当たり前の事だが、江戸時代の武士達は好き勝手な場所に住居を構える事は出来なかった。
「拝領」と言うと有難みがあるもの、要は“あてがわれた土地”に“強制的に”住まわされたに過ぎないのだ。
そこで、自らの意思に関係なく住居を定められた当時の武士達に着目し、その土地で繰り広げられた政権交代の歴史について論じたのが本書である。
各章は、先ずは歴史の概要を紹介し、続いて屏風絵、若しくは古地図や絵図面を併用しながら武家屋敷を中心とした“土地”を考察する構成だ。
本書の主役は家光・忠長兄弟、綱吉とその家臣・酒井忠清、綱豊（家宣）と新井白石、吉宗、家斉～家慶の時代に周辺を取り巻いた人々等である。
題材が断片的である事から“通史”とは言えないが、その一方で、必ずしも円滑な政権交代ではなかった将軍、或いはその交代に翻弄された人々を集中的に扱っている所が解り易く、読者の関心を向けさせるには効果的な編集だと思う。
因みに、家光が生まれた当時の“発展途上”の江戸の姿、駿府の存在意義とその城主となった忠長、舘林藩主時代から続く綱吉と忠清の関係、流浪した白石と赤穂浪士討ち入り、急な将軍交代で慌ただしかった吉宗とその周辺、更には突如として深川界隈に庵を結び、旅立った松尾芭蕉を取り上げる等、土地との係わりを重視した本書らしい指摘が沢山ある。
だが、敢て一つを選ぶならば、ここでは“山流し”に関する論考を紹介したいと思う。
そもそも「島流し」はともかく「山流し」とは何であろう…と思ったが、意外にもその先は甲府であった。
甲府と言えば、武田信玄の本拠地として由緒ある土地であり、然も今では果物の産地、関東近郊の観光地として名高い為に、決して負のイメージはない。
然しながら、当時の「甲府勝手」は、名目は甲府の城の在番だが、実質的には島流しと同じで、一生江戸に帰れる見込みがなかったという。
“不良”幕臣が甲府勤番となり、更に怠け者となった彼等が引き起こす博打事件や嫌がらせ…辺境の地であるだけに目が行き届かないという理由もあるであろうが、それ以上に「山流し」となった者達の諦めと開き直りの境地が垣間見えなくもない。
これは、今の言葉で言えば「左遷」を意味する上に、単なる降格のみならず僻地への転勤や出向が伴うという事であろう…何やら非常に現実的であった。
だが、本書が訴えるのは、単に「居住地と歴史」のみには留まらない。
著者は、そこに「ある」、「いる」、「住まう」事の本質に触れた上で、今の私達は「自由に住む」事が可能となったと同時に失ったものもあるのではないかと疑問を呈しているのだ。
それこそが著者の一番の関心事であり、私達も考えるべき主題なのだと思う。
勿論、専門の研究を一般向けに簡略化した所為か、その着眼点が十分に活かされていない部分（例えば、歴史の解説と図版の活用との比重が前者に偏りがち）もなくはない。
然しながら、「住む」事を通して日本史を紐解くという斬新な試みの意義は大きく、更なる研究の進展に期待したいと思う。
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