例によってみすず書房の隅々まで意匠のいきとどいた装丁である。
美しい表紙、紙質、帯のコピー、本や文字の大きさ。
グルニエのテーマである、すれちがっていく人生や
コミュニケーションの不成立が、
帯のコピー「袖振り合うも」という
典雅な日本語で表現できることに改めて驚きを感じた。
フランスの樹木の色調や自然描写も美しい。
表題の「別離のとき」「あずまや」「オスカルの娘」
なども苦くて美しい力作だが、
一つ選ぶなら最後に配置された「秘密」になる。
これは面白く、楽しく、可笑しく、
お洒落で空虚な小説である。
この小説は、ほとんどなにも起こらない人生を過ごした公務員の一代記であるのに、
本当に面白い。誰が平凡に暮らした図書館員の伝記を読みたがるだろう、
と村上春樹が書いてたが、このすばらしさだけはどうだろう。
（村上春樹氏の資質にもグルニエ×山田稔の作品はうってつけだと思う。
外国文学に造詣の深い村上氏ならグルニエを読んでいるだろうか。
ああ、彼のグルニエへの言及が読めたらなあ！）
主人公ジェルマン・ドバの人生で多くを割いて述べられるのは
書籍を介して彼のヒーロー、メリエ神父に出会ったことである。
わがメリエは王政期の神父であるのに過激な革命思想の持ち主で無神論者であった。
何も信じてない。でも生きている間、それは誰にも告げない。
「誰にだって秘密をもつ権利ぐらいあるものだ」
「秘密」にはグルニエのほかの作品よりもより多くの苦い笑いや軽みが見られると思う。
それはグルニエがボードビル作家としてのチェーホフから大切に継承した技ではないか。
そして訳者山田稔氏の小説集『リサ伯母さん』の中にも同様な
とぼけたような軽さや冷たいおかしさの要素がみられた。
それは「秘密」を中心とするグルニエの作品からの影響ではないかと思われる。
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