中古品:
¥528 税込
配送料 ¥350 6月1日-3日にお届け(14 時間 19 分以内にご注文の場合)
詳細を見る
コンディション: 中古商品: 良い
コメント: ▼ カバー:背に色あせ▼ 全体的に多少使用感・スレキズ・薄ヤケ・汚れ少々
Kindleアプリのロゴ画像

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません

ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。

携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。

KindleアプリをダウンロードするためのQRコード

著者をフォロー

何か問題が発生しました。後で再度リクエストしてください。

ファン・ゴッホの手紙 単行本 – 2001/11/22

3.9 5つ星のうち3.9 14個の評価

この商品には新版があります:

ファン・ゴッホの手紙【新装版】
¥5,940
(14)
残り5点(入荷予定あり)
ファン・ゴッホの没後100年を記念して、
全4巻からなる新しいオランダ語版の書簡全集が1990年に刊行された。
これまでに刊行されてきたファン・ゴッホの書簡集は一部に削除、省略、伏せ字などがあったが、
近年それらが開示され、原文の綿密な解読作業による修正もなされてきている。
この日本語版の一巻本選集は、
この面目を一新した書簡全集の全貌を簡潔なかたちで
日本の読者に示そうとして編者が新たに編んだものである。
また、アルルでの共同生活前後のゴーガンの手紙も
この選集のなかに組み込まれている。

「これまで〈神話化〉されてきたファン・ゴッホの伝記を修正する研究が近年発表されている。
父親がフィンセントを精神病院へ入れようとした〈ヘール事件〉その他、
これまで伏せられてきた文章は公刊されてこの選集にも入れられている……
売れない画家の兄は弟に依存したが、弟は兄の仕事を共同で進めるという一体感に傾く
――あつれきと感謝、不満と感動を縒り合わせる絆の物語がこの書簡集である。
これほど自分の気持をさらけだす文章はめったにない。
セザンヌもゴーガンも自然と都市文明の落差を敏感に意識したことで
ファン・ゴッホと共通するだろうが、
日々の仕事、自然から受ける感動、女性や貧しく、恵まれぬ人びとや
すぐれた人物の仕事への敬意などを
長文で語る日録さながらのフィンセントの書簡集は
ドキュメントとして、また記録文学として抜群の価値をもっていると思う。
また彼か浮世絵に強い関心を抱いたことだけでなく、
一茎の草から宇宙に及ぶ自然への没入が日本の芸術家に見られるとして、
その賢者を理想と考える面でも
日本の読者はフィンセントになお深い親近感を覚えるのではなかろうか」。(編者あとがき)

ゴッホの日記ほど永遠に読者を魅きつける文章は存在しないだろう。
生きる意味と絵画への専心。
これまでの削除・省略・伏せ字を開示し、
画家の全貌を示すべく二見史郎氏により新たに編集された新訳・決定版。

商品の説明

内容(「MARC」データベースより)

永遠に読者を魅きつけるすぐれた手紙をたくさん書いたゴッホ。これまでの削除・省略・伏せ字を開示し、画家の全貌を示すべく編集。生きる意味と絵画への専心、自殺の真相など、ゴッホの内面史に新たな光を当てる。

著者について

二見史郎
(ふたみ・しろう )
1928年神奈川県に生まれる。1951年東京大学文学部卒業。愛知県立芸術大学名誉教授、現在、日本大学芸術学部非常動師。
著書『プラック』(みすず書房、1963)、『抽象の形成』(紀伊國屋書店、1970)。訳書 ハーバート・リード『近代彫刻史』(紀伊國屋書店、1965)、『ファン・ゴッホ善簡全集』(共訳、みすず書房、1963)、ジョフレー・ビビー『未知の古代文明ディルムン』(共訳、平凡社、1975)、『マティス 画家のノート』(みすず書房、1978)、『アルルのファン・ゴッホ』(みすず書房、1986)、『ファン・ゴッホとミレー』(共訳、みすず書房、1994)、最新刊に『ファン・ゴッホ詳伝』(みすず書房、2010)がある。

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ みすず書房 (2001/11/22)
  • 発売日 ‏ : ‎ 2001/11/22
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 単行本 ‏ : ‎ 432ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4622044269
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4622044260
  • カスタマーレビュー:
    3.9 5つ星のうち3.9 14個の評価

著者について

著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
フィンセント・ファン・ゴッホ
Brief content visible, double tap to read full content.
Full content visible, double tap to read brief content.

著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう

カスタマーレビュー

星5つ中3.9つ
5つのうち3.9つ
14グローバルレーティング

この商品をレビュー

他のお客様にも意見を伝えましょう
真に理解したいなら、旧版『ファン・ゴッホ書簡全集(全6巻)』を
1 星
真に理解したいなら、旧版『ファン・ゴッホ書簡全集(全6巻)』を
今から40年ほど前、20代半ばの頃に、みすず書房刊『ファン・ゴッホ書簡全集 全6巻』(以下『全集』/画像の右側6冊)を読みました。一冊3,000円×6巻は高価な買い物でしたが、読み進むにつれ、死後の「評価」など一蹴するに余りある彼の内実に圧倒され、読了後に満ちた眩暈にも似た感覚は、今も体の奥に刻まれています。経済的事情からこの『全集』を手放して30年余り。再び読もうと思い立ち、この『ファンゴッホの手紙【新装版】』(以下、『新装版』)を買ったのですが、残念な結果となりました。16歳でグーピル商会に就職し、最初の赴任地だったハーグ支店の支店長テルステーフ氏に「画廊では誰もが―美術愛好家も顧客も画家も―フィンセントが応対するのを好んでいる。彼はきっとこの職業で成功するだろう(『全集』第1巻p.13より引用)」とまで言わしめるほど、前途に伸びる将来へと疑うことなく歩んでいた、そんな、誰からも愛される青年だったのです。そしてロンドン支店への栄転。しかし、この地での失恋が、彼を変えてしまいます。誰からも理解される青年だった彼が、誰も理解できない青年へと没入していく。関係者の親身な配慮から、彼はパリ本店へ異動となりますが、彼はもう元には戻りません。そして、グーピル商会を解雇。「美術商」も「温かい家庭」も、すべての夢が消え失せ、手の中に残った絶望という「宇宙」を携えて、彼の彷徨が始まるのです。ここまでの流れ、ゴッホを理解するうえで(到底「理解」などできないのですが)極めて重要な、解雇までの詳細が、この『新装版』では、殆ど省略されているのです。ハーグからの手紙が2通(『全集』では8通)、ロンドンからの手紙が2通(『全集』では18通)、パリからの手紙、これも2通(『全集』では実に33通)。ここまでで、たった6ページ。これでは全く解らないのです。ゴッホという壮大な「宇宙」が動き出すまでの魂の成長と変化の様相が。この『新装版』は駄目です。私は「パリ」の2通で、読むのをやめました。改めて他の「手紙」を買おうと思ったのです。買い直しの最初は、岩波文庫の「ゴッホの手紙(上・中・下3冊)」でしたが、『中』から始まる弟テオ宛の手紙、これが、グーピル商会時代の「パリ」ですらなく、画家となってからの「パリ」から始まっているのです。何もかもに挫折した挙句に唯一残った絵画への情熱。その道を孤独のうちにひとり歩む彼が憔悴の果てに、もう少し待って欲しいというテオの困惑を押し切ってまで行った、この「パリ時代」から。開いた途端それがすぐに解り、読むのを諦めた小生は、この三巻セットを図書館に寄贈しました(その感想は『中』の☆一個のレビューを参照のこと)。続いて購入したのが『炎の画家ゴッホ(全4冊)』(画像中央の4冊)。式場隆三郎氏によるこの仕事は、小林秀雄氏の名著『ゴッホの手紙』の参考資料ともなっていて(小林氏自身がその著書の冒頭で経緯を記しています)、私はこの4冊をこの機会に初めて読んだのですが、『新装版』より格段に優れた内容です。現在では絶版の為、古書を購入しましたが、当時のセット価格で18,000円だったのが3,000円で入手できたのは(新品同様の状態)とても幸運でした。しかし、内容はやはり「選集」(実際の「手紙」は第2,3巻)なので、書簡すべてを読みたい私は、『全集』を古書で購入し直した次第です。この『全集』(現在絶版)が素晴らしい点は、ゴッホの手紙の全てが掲載されている点にあることは言うまでもありませんが、それのみならず、彼の死後、20年以上をかけて手紙をまとめる(ゴッホの手紙には日付がないものが多かったという)という、正に偉業と言うべき仕事を成したヨハンナ・ボンゲル夫人(ゴッホの弟テオの未亡人)による手記と、ゴッホを実際に知る人たちに取材した証言が掲載されている点です(ヨハンナ・ボンゲル夫人の追憶は胸に迫って余りあります)。また、ゴッホが弟テオに宛てた手紙に描き入れたスケッチも可能な限り掲載されていて、『新装版』より遥かに充実しています(そもそも全6巻を一冊に収めようとすることが無理だったのでしょう)。これらの素晴らしい内容のものが送料を含めても5,200円という価格(『新装版』より安かった)で、しかも良い状態でしたので、最初からこれを購入しておけばよかったと思っています。生前に一枚しか絵が売れなかった、とか、耳を切った画家だとか、統合失調症(当時は「精神分裂症」という呼称)ではなかったか、とか、枝葉末節が様々な憶測を以て他者によって語られる彼ですが、彼自身の手で書かれた手紙の一文字一文字、そのすべてに向き合ってこそ、ようやく彼の入り口に立ち得るのではないかと、私は思うのです。長いレビューとなりましたが、ゴッホが聖職者への道を刻苦して歩んでいたアムステルダム時代の手紙からの引用を以て終わりにします(アムステルダム時代の手紙も『全集』では27通ですが『新装版』では3通。そして、以下の手紙も『新装版』では割愛されている)。〈1878年1月9日、アムステルダムからテオに宛てた手紙〈117〉より/『全集』第1巻p.238〉 コル伯父が今日ぼくにジェロームの「フリネ」を美しいと思わないかねと尋ねた。ぼくはむしろイスラエルスやミレーが描くぶきりょうな女かエドゥアール・フレールの老女を眺めるのが好きだと答えた。フリネのような美しい肉体が結局なにになるというのか。動物だって美しい体をもっている。おそらく人間以上かもしれない。だが、イスラエルスとかミレーとかフレールなどが描いた人物のなかに生きているような魂、こいつは動物のなかにはけっしてないのだ。生命はわれわれの魂を豊かにするために与えられたものではないのか。たとえ、外見の肉体が苦しんでいるとしてもだ。ぼくはジェロームが描く人物にはほとんど共感を覚えない。というのも、ぼくはそこに何らの精神的な徴候も見出すことができないからだ。こうした人物の手より労働のあとを示している手の方がずっと美しい。 こうした美女と、パーカーやトーマス・ア・ケンピスのごとき人物やメッソニエの描いた人物との間にはもっと大きな開きがある。人は同時に二人の主人に仕えることができないように、こんなに違ったものを同時に愛することも共感を覚えることもできない。 すると、コル伯父は、きみは美しい女や娘を見ても何とも思わないかとぼくに尋ねるのだ。だが、ぼくはむしろ醜くても、年老いていても、貧しくても、何らかの理由で不幸であっても、人生の経験や苦しみの試練を通して知性と魂をかちえた女ならその方にずっと魅力を感ずるし、付き合ってみたいと思うと答えた。※みすず書房は『新装版』を『全集』の形で改めて出版すべきです。
フィードバックをお寄せいただきありがとうございます
申し訳ありませんが、エラーが発生しました
申し訳ありませんが、レビューを読み込めませんでした

上位レビュー、対象国: 日本

2023年11月7日に日本でレビュー済み
真面目な話、そもそも人様の手紙を勝手に読んで、星何個だの、感想だの、意見だの、人物評だのといった話を平気でするほど、私達は人として狂ってしまったのだろうか、という疑念がある。
それは八百屋で万引きしてきた林檎を、甘いだとか甘くないだとか論評する姿よりももっと恐ろしい姿に思われる。
彼の絵画作品についても概ね同じことが言えると思うが、手紙についてはなおさらだ。

もちろんみすず書房の二見・圀府寺訳は読みやすく文章も現代的で、学生の頃はじっくりと何度も読んだが、今となってはあえて手に取ることも少なくなった。
ただこの本の背表紙を眺めて、ゴッホに気の毒だから、と遠慮の気持ちを忘れないようにしている。
私達は、もう少し「気まずさ」をもって彼の人生や作品に接するべきなのだと思う。
私達は彼から作品を盗んだのであって、そもそも私達はゴッホに値しない。

だからそういった意味では、とくに世の中に媚びたい人にとって、むしろゴッホのことを嫌いとさえ言い切ってしまったほうがすっきりしているように思われる。
誰かが本当に「自分はゴッホのファンだ」というなら、いっそゴッホの絵を燃やしてしまったほうがいいのかもしれない。
少なくとも彼の人生に呼応するならば、自分の人生を殉教に捧げることは差し控えるべきだ。

ゴッホは手紙の中で、絵や芸術、生活上の必要ごと以外に、国内外の社会情勢など様々なことを気にかけている。
皮肉な話である。世の中の人はみな自分のことしか考えていないどころか、他人を出し抜いたり陥れたりしてまで、自分の地位を確保しようとしているものだ。
国際的な紛争ともなれば、両陣営に金を送って騒乱を煽り、利益を出している人間だっている。
そうしていざ戦争が避けられないと言う段になって騒ぎ立て、自分のことすら疎かになりながら必死に誠実に生きている人間の足を引っ張ろうとする。

「知ったことではありません。あなた方でなんとかしてください」。
私の好きな、強くてかっこいい、人生の勝者であるゴッホであれば、今の世の中に対してこう言ってくれたはずだと信じている。
私の知ったことではない。自分のもとに召集令状やミサイルが届いたら、その時には不具になる前に、何の恨みもない人たちを殺させられる前に…でも焚いて眠りにつけば良い。
自己犠牲などクソ喰らえだ。

絵を仕事にすることはない、趣味で絵を愛すればよい、と、ゴッホは周囲によくこう話していた。
8人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2020年1月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
これは一人の芸術家の素を垣間見ることができる貴重な資料だと思います。

読む人を選ぶ資料ではありますが
興味のある方にはお勧めいたします
7人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2020年1月11日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
小林秀雄のゴッホの手紙を、もうかれこれ二十年以上前に読んで以来、ずっといつかは、と思っていたもの。しかもこちらは、没後100年事業として新装復刊、これまで削除、省略されてきたものが開示された書簡全集を編者が新たに編んだもの。素晴らしい仕事に敬意を表します。ぜひ、ご一読ください。
あらためて、ゴッホの言葉には大きく心を動かされました。
10人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2021年8月16日に日本でレビュー済み
今から40年ほど前、20代半ばの頃に、みすず書房刊『ファン・ゴッホ書簡全集 全6巻』(以下『全集』/画像の右側6冊)を読みました。一冊3,000円×6巻は高価な買い物でしたが、読み進むにつれ、死後の「評価」など一蹴するに余りある彼の内実に圧倒され、読了後に満ちた眩暈にも似た感覚は、今も体の奥に刻まれています。
経済的事情からこの『全集』を手放して30年余り。再び読もうと思い立ち、この『ファンゴッホの手紙【新装版】』(以下、『新装版』)を買ったのですが、残念な結果となりました。

16歳でグーピル商会に就職し、最初の赴任地だったハーグ支店の支店長テルステーフ氏に「画廊では誰もが―美術愛好家も顧客も画家も―フィンセントが応対するのを好んでいる。彼はきっとこの職業で成功するだろう(『全集』第1巻p.13より引用)」とまで言わしめるほど、前途に伸びる将来へと疑うことなく歩んでいた、そんな、誰からも愛される青年だったのです。そしてロンドン支店への栄転。しかし、この地での失恋が、彼を変えてしまいます。誰からも理解される青年だった彼が、誰も理解できない青年へと没入していく。関係者の親身な配慮から、彼はパリ本店へ異動となりますが、彼はもう元には戻りません。そして、グーピル商会を解雇。「美術商」も「温かい家庭」も、すべての夢が消え失せ、手の中に残った絶望という「宇宙」を携えて、彼の彷徨が始まるのです。

ここまでの流れ、ゴッホを理解するうえで(到底「理解」などできないのですが)極めて重要な、解雇までの詳細が、この『新装版』では、殆ど省略されているのです。ハーグからの手紙が2通(『全集』では8通)、ロンドンからの手紙が2通(『全集』では18通)、パリからの手紙、これも2通(『全集』では実に33通)。ここまでで、たった6ページ。これでは全く解らないのです。ゴッホという壮大な「宇宙」が動き出すまでの魂の成長と変化の様相が。この『新装版』は駄目です。私は「パリ」の2通で、読むのをやめました。改めて他の「手紙」を買おうと思ったのです。

買い直しの最初は、岩波文庫の「ゴッホの手紙(上・中・下3冊)」でしたが、『中』から始まる弟テオ宛の手紙、これが、グーピル商会時代の「パリ」ですらなく、画家となってからの「パリ」から始まっているのです。何もかもに挫折した挙句に唯一残った絵画への情熱。その道を孤独のうちにひとり歩む彼が憔悴の果てに、もう少し待って欲しいというテオの困惑を押し切ってまで行った、この「パリ時代」から。開いた途端それがすぐに解り、読むのを諦めた小生は、この三巻セットを図書館に寄贈しました(その感想は『中』の☆一個のレビューを参照のこと)。

続いて購入したのが『炎の画家ゴッホ(全4冊)』(画像中央の4冊)。
式場隆三郎氏によるこの仕事は、小林秀雄氏の名著『ゴッホの手紙』の参考資料ともなっていて(小林氏自身がその著書の冒頭で経緯を記しています)、私はこの4冊をこの機会に初めて読んだのですが、『新装版』より格段に優れた内容です。現在では絶版の為、古書を購入しましたが、当時のセット価格で18,000円だったのが3,000円で入手できたのは(新品同様の状態)とても幸運でした。しかし、内容はやはり「選集」(実際の「手紙」は第2,3巻)なので、書簡すべてを読みたい私は、『全集』を古書で購入し直した次第です。

この『全集』(現在絶版)が素晴らしい点は、ゴッホの手紙の全てが掲載されている点にあることは言うまでもありませんが、それのみならず、彼の死後、20年以上をかけて手紙をまとめる(ゴッホの手紙には日付がないものが多かったという)という、正に偉業と言うべき仕事を成したヨハンナ・ボンゲル夫人(ゴッホの弟テオの未亡人)による手記と、ゴッホを実際に知る人たちに取材した証言が掲載されている点です(ヨハンナ・ボンゲル夫人の追憶は胸に迫って余りあります)。また、ゴッホが弟テオに宛てた手紙に描き入れたスケッチも可能な限り掲載されていて、『新装版』より遥かに充実しています(そもそも全6巻を一冊に収めようとすることが無理だったのでしょう)。これらの素晴らしい内容のものが送料を含めても5,200円という価格(『新装版』より安かった)で、しかも良い状態でしたので、最初からこれを購入しておけばよかったと思っています。

生前に一枚しか絵が売れなかった、とか、耳を切った画家だとか、統合失調症(当時は「精神分裂症」という呼称)ではなかったか、とか、枝葉末節が様々な憶測を以て他者によって語られる彼ですが、彼自身の手で書かれた手紙の一文字一文字、そのすべてに向き合ってこそ、ようやく彼の入り口に立ち得るのではないかと、私は思うのです。

長いレビューとなりましたが、ゴッホが聖職者への道を刻苦して歩んでいたアムステルダム時代の手紙からの引用を以て終わりにします(アムステルダム時代の手紙も『全集』では27通ですが『新装版』では3通。そして、以下の手紙も『新装版』では割愛されている)。

〈1878年1月9日、アムステルダムからテオに宛てた手紙〈117〉より/『全集』第1巻p.238〉
 コル伯父が今日ぼくにジェロームの「フリネ」を美しいと思わないかねと尋ねた。ぼくはむしろイスラエルスやミレーが描くぶきりょうな女かエドゥアール・フレールの老女を眺めるのが好きだと答えた。フリネのような美しい肉体が結局なにになるというのか。動物だって美しい体をもっている。おそらく人間以上かもしれない。だが、イスラエルスとかミレーとかフレールなどが描いた人物のなかに生きているような魂、こいつは動物のなかにはけっしてないのだ。生命はわれわれの魂を豊かにするために与えられたものではないのか。たとえ、外見の肉体が苦しんでいるとしてもだ。ぼくはジェロームが描く人物にはほとんど共感を覚えない。というのも、ぼくはそこに何らの精神的な徴候も見出すことができないからだ。こうした人物の手より労働のあとを示している手の方がずっと美しい。
 こうした美女と、パーカーやトーマス・ア・ケンピスのごとき人物やメッソニエの描いた人物との間にはもっと大きな開きがある。人は同時に二人の主人に仕えることができないように、こんなに違ったものを同時に愛することも共感を覚えることもできない。
 すると、コル伯父は、きみは美しい女や娘を見ても何とも思わないかとぼくに尋ねるのだ。だが、ぼくはむしろ醜くても、年老いていても、貧しくても、何らかの理由で不幸であっても、人生の経験や苦しみの試練を通して知性と魂をかちえた女ならその方にずっと魅力を感ずるし、付き合ってみたいと思うと答えた。

※みすず書房は『新装版』を『全集』の形で改めて出版すべきです。
カスタマー画像
5つ星のうち1.0 真に理解したいなら、旧版『ファン・ゴッホ書簡全集(全6巻)』を
2021年8月16日に日本でレビュー済み
今から40年ほど前、20代半ばの頃に、みすず書房刊『ファン・ゴッホ書簡全集 全6巻』(以下『全集』/画像の右側6冊)を読みました。一冊3,000円×6巻は高価な買い物でしたが、読み進むにつれ、死後の「評価」など一蹴するに余りある彼の内実に圧倒され、読了後に満ちた眩暈にも似た感覚は、今も体の奥に刻まれています。
経済的事情からこの『全集』を手放して30年余り。再び読もうと思い立ち、この『ファンゴッホの手紙【新装版】』(以下、『新装版』)を買ったのですが、残念な結果となりました。

16歳でグーピル商会に就職し、最初の赴任地だったハーグ支店の支店長テルステーフ氏に「画廊では誰もが―美術愛好家も顧客も画家も―フィンセントが応対するのを好んでいる。彼はきっとこの職業で成功するだろう(『全集』第1巻p.13より引用)」とまで言わしめるほど、前途に伸びる将来へと疑うことなく歩んでいた、そんな、誰からも愛される青年だったのです。そしてロンドン支店への栄転。しかし、この地での失恋が、彼を変えてしまいます。誰からも理解される青年だった彼が、誰も理解できない青年へと没入していく。関係者の親身な配慮から、彼はパリ本店へ異動となりますが、彼はもう元には戻りません。そして、グーピル商会を解雇。「美術商」も「温かい家庭」も、すべての夢が消え失せ、手の中に残った絶望という「宇宙」を携えて、彼の彷徨が始まるのです。

ここまでの流れ、ゴッホを理解するうえで(到底「理解」などできないのですが)極めて重要な、解雇までの詳細が、この『新装版』では、殆ど省略されているのです。ハーグからの手紙が2通(『全集』では8通)、ロンドンからの手紙が2通(『全集』では18通)、パリからの手紙、これも2通(『全集』では実に33通)。ここまでで、たった6ページ。これでは全く解らないのです。ゴッホという壮大な「宇宙」が動き出すまでの魂の成長と変化の様相が。この『新装版』は駄目です。私は「パリ」の2通で、読むのをやめました。改めて他の「手紙」を買おうと思ったのです。

買い直しの最初は、岩波文庫の「ゴッホの手紙(上・中・下3冊)」でしたが、『中』から始まる弟テオ宛の手紙、これが、グーピル商会時代の「パリ」ですらなく、画家となってからの「パリ」から始まっているのです。何もかもに挫折した挙句に唯一残った絵画への情熱。その道を孤独のうちにひとり歩む彼が憔悴の果てに、もう少し待って欲しいというテオの困惑を押し切ってまで行った、この「パリ時代」から。開いた途端それがすぐに解り、読むのを諦めた小生は、この三巻セットを図書館に寄贈しました(その感想は『中』の☆一個のレビューを参照のこと)。

続いて購入したのが『炎の画家ゴッホ(全4冊)』(画像中央の4冊)。
式場隆三郎氏によるこの仕事は、小林秀雄氏の名著『ゴッホの手紙』の参考資料ともなっていて(小林氏自身がその著書の冒頭で経緯を記しています)、私はこの4冊をこの機会に初めて読んだのですが、『新装版』より格段に優れた内容です。現在では絶版の為、古書を購入しましたが、当時のセット価格で18,000円だったのが3,000円で入手できたのは(新品同様の状態)とても幸運でした。しかし、内容はやはり「選集」(実際の「手紙」は第2,3巻)なので、書簡すべてを読みたい私は、『全集』を古書で購入し直した次第です。

この『全集』(現在絶版)が素晴らしい点は、ゴッホの手紙の全てが掲載されている点にあることは言うまでもありませんが、それのみならず、彼の死後、20年以上をかけて手紙をまとめる(ゴッホの手紙には日付がないものが多かったという)という、正に偉業と言うべき仕事を成したヨハンナ・ボンゲル夫人(ゴッホの弟テオの未亡人)による手記と、ゴッホを実際に知る人たちに取材した証言が掲載されている点です(ヨハンナ・ボンゲル夫人の追憶は胸に迫って余りあります)。また、ゴッホが弟テオに宛てた手紙に描き入れたスケッチも可能な限り掲載されていて、『新装版』より遥かに充実しています(そもそも全6巻を一冊に収めようとすることが無理だったのでしょう)。これらの素晴らしい内容のものが送料を含めても5,200円という価格(『新装版』より安かった)で、しかも良い状態でしたので、最初からこれを購入しておけばよかったと思っています。

生前に一枚しか絵が売れなかった、とか、耳を切った画家だとか、統合失調症(当時は「精神分裂症」という呼称)ではなかったか、とか、枝葉末節が様々な憶測を以て他者によって語られる彼ですが、彼自身の手で書かれた手紙の一文字一文字、そのすべてに向き合ってこそ、ようやく彼の入り口に立ち得るのではないかと、私は思うのです。

長いレビューとなりましたが、ゴッホが聖職者への道を刻苦して歩んでいたアムステルダム時代の手紙からの引用を以て終わりにします(アムステルダム時代の手紙も『全集』では27通ですが『新装版』では3通。そして、以下の手紙も『新装版』では割愛されている)。

〈1878年1月9日、アムステルダムからテオに宛てた手紙〈117〉より/『全集』第1巻p.238〉
 コル伯父が今日ぼくにジェロームの「フリネ」を美しいと思わないかねと尋ねた。ぼくはむしろイスラエルスやミレーが描くぶきりょうな女かエドゥアール・フレールの老女を眺めるのが好きだと答えた。フリネのような美しい肉体が結局なにになるというのか。動物だって美しい体をもっている。おそらく人間以上かもしれない。だが、イスラエルスとかミレーとかフレールなどが描いた人物のなかに生きているような魂、こいつは動物のなかにはけっしてないのだ。生命はわれわれの魂を豊かにするために与えられたものではないのか。たとえ、外見の肉体が苦しんでいるとしてもだ。ぼくはジェロームが描く人物にはほとんど共感を覚えない。というのも、ぼくはそこに何らの精神的な徴候も見出すことができないからだ。こうした人物の手より労働のあとを示している手の方がずっと美しい。
 こうした美女と、パーカーやトーマス・ア・ケンピスのごとき人物やメッソニエの描いた人物との間にはもっと大きな開きがある。人は同時に二人の主人に仕えることができないように、こんなに違ったものを同時に愛することも共感を覚えることもできない。
 すると、コル伯父は、きみは美しい女や娘を見ても何とも思わないかとぼくに尋ねるのだ。だが、ぼくはむしろ醜くても、年老いていても、貧しくても、何らかの理由で不幸であっても、人生の経験や苦しみの試練を通して知性と魂をかちえた女ならその方にずっと魅力を感ずるし、付き合ってみたいと思うと答えた。

※みすず書房は『新装版』を『全集』の形で改めて出版すべきです。
このレビューの画像
カスタマー画像
カスタマー画像
69人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2015年3月9日に日本でレビュー済み
 本書は膨大なゴッホの手紙のすべてではなく選集となっていますが、重要な手紙は網羅されており、掲載されなかった手紙について解説も加えられているので特別な興味がないかぎり本書を読めば足りると思います。翻訳も非常にわかりやすいと思いました。
 家族や知人に宛てた手紙ですから、身辺雑記的な記載もありますが、その中に自らの芸術観、宗教観、人生観なども多く言及されており、それ自体文学作品といってもよいものです。実際、ゴッホ自身この書簡集を読む限り、かなりの読書家だったことがうかがえます。
 ゴッホというと彼の「狂気」が問題になろうかと思いますが、手紙は発作が起きていないときに書かれているので、非常に明晰な思考で書かれてあり、そのような狂気を思わせるところは微塵もありません。それだけに、いつ起こるかわからない発作に対する恐怖が本人には耐えられなかったのでないかと思いました。
 なお、手紙の中でゴッホ自身の絵についての言及も数多くあるので手元にゴッホの画集を置いて読まれることをお勧めします。
25人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2006年2月4日に日本でレビュー済み
ゴッホの絵のファンか、あるいはその人そのものに興味がある人に最適です。本人の手紙なので思想の変遷、喜怒哀楽、家族関係、絵画に対する考えも読み取れます。炎の人と言われるように短く劇的な生涯とのイメージがあるし、事実そうなのですが、手紙を読むと多くの人は感動をすると思いますた。有名なゴーギャンとの関係も本人同士の手紙があり興味深いです。本の終わりにゴッホの年譜があるので、参照しながら読むと事実関係がわかりやすいでしょう。去年、ゴッホ展に行き感動したためか、読後もしばらくぼんやりしてました。
39人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート