ゲルトルード、インドから(随筆集)、物語集V(1912-1913の6つの短編。「美しい夢」は17歳で肺炎でなくなった生徒が死の前に見る夢の話で、荘子の「胡蝶の夢」を思わせるもの。)を収録。ゲルトルードの主人公のクーンは、孤独な人物であるが、その人間的な生長が本書では描かれる。クーンは、時として、苦痛と快楽を区別がないと感じ、自然のはかなさや、自分の人生の苦しみもそれで良い(p127)として、自分に定められたものを受け入れ、できる限り耐え忍びつつ、良いものに変えようと思う(p129)というような老荘的瞑想の境地をみせる。著者のヘッセ自身はバイオリンの教育を受け、音楽を愛したが、主人公のクーンは、”神と認識と平安などすべてをいつも音楽の中に見出し”、音楽は、”純粋さと調和、そして澄んだ和音の兄弟愛に満ちたたわむれで天国を開く”と語る人物(p4-5)。随所で語られる音楽と芸術に対するヘッセの思いは、音楽愛好家なれば特に共感の得られるところかもしれない。クーンの他に登場する二人の主要人物は、ムオトと本作の題名にもなっているゲルトルード。オペラ歌手のムオトは酒と女で、(自ら破滅的なものにしてしまっている)人生の苦悩を癒しているが、クーンとはお互いの音楽の理解と孤独であるという点があり親友になっていく。一方、クーンが好意を寄せる知的で若く美しい令嬢のゲルトルードは、理性的な点でクーンと共鳴する。本作がニーチェの「悲劇の誕生」に影響を受けたとしている解説があり、それによるとムオトは音楽芸術と情動の象徴のディオニュソスの、ゲルトルートは造形芸術と理性の象徴であるアポロンの要素があるとしている。この解釈は、このふたりの登場人物を理解するひとつのアプローチだろう(本書では、一人称で語るクーンに比較すると、このふたりの内面は十分には描写されていないのでクーンを通してしか測れない)。本書は、青春における恋愛の、理性ではどうしようもない性質を描いている。クーンは、最も素晴らしい人間がしばしば自分を破滅させる者を、まさに愛さずにはいられない(p164)と分析している一方で、自分自身も美人で男をもて遊ぶリディを”こんな世渡り上手な女を本気で愛することなど不可能だ(p10)”と頭ではわかっておきながらも夢中になってしまう。こうした青春期の恋愛のひとつを、”あの美しい憧れの令嬢をはじめて恋心や眼鏡ぬきに見て、自分が彼女のことを何一つ知らずにいたことを認めて、私は驚いた。自分がこの時期ずっと間違ったいかに悲しい生活をしていたかということに気づいた(p18-19)。と分析するクーンだが、一時の熱情が冷める性質であることは、結婚後のクーンの父親の母親に対する恋愛感情の性状の変化が語られるところでも述べられている。本書には神智学(接心論)に傾倒しているかつてのクーンの教師が登場するが、この人物の以下のセリフは魅力的。
”私と君との間には何の架け橋もないのだ、そして誰もが孤独で、理解されずに歩いて行くのだ、というのは妄想です。反対に、誰もが自分一人で個別に所有し、それによって他者から自己を区別しているものよりも、人間が共有しているものの方がもっと多く、もっと重要なのです。”p119
“あなたはいつも、これこれの人は自分を完全には理解しないし、自分のことをおそらく完全には正当に評価してくれない、などと考えるべきではありません。あなた自身がまず最初に他の人を理解し、喜ばせ、正当に評価することを試みるべきです。”p120
他に金言は以下。
学習者としての厳しい服従の中に、狭いけれどもはっきり認められる自由への道が通じているのを感じた。(p21)
ある人が事実をありのままに話すと、それを乱暴だとい思う人もいます(本当のことを言われると怒る人もいる)p48
あの晩以来、私の心の統一と最も繊細な調和への憧れとがどこかで鎮めてもらえることを私は見出した。そして、その人(ゲルトルート)の眼差と声に対して、私の内部の(一つ一つの)脈拍と呼吸が清らかに心から返事を与えるような存在が、この地上に生きていることを知った。p74
彼女を捕らえて私一人のためだけに連れ去る(独占する)などということは、私には到底考えられなかった。p75
青春は利己主義をもって終わり、老年は他者のための生でもって始まる。p101
人間がそれぞれ自分一人で持ったり行ったりしているものは全て無に帰してしまう。自分一人のためだけに生きている時よりも他者のために生きている時の方が満足度が高いのだ。p102
この上もない美しいこうした女性たちが哀れな破壊者のものになり、私の全ての愛と全ての善意が報われないなんて、ばかげた無意味なことだった。それはばかげて無意味なことだったが、事実そうだったのだ。p113
毎日の生活の循環に満足しないものは、真の人生の瞬間を求める。創造主との合一、神秘主義者たちが神との合一と呼んでいるもの。もし、至福とか天国とかいったものが存在するとしたら、それはこういった瞬間。そしてもしわれわれが、苦悩と苦痛の中で練り浄められることによってこの至福の状態を獲得できるのならば、どんな苦悩もどんな苦痛も決して逃れるべきほどに大きいものではないのだ。p116-117
愚かしく下劣な感情に支配されて身勝手な欲求を追い求め、友である彼女の夫を無視して彼女の心を我が物にしようとしたとしても、この悩みながらかたくなに自分の苦しみに耐えている優しい夫人に見つめられるならば、私は自分を恥じて、ただ同情と細心の配慮だけをもって彼女と向き合わずにはいられなかった。p162
この生徒が幸福を夢の中でしか体験しなかったからといって、決してその幸福感が弱まるわけではない。p263
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ヘルマン・ヘッセ全集 (7)ゲルトルート・インドから・物語集5(1912-1913) 単行本 – 2006/7/1
ヘルマン ヘッセ
(著),
日本ヘルマン ヘッセ友の会 研究会
(編集)
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ゲルトルート,インドから,物語集 5 1912-1913
- 本の長さ383ページ
- 言語日本語
- 出版社臨川書店
- 発売日2006/7/1
- ISBN-104653039771
- ISBN-13978-4653039778
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商品の説明
出版社からのコメント
第7巻には、足の不自由な音楽家がみずからの半生をふりかえり、恋と友情、芸術への思いを語る『ゲルトルート』、ヘッセの東南アジアへの旅行体験からうまれた『インドから』『ローベルト・アギオン』『いいなずけ』、実体験に基づく、ユーモラスな『朗読の夕べ』、少年時代のサイクロンを回想した『大旋風』、青春時代に過ごした街テュービンゲンを舞台に、実在の詩人達をモデルにした小説『プレッセルのあずまやで』の8作品を収録しています。
暖かくせつなく、そしてときにユーモラスな、心にしみこむヘッセならではの作品世界をお楽しみ下さい。
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〔訳者および担当作品〕
伊藤 寛(美しい夢/朗読の夕べ/プレッセルのあずまやで)
宇野将史(インドから)
岡田朝雄(大旋風)
松岡幸司(ローベルト・アギオン)
三浦安子(ゲルトルート)
吉田 卓(いいなずけ)
登録情報
- 出版社 : 臨川書店 (2006/7/1)
- 発売日 : 2006/7/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 383ページ
- ISBN-10 : 4653039771
- ISBN-13 : 978-4653039778
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,212,907位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 172位ドイツ文学の全集・選書
- カスタマーレビュー:
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