文庫上下巻で1200ページ。大長編である。
というかほんとうに長すぎる長編である。
しかし長すぎることで、南部の世界を延々と書きつらねることで、はじめてこのアメリカ南部の田舎町アレクサンドリアが架空の街でありながら場所として濃密で重厚な存在感をもつのである。
逆にストーリーを優先し南部独特の空気感が希薄になれば、この小説はけっして傑作とはよばれなかったであろう。
そしてこの長さを書ききることが作者の才能の証左でもあるし、出版社もその才能を信じていなければここまで長い物語をしかも前作から10年も待ったりしないであろう。
だからわたしたち読者もその才能を信じて、最期まで読み通さないといけない。日本人になじみのないこてこての南部の話はちょっとつらいかもしれないけれど。
でもじっさい個別のプロットの語り口はほんとうにうまいとおもう。上巻のビリヤードの賭け勝負のところ、２回目の勝負の場面なんて叫び声や少女の落胆といった周囲の情景だけで勝負の行方を描きだしている。並みの才能ではないよ、これは。
しかし「扶桑社ミステリー」とうたっているけれど、さすがにこれは看板に偽りありかな。それでこの作品の価値が下がるわけではない、というか逆に本来の価値を見誤らせている。
冒頭で主人公の兄である少年が紋殺体で見つかるところから物語がはじまるとか、事件当時生まれたばかりの主人公の少女は12歳になって犯人探しをはじめるとか、ほとんどまともな人物が登場しないとか、南部の差別と階級のはっきりした社会とか、ミステリーとしての設定はばっちりだ。
しかし作者は単純な安っぽいミステリーにするつもりはない。
これは少年の事件が暗い影を長年にわたって落とす家族の物語だ。その影がひとや家族をどう歪めるのか、それとも南部という社会ゆえに何かが歪んでいくのか、そしてその中で少女がどうやって生きていこうとするのか。それにはやはり相当な紙幅をもってディテールを積み重ねていかないと書ききれないのだとおもう。
上巻はなかなか話が進まないが、下巻にはいって展開のスピードがあがり、サスペンスの風味が増すのですこし読みやすくなる。しかし過去の事件については結局解明されないし、少女のひと夏の冒険譚だけど徹頭徹尾暗くて重いまま物語は閉じる。
雰囲気だけだが、トムソーヤーの冒険や(南部じゃないけど)コーエン兄弟のファーゴが近い感じがする。
ハ・ジン「
自由生活
」も長い小説で同じようにプロットをひたすら積み重ねることで何かを書きだそうとするスタイルは、本当に才能のある作家にしかできないと思うけれど、やはりアメリカ小説ならではのスタイルなのかしら。
付記：どうして下巻にレビューしたかというと「
村上さんのところ
(村上春樹氏の特設サイト)」で話題になっていた本書とマルーセル・セロー「
極北
」をつづけて読んだところ、この下巻に極北の主人公と同名のミスター・メイクピースが登場するからである。この偶然にはちょっとびっくり。
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