・ ・ ・ しかし、「 近松物語 」 では 溝口演出 の洗礼をまともに受けた。
「 もう一回 」。
監督さんは演技が気に入らないと、何度も同じ場面のやり直しをさせた。 理由はおっしゃらない。 考えるのは俳優の仕事ということなのだ。
相手役の長谷川(一夫)さんやスタッフの方々が 私の演技に 「 O K 」 が出るのをずっと待っている。 申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
監督さんからは 「 反射してください 」 ともよく言われた。
私はどうしようかと思って、死にたくなるほど苦しんだ。
試行錯誤しているうちに、
セリフは 相手の言葉や動作によって生まれるもので、その時の気持ちになれば 自然に出てくるということ
それが 反射 なのだ と気が付いた。
・ ・ ・ 俳優を極限まで追い詰め、そこから出てくるものを待っている。 それが溝口監督のスタイルだった。
一場面一場面に思い出があるが、「 近松物語 」 が、その後の私の女優人生を支える映画となったといっても過言ではない。
( 香川京子 『 私の履歴書 』 日本経済新聞 2009年3月14日 掲載分より抜粋 )
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「 近松物語 」 は、主演された香川京子さんご自身が 「 出演作の中から どれか一本だけを選ぶとしたら、溝口監督の下で 芝居の根本をたたき込まれた この作品 」 と語る、 香川さんの代表作であると同時に、近松門左衛門の 浄瑠璃 と 溝口健二の 映像表現 、 即ち 「 伝統芸術の 様式美 」 と、 「 透徹した リアリズム 」 の双方が 見事に融合した 近代邦画の 最高傑作である。
封建社会の 理不尽な 掟 (おきて)の中で、死罪を越えて 真実の愛に目覚めてゆくヒロインを演じる香川さんは、例えようもなく 美しい。
本書は、 この 「 近松物語 」 をはじめ、香川さんが出演された作品、 監督・共演者たちとの交流、 その他 撮影当時のさまざまな出来事についての まことに興味深いエピソードが、香川さんご自身によって語られる 大変貴重な回想録である。
拝読させて頂き、その回想の内容の 「 正確さ・豊富さ 」 は、 香川さんの比類の無い頭脳明晰さ、そして みずみずしい感性から生み出されたものであると 強く感じる。
本書の中で、 名作 「 東京物語 」 に香川さんを起用した小津監督が、香川さんについて 「 実に、 洗いたて の感じがする女優 」 と語っておられるが、言い替えるならば ひとりの人間としての 『 素 』 の魅力、 すなわち 香川さんが持っておられる 清楚な人間性と共に、表面だけの演技や 技巧に走らない 女優としての ごく自然な 清々しさを 「 洗いたて 」 と表現されたのであろう。
香川さん ( 本名 牧野香子さん ) は、女優としての活躍の一方で、新聞記者のご主人と素晴らしいご家庭を築かれ、ご主人の 米国ニューヨーク駐在時には お嬢さんを伴い ご家族で同行されて みずから主婦業に専念し、のちに東京大学で学ばれるご子息を ニューヨークで出産されている。
又、2011年には、小津、溝口、成瀬、黒沢といった巨匠との交流による 貴重な記録資料を、東京国立近代美術館フィルムセンター に寄贈されたことを契機に、日本人初となる FIAF賞 ( 国際フィルム・アーカイヴ連盟賞 ) を受賞されている。
端然として映画界で活躍されると共に、 おだやかな愛情を伴った 「 家庭人 」 としての人生を ひた向きに歩まれてきた 香川さんは、 女優として、そして何よりも ひとりの日本女性として この上なく美しく、心から私淑申し上げると共に、遠い園生にひそやかに建つ 胸像のごとき 「 我が心のヒロイン 」 なのである。
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愛すればこそ スクリーンの向こうから 単行本 – 2008/2/16
「優れた方々にお会いできたのが幸運だったとしか言いようがありません」。成瀬巳喜男、小津安二郎、溝口健二、黒澤明ら名監督との思い出と共に、女優らしくない大女優が語るデビューから60年間のすべて。巻頭には「山椒大夫」や「ひめゆりの塔」など著者秘蔵の撮影現場写真、巻末には詳細なフィルモグラフィを掲載し、邦画黄金期の名作、名匠のすべてが味わえる一冊となっている。毎日新聞日曜版に連載され好評を博した「スクリーンの向こうから」に新たなエピソードを加えた完全版。
- 本の長さ256ページ
- 言語日本語
- 出版社毎日新聞社
- 発売日2008/2/16
- ISBN-104620318574
- ISBN-13978-4620318578
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商品の説明
著者について
香川京子(かがわ・きょうこ)
東京都出身。都立第十高女(現・豊島高校)卒業後、新東宝に入社。一九五〇年、島耕二監督の「窓から飛び出せ」で映画界にデビュー後、成瀬巳喜男監督の「おかあさん」、今井正監督の「ひめゆりの塔」、小津安二郎監督の「東京物語」、溝口健二監督の「近松物語」、黒澤明監督の「どん底」、「赤ひげ」、「まあだだよ」、熊井啓監督の「深い河」などに出演。一九九〇年、熊井啓監督の「式部物語」でキネマ旬報助演女優賞、日本映画批評家大賞、一九九三年、「まあだだよ」で日本アカデミー最優秀助演女優賞、田中絹代賞などを受賞。一九九八年秋、紫綬褒章、二〇〇四年秋、旭日小綬章を受章。著書に『ひめゆりたちの祈り』(朝日新聞社)がある。
勝田友巳(かつた・ともみ)
一九六五年生まれ、茨城県出身。北海道大卒業後、毎日新聞社入社。松本支局、長野支局、東京本社編集制作総センターなどをへて、一九九七年から編集局学芸部で映画を担当している。
東京都出身。都立第十高女(現・豊島高校)卒業後、新東宝に入社。一九五〇年、島耕二監督の「窓から飛び出せ」で映画界にデビュー後、成瀬巳喜男監督の「おかあさん」、今井正監督の「ひめゆりの塔」、小津安二郎監督の「東京物語」、溝口健二監督の「近松物語」、黒澤明監督の「どん底」、「赤ひげ」、「まあだだよ」、熊井啓監督の「深い河」などに出演。一九九〇年、熊井啓監督の「式部物語」でキネマ旬報助演女優賞、日本映画批評家大賞、一九九三年、「まあだだよ」で日本アカデミー最優秀助演女優賞、田中絹代賞などを受賞。一九九八年秋、紫綬褒章、二〇〇四年秋、旭日小綬章を受章。著書に『ひめゆりたちの祈り』(朝日新聞社)がある。
勝田友巳(かつた・ともみ)
一九六五年生まれ、茨城県出身。北海道大卒業後、毎日新聞社入社。松本支局、長野支局、東京本社編集制作総センターなどをへて、一九九七年から編集局学芸部で映画を担当している。
登録情報
- 出版社 : 毎日新聞社 (2008/2/16)
- 発売日 : 2008/2/16
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 256ページ
- ISBN-10 : 4620318574
- ISBN-13 : 978-4620318578
- Amazon 売れ筋ランキング: - 919,974位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2014年7月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2012年12月17日に日本でレビュー済み
本書を読んで感じたことは、香川京子さんが演じてきた多くの役柄のイメージ同様、透明感のある女優、女性ということでした。そのぶん、女優ならではの業や壮絶な苦悩というものが感じられず、深く掘り下げられていない点は物足りない感があります。多くの名匠の作品に出演し、60年の長いキャリアを持つ大女優の香川さんに対して、親子ほどの年齢差がある編者が尊敬の念を抱き、信奉して聞き取ったインタビューを中心にして、多くの参考資料を基に編集されて書かれた書です。「香川さん著」という表現は、首を傾げる部分。
香川さんが出演した映画のエピソード、香川さんから見た成瀬監督、溝口監督、黒澤監督、川島監督、豊田監督、山田監督、衣笠監督、田中絹代さん、原節子さん、長谷川一夫さん、三船敏郎さん達の素顔が語られている点が特色だと思います。
今まで知らなかった香川さんのデビューのきっかけ、結婚、事故による顔のケガのこと、私が好きな映画『猫と庄造と二人のをんな』は、香川さんが気に入っていない作品だったにも拘らず、皮肉にもこの作品が「会心の当たり役」になったという件は、大変面白く読んだ箇所でした。
本書は、香川さんに抱いていた印象そのまま、さわやかで透明感があり、知的で清楚なイメージを損ねることがない、よくも悪くも優等生的な書といえるかもしれません。
巻頭には、香川さんの出演作品のスチール写真(モノクロとカラー)が数ページ、巻末には出演作品一覧、主要参考文献・参考記事の掲載あり。
文中では「香川さん」と、香川さんにだけ敬称がつけられています。香川さんのファンの方に向けて配慮されている表現法かもしれませんが、少し気になりました。
『近松物語』に関しては、もっと面白いエピソードがあるはずなのに、掘り下げ方が甘い印象を受けた点が残念です。
★は3・5くらいです。
香川さんが出演した映画のエピソード、香川さんから見た成瀬監督、溝口監督、黒澤監督、川島監督、豊田監督、山田監督、衣笠監督、田中絹代さん、原節子さん、長谷川一夫さん、三船敏郎さん達の素顔が語られている点が特色だと思います。
今まで知らなかった香川さんのデビューのきっかけ、結婚、事故による顔のケガのこと、私が好きな映画『猫と庄造と二人のをんな』は、香川さんが気に入っていない作品だったにも拘らず、皮肉にもこの作品が「会心の当たり役」になったという件は、大変面白く読んだ箇所でした。
本書は、香川さんに抱いていた印象そのまま、さわやかで透明感があり、知的で清楚なイメージを損ねることがない、よくも悪くも優等生的な書といえるかもしれません。
巻頭には、香川さんの出演作品のスチール写真(モノクロとカラー)が数ページ、巻末には出演作品一覧、主要参考文献・参考記事の掲載あり。
文中では「香川さん」と、香川さんにだけ敬称がつけられています。香川さんのファンの方に向けて配慮されている表現法かもしれませんが、少し気になりました。
『近松物語』に関しては、もっと面白いエピソードがあるはずなのに、掘り下げ方が甘い印象を受けた点が残念です。
★は3・5くらいです。
2013年1月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
香川京子がデビュー以来のすべての作品について、ていねいに記憶しているのに驚いた。
2008年4月25日に日本でレビュー済み
何より、香川さん本人の協力によって作られた、
かにり詳しい評伝。それだけで貴重です。
日本映画史の中でもひときわ輝く香川京子さんの
真価が更に語られるようになるのを願ってやみません。
かにり詳しい評伝。それだけで貴重です。
日本映画史の中でもひときわ輝く香川京子さんの
真価が更に語られるようになるのを願ってやみません。