英国スコットランド出身の政治哲学者で、共同体主義の代表論者による歴史的名著。
内容は、ロールズに代表されるリベラリズムとノージックに代表されるリバタリアニズムの思想対立に顕著に現れている、現代の正義の在り方をめぐる倫理論（徳論）が陥っている対立状態（協約不可能性）の来歴を紐解いてゆき、その対立の乗り越えとして「歴史的伝統に基づく、倫理的共同体」の必要性を提唱するというもの。
大まかに言うと、作中ではまず、今の『倫理』や『正義』と呼ばれるものは、過去に存在した倫理論の『断片』に過ぎないチグハグなもの、という事が提示されます。
つまり古代ギリシャや、中世のキリスト教の正義論、中世の価値観、さらにそれらが失効した近代の西洋啓蒙哲学による個人主義などが論じた事が、未だに断片的に残っていて、それらを根拠に様々な立場の人が自分の思う〈正義＝倫理〉を主張している、ということです。
（ロバート・ノージックの理論がジョン・ロックの読み直しであると言う有名な事実は、まさに過去の正義論の受け継ぎですね）
そしてその理論展開と論証の中で、マッキンタイアは、ウェーバー的な『政治でも会社でも、官僚は中立的に政策を選べる』という考えは間違いであり、そもそも経済学等の社会科学は未来予測もできなければ、その官僚の選択も〈特定の価値観＝正義に基づくものでしかない〉と明確に論じます。
つまり、個人であれ、政治であれ、誰もが納得する正義などありえないということ。
（作中には出てきませんが、ここはノーベル賞経済学者のケネス・アローの『社会的選択と個人的評価』の問題提起にも共通します）
そこで展開されるのが特定の共同体を前提にした『正義論＝倫理』の必要性であり、ここからはアリストテレスのポリスの読み直しのような理論が展開される。
個人という主体に一貫性（アイデンティティ）を与えるのは一貫した歴史（自らの過去の引き受け）であり、コミュニケーションが成り立つのも共同体の共有するコンテクストと呼ぶべき共通の価値観を通してであり、そもそも歴史性を含まずに〈アイデンティティ〉も〈コミュニケーション〉も存在することは出来ない。
それがマッキンタイアの重要な、個人や共同体の一貫した歴史を一つの『物語』と捉える理論です。
もっとも、マッキンタイアは復古主義的な発想を作中で批判しているので、マッキンタイアの理論をファシズムに結びつけるなら、本末転倒になります。
なぜなら、ソビエトやナチスのように政治家や軍人が国民を導こうとすることは、まさにマッキンタイアが本作冒頭で批判的に論証した〈ウェーバー的官僚の選択の恣意性〉そのものだからです。
なので、この作品で展開されている〈共同体〉とは、国家社会主義のことではなく、
アリストテレス的な、共同体のメンバーが共通の社会的目的と、その目的を前提に定義される〈倫理〉を共有するもののこと。
つまり、古代ギリシャの都市国家『ポリス』的なものをマッキンタイアは自分の論じる〈共同体〉のモデルだと考えています。
個人的にはマッキンタイアの理論も興味深いものでしたが、それ以上にアリストテレスの現代的な読み直しという発想に興味が湧きました。
アーレント等もアリストテレスを論じてはいますが、共同体主義という〈相対主義〉の視点でアリストテレスを読み直すというのは、ある意味、西洋合理主義・形而上学の代表格であるアリストテレスの転倒のようでおもしろいですね。
あと、カントやヴォルテール等の近代啓蒙哲学以降の自由主義・個人主義の末裔であるニーチェに対して、ニーチェが理想化したホメロスの描く神話世界のギリシャの英雄は、決して自由ではなく、
むしろ当時の共同体の倫理原則に完全に縛られていたと断じて、古典ギリシャ文学者であるニーチェの『貴族主義』の欺瞞を暴き、
さらに、ニーチェの神が死んだ後の世界（現代）の新たな倫理として〈超人〉や神話時代のギリシャの英雄を模範にした〈貴族主義〉以外にも、アリストテレス的な共同体の思想も新たな時代の倫理になると結論し、
共同体主義の有意味性とニーチェの理論の明らかな矛盾と盲点（弱点！）を突いた箇所には、思わず読みながら素で『マッキンタイア、すげー』と洩らしてしまいました（笑）
でも、個人的にはこの「すげー」一つで、少し高い本でしたが買ってよかったなと実感しました。
なので、マイケル・サンデルや宮台真司で共同体主義に興味を持った人も、切れ味鋭い理論が好きな人にもオススメの１冊です。
訳文はすこし固くて読みにくい方かもしれませんが、財布に余裕のある人は躊躇せず買って読んでみてください。きっと良い意味で驚きますよ。
（あと個人的に、マッキンタイアの〈歴史〉を前提にした〈共同体〉の哲学と、マルケスや中上健次、バルガス＝リョサ、カルロ・レーヴィに見られる、特定の歴史を持った共同体のリアリティを描いた〈魔術的リアリズム〉文学は、もっと接続させて読まれるべきではないかと思いました）
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