江戸時代末期~明治初期の長州・飛騨の食料消費量と栄養状態を、現在に残る史料をもとに定量的に再現することを試みた意欲的な研究成果が簡潔に記されている。その試み自体はたいへん興味深いと思い購入して読んでみたが、本書のなかで幾度か言及されている「残された史料、データの制約」という点に目をつぶるにしても、不満の残る内容というのが正直な感想である。
本書で試みられているプロセスを大雑把に言うと、史料中に記載がある各農水産物の「生産量」の数値を整理し、数量データがない地域については、データがある地域の平均値で補完しつつ、長州藩や飛騨地方全体の農水産物「生産量」を推定。移出入量も(記載がある場合のみ)いちおう考慮したうえで、全体の農水産物「供給量」を見積もり、その数値を当時の人口で割って「一人当たり供給量」を算出。さらに【20世紀後半の】食品標準成分表を用いて(無理やり)「一人当たり栄養素等の供給量」を推定する、という流れである。
問題は、利用可能な情報が少ないのは仕方がないとして、それらの扱い、補完・推定方法があまりに粗雑と言わざるを得ないところである。本来は、このような不完全な情報をもとに数量データの復元を試みる場合、考えうる誤差を考慮したうえで幅を持たせて推定し、最後にそれらの平均値を提示する、といったプロセスが必要不可欠のはずである。だが、それをせずにエイヤと推定した平均値だけをもとに次々と計算が展開されるため、最後に出てくる栄養素供給量に果たしてどれほどの意味があるのか、疑問である。その平均値だけを持ってきて(誤差はいっさい考慮せず)「エネルギーの(一人・一日あたり)供給量は天保期長州藩で1861キロカロリー、明治初期飛騨地方は1850キロカロリーで、天保期長州藩のほうが約10キロカロリー多かった。」(p.101)といった記述が出てくるが、この数字・記述には、申し訳ないけれどほとんど何の意味もない。
個人的には、現在残されている史料・情報から、各農水産物の「一人当たり供給量」を再現するだけで十分で(それでも大きな誤差はあるのだが)、それらを【20世紀後半の】食品標準成分表を用いて栄養状態まで再現する箇所は、膨らんでいるであろう誤差ゆえに数値がまったく信頼できず、蛇足としか思えない。
その他、あまりくどくど批判を書きたくはないのだが、気になった点として・・
・長州藩ではコメは七分づき、飛騨では玄米として計算しているが、その根拠が不明。
・長州藩について、移出米(特に大坂の堂島などに回されるコメ)の考慮があまりに大雑把。
・年間の供給量を一日あたり供給量に換算する際に365で割っているが、明治5年までの太陰太陽暦では1年=365日ではないのでは・・・?
・幕末~明治初期の数値は「摂取量」ではなく「供給量」であることはわかるが、それならば比較のための現在の数値も、国民健康・栄養調査(摂取量)ではなく、食糧需給表(供給量)から持ってくるべきではないか?
など、もう少し精査すればより説得的な数値、議論が展開できるのにと、たいへん惜しく感じた次第。
・・・とはいえ、歴史史料をベースに、近世の食料消費の動態を定量的に再現するという試み自体は、管見の限り日本での研究は殆ど存在しないため、意欲的かつ斬新な取組みとして大いに評価されるべきではあろう。他の史料や研究成果を取り込み、また数量データの推定・換算プロセスをさらに精緻化することで、大いに発展の余地のある研究内容なのではないかと愚考する次第である。
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江戸の食に学ぶ: 幕末長州藩の栄養事情 (臨川選書 32) 単行本 – 2015/5/7
五島 淑子
(著)
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購入オプションとあわせ買い
近年国際的にも高く評価されている「和食」。しかし、そもそも「和食」とはどのようなものなのか?本書では、主に天保期長州藩の地誌『防長風土注進案』を紐解き、食品と栄養の面から、近代化に伴い、欧米の食材が流通する以前の日本の食事・食生活について明らかにする。現代の日本人の食事・食生活との比較検討も行う。
【目次】
はじめに 和食がユネスコ無形文化遺産に
第一章 序論
第二章 天保期長州藩の農産物
第三章 天保期長州藩の水産物
第四章 天保期長州藩の鳥獣類
第五章 天保期長州藩における食料と栄養
第六章 明治初期飛騨地方における食料と栄養
第七章 19世紀中葉の日本の食生活
コラム1 古代米を炊く、蒸す
コラム2 鯨ベーコン
コラム3 ハクサイとマツタケ
コラム4 『注進案』の魚介類の記載
コラム5 食品成分表、食事摂取基準と食品群
コラム6 ホウレンソウと鉄
コラム7 野菜ジュースで野菜を摂取したことになるか
コラム8 美味しさとは
コラム9 バランスよく食べる
コラム10 注進案GISの作成のための地図データ
コラム11 注進案GISの活用例
コラム12 球状の豆腐の作り方―『豆腐百珍』から
コラム13 『万延元年の遣米使節団』にみる和食の原点
表
参考文献
あとがき
【目次】
はじめに 和食がユネスコ無形文化遺産に
第一章 序論
第二章 天保期長州藩の農産物
第三章 天保期長州藩の水産物
第四章 天保期長州藩の鳥獣類
第五章 天保期長州藩における食料と栄養
第六章 明治初期飛騨地方における食料と栄養
第七章 19世紀中葉の日本の食生活
コラム1 古代米を炊く、蒸す
コラム2 鯨ベーコン
コラム3 ハクサイとマツタケ
コラム4 『注進案』の魚介類の記載
コラム5 食品成分表、食事摂取基準と食品群
コラム6 ホウレンソウと鉄
コラム7 野菜ジュースで野菜を摂取したことになるか
コラム8 美味しさとは
コラム9 バランスよく食べる
コラム10 注進案GISの作成のための地図データ
コラム11 注進案GISの活用例
コラム12 球状の豆腐の作り方―『豆腐百珍』から
コラム13 『万延元年の遣米使節団』にみる和食の原点
表
参考文献
あとがき
- 本の長さ193ページ
- 言語日本語
- 出版社臨川書店
- 発売日2015/5/7
- ISBN-104653042276
- ISBN-13978-4653042273
商品の説明
著者について
昭和30年山口県生まれ。奈良女子大学大学院家政学研究科修了。家政学修士、学術博士。山口大学教育学部教授。専門は家政学、食物学、食生活学。著書に、『論集東アジアの食事文化』(共著、平凡社、1985年)、『卑弥呼の食卓』(共著、吉川弘文館、1999年)、『世界の食文化7 オーストラリア・ニュージーランド』(共著、農文協、2004年)など。
登録情報
- 出版社 : 臨川書店 (2015/5/7)
- 発売日 : 2015/5/7
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 193ページ
- ISBN-10 : 4653042276
- ISBN-13 : 978-4653042273
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,276,011位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 36,910位日本史 (本)
- カスタマーレビュー:
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