本書は
ノーベル賞（1965）物理学者
朝永振一郎（1906－1979）に関する
回想の文章を集めた評伝
『回想の朝永振一郎』（みすず書房）
（初版1980 新装版2006） です。
編者の松井巻之助（1913－1979）は
後に朝永が学長を務めた
東京文理大の理学部物理学科卒業で
精力的に本書をまとめました。
本書を読んで
偉大な物理学者であり
文章の達人でもあった朝永の
お人柄と才能がしのばれる思いがしました。
私は初版が出た直後に拝読しましたが
このたび新装版を購入、読み直したところです
（内容はいっしょです。カバーの宣伝文句が違います）。
本書はどこからでも読めますが
その白眉を成すのは
英国生まれの米国の物理学者・数学者
フリーマン・ダイソン氏（1923－）が
朝永の仕事を感動と驚きをもって
称賛している箇所でしょう。
戦後、間もない１948年
ドイツ生まれの米国の物理学者
ベーテ（1906－2005）
‥1967年ノーベル物理学賞受賞‥
のもとに英文の日本の物理学雑誌
"Progress of Theoretical Physics"
が届きます。その第２号には
朝永による「くりこみ理論」の論文が
掲載されていました。
それを見たダイソンは驚きます。
なぜなら
朝永論文の内容が
当時米国の物理学界をにぎわしていた
シュウィンガー（1918－1994）
ファインマン（1918－1988）による
最新の理論と一致していたからです。
しかも
その論文はまだ戦争中の1943年に
発表した論文だったからです
（日本語論文を戦後、英訳した）。
「戦争の廃墟と混乱のまっただ中で
しかも世界の国々とはまったく孤立しながら」
朝永はシュウィンガーより５年も先に
新しい量子力学の基礎を築いていたと
ダイソンは称賛しています。
「この感動的な小さな包」とは
論文が入っていた包のことです。
みなさんご存知の通り
これが契機となって朝永は
シュウィンガーとファインマンの３人で
1965年度のノーベル物理学賞を受賞しました。
なお
本書の221ページ上段の第1行に
「昭和三三年」とありますのは誤植で
「昭和二三年」が正しいと思われます。
ダイソンも「1948年の春」と書いていますので。
本書は
単に回想文を集めた文集ではなく
年代順に６つのパートに分けられており
いわば編年体の「評伝」になるように
配置されています。題は次の通りです。
Ⅰ 誕生と幼少時代
Ⅱ 物理学を志して
Ⅲ 修行時代から独立へ
Ⅳ 戦後、廃墟のなかの素粒子論のメッカ
V 研究者から科学行政家に
Ⅵ 晩年
新装版カバーの裏表紙には
「36人の執筆者」
「16篇の自身の文章」
「2篇の対話」
と書いてありますが
実際に私が数えましたところ
若干数字に誤差があるようにも思います
（カウントの仕方にもよるでしょうが）。
私が数えた結果は以下の通りです。
①対話は２篇（これは同じです）。
②回想文の執筆者は34人
（朝永自身と令夫人と対談相手は除きます）
（ご舎弟・朝永陽二郎は含みます）
③朝永自身の文章11篇
（対談は含みません）
④朝永領子・令夫人の文章２篇
⑤英文の弔電の署名２人
・オーゲ・ボーア（1922－2009）
‥1975年ノーベル物理学賞受賞
・アブダス・サラム（1926－1996）
‥1979年ノーベル物理学賞受賞
となります。
「朝永」という名字の方の執筆による
文章は16篇ですが上記のように
「朝永」自身の文章は11篇しかありません。
新装版は初版の編集者が物故したあとに
出版されていますので
カウントの仕方に変化があったのかもしれません。
最後に
朝永は東京の生まれで
哲学者である父・三十郎（1871－1951）が
京都帝大に教授として赴任するのにともない
京都に転居したことは知っていました。
しかし
本書を読み直しましたところ
その後、三十郎が海外留学したため
朝永は母の実家の東京・本郷森川町に
戻っていたことを再確認いたしました。
従って最初に入学した小学校は
本郷の誠之小学校でした。
その後、父・三十郎が帰朝したのにともない
一家は再び京都に戻ります。
よって朝永は左京区の錦林小学校に
転入したと思われます。
朝永自身が
「京都ことばがわからないので難渋する。
そんなわけで
学校へ行くのをいやがり両親を困らせる」
と書いています。
後年のノーベル賞学者も
学校に行きたくなかった時期があったのでしょう。
朝永というと
三高 → 京都帝大のイメージが強いのですが
京都に住んでいたのは本書によると
1907－1909
1913－1932 ですから
おおむね20年余に過ぎません。
後年「武蔵野に住んで」という随筆を書き
武蔵野を称揚されているので
本質は京都人ではなく
「武蔵の国」の人だったのではないかと思います
（令夫人の実家が三鷹の天文台でした）。
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