過ぎないでいいw
人称トリックを発展させるとメタフィクションになってしまうが、
そこまでの文学的実験はしてない(よな?)ので、
あまり深読みせずに、純粋に読んで、
ラストの100Pで絶叫して下さい。
ハリー・ボッシュによく似た心の主人公の
男らしい推理に感動して下さい。
愛で目が曇ることがない素晴しい男の思索に感動したい
本物の男はコナリーを読め!
2006年12月3日に日本でレビュー済み
マイクル・コナリーの今年の話題作『天使と罪の街』を購入して、「訳者あとがき」と「解説」を先に見たら、なんと『天使と罪の街』は、本書の続編なので、「まず先に本書から読むべし」とあるではないか。
ともあれ、本書は、アンソニー賞をはじめ、米・独・仏のミステリー賞5冠に輝く、コナリーにとっての出世作であると共に、長編5作目にして、初のノンシリーズものである。
締め切り間際というハンデがありながらも、’97年、「このミステリーがすごい!」海外編第15位にランクインしている。
全米にわたり、殺人課の刑事ばかりを自殺に見せかけて殺害する、稀代の連続殺人鬼とFBIとの戦いの物語である。
きっかけは、コロラド州デンバーの新聞記者、ジャックの双子の兄である刑事の自殺事件だった。どうしても兄の自殺が腑に落ちないジャックは、独自の調査で犯人の自殺偽装を暴く。
かくして、殺人現場を自殺現場に仕立て、エドガー・アラン・ポーの詩句を遺書に残すこの殺人鬼は、「詩人(ザ・ポエット)」というコードネームを与えられる。「詩人」は3年間で8人もの刑事を殺害していた。
ストーリーは、特別にFBIの捜査班の内部に入ることを許されたジャックが述べる一人称の「詩人」捜査過程と、容疑者らしい、幼児の写真を撮る男の三人称記述が交互に交錯する構成で進む。ついにFBIは、この男の足取りをつかみ、接触を図るのだが・・・。
そこからラストまでの150ページが、本書のほんとうの“読みどころ”であり、逆転につぐ逆転のめくるめく世界が展開する。そして明らかになる驚愕の真犯人・・・。
本書は、コナリーが、<ハリー・ボッシュ>シリーズではなく、あえてノンシリーズで挑み、ストーリー・テラーぶりを十分に発揮した、サスペンスの王道をゆく傑作である。
ともあれ、本書は、アンソニー賞をはじめ、米・独・仏のミステリー賞5冠に輝く、コナリーにとっての出世作であると共に、長編5作目にして、初のノンシリーズものである。
締め切り間際というハンデがありながらも、’97年、「このミステリーがすごい!」海外編第15位にランクインしている。
全米にわたり、殺人課の刑事ばかりを自殺に見せかけて殺害する、稀代の連続殺人鬼とFBIとの戦いの物語である。
きっかけは、コロラド州デンバーの新聞記者、ジャックの双子の兄である刑事の自殺事件だった。どうしても兄の自殺が腑に落ちないジャックは、独自の調査で犯人の自殺偽装を暴く。
かくして、殺人現場を自殺現場に仕立て、エドガー・アラン・ポーの詩句を遺書に残すこの殺人鬼は、「詩人(ザ・ポエット)」というコードネームを与えられる。「詩人」は3年間で8人もの刑事を殺害していた。
ストーリーは、特別にFBIの捜査班の内部に入ることを許されたジャックが述べる一人称の「詩人」捜査過程と、容疑者らしい、幼児の写真を撮る男の三人称記述が交互に交錯する構成で進む。ついにFBIは、この男の足取りをつかみ、接触を図るのだが・・・。
そこからラストまでの150ページが、本書のほんとうの“読みどころ”であり、逆転につぐ逆転のめくるめく世界が展開する。そして明らかになる驚愕の真犯人・・・。
本書は、コナリーが、<ハリー・ボッシュ>シリーズではなく、あえてノンシリーズで挑み、ストーリー・テラーぶりを十分に発揮した、サスペンスの王道をゆく傑作である。