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アーミッシュの赦し――なぜ彼らはすぐに犯人とその家族を赦したのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ) 単行本 – 2008/4/25

4.7 5つ星のうち4.7 29個の評価

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平穏な村の学校で惨劇が起こった。銃の乱射で少女5人が死に、5人が重傷を負った。ところが、事件後すぐに、アーミッシュは犯人とその家族を赦す、と声明を出し、世界に衝撃を与えた。その背景と真因を探る話題の全米ベスト&ロングセラー。
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商品の説明

著者について

ペンシルベニア州エリザベスタウン・カレッジの特別招聘教授で同大学にある再洗礼派・敬虔派ヤング研究センターのシニアフェロー。邦訳書に『アーミッシュの謎─宗教・社会・生活』(1996・論創社)がある。

インディアナ州ゴシェン・カレッジの歴史学教授。アーミッシュの歴史と文化を多くの居住区について研究。

ペンシルベニア州メシア・カレッジの米国宗教史学助教授。平均的米国人がアーミッシュに抱く関心と、受け止め方を多様な観点から著述している。

翻訳家、ライター。著書『競走馬の文化史』(筑摩書房)で1995年度ミズノスポーツライター賞。『ニュース・ジャンキー』(当社刊)、『絶滅のゆくえ』(新曜社)、『小児科へゆく前に』(ジャパンマシニスト社)などの訳書、共訳書がある。

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 亜紀書房 (2008/4/25)
  • 発売日 ‏ : ‎ 2008/4/25
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 単行本 ‏ : ‎ 324ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4750508039
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4750508030
  • カスタマーレビュー:
    4.7 5つ星のうち4.7 29個の評価

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上位レビュー、対象国: 日本

2016年9月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
アーミッシュは、赦しについてつぎの二点を認識している。一つ、神に赦されるかどうかは、他者をどれだけ赦せるかにかかっている。二つ、加害者を赦すのは簡単ではない。だからこそ、彼らは子供に赦しを教え、彼ら自身も、赦しを実践するために多大な精力を費やす pp.179-180

神の赦しとは、もちろん精神的な苦しみである。
他の人を裁く人は、同じ量りで自らを裁くことになる。
それは、他者への怒り、自己嫌悪、憂鬱、孤独な生にへと繋がっていく。

重要なのは、正規の宗教教育がない、ということ。
ソクラテスの「無知の知」とは、まさにこのことだろう。
神学は大事であり、興味を持っているが、神学の難解な知識が信仰自体に絶対的に必要なわけではない。

もちろん、アーミッシュの人々を理想化、偶像化してはならない。
まさに、人を神のように見なすこと、考えることこそイエス・キリストがしてはならないといったことだからだ。
アーミッシュの人たちが、マスコミを好まないのも、彼らを理想化する人たちを避けたいという考えからだろう。

そして、まさに著者も、

アーミッシュの赦しにも問題はある p.216
(アーミッシュ内での性暴力の被害者に許しを強要し、再発防止ができていないことなど)

と挙げており、アーミッシュの人たちを単純に理想化することが正しくないことを指摘している。

とにもかくにも、日本に住んでいると、地理的にはかなり遠いアーミッシュの人たちの思想を
知ることの出来る良い本である。
29人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2019年12月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この本はみなさまにお勧めします。子どもたちが銃撃で無くされ、どんなに辛く、苦しい毎日を送られていると思いますが、このアーミッシュの教会の群れは、教会中で助け合い、慰め合い、励まし合って生きているクリスチャンの態度と行動には頭が下がります。日本人には考えられない信仰です。日常的に聖書を徹底してデボ-ションされていますね。日本人のクリスチャンはこの本を読まれて、学ぶことが多くあると思います。また、こういう本を出版された方々にも感謝いたします。
3人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2019年6月3日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
「赦す」ということは、普通の人ではできない。アーミッシュの赦しから、この世界で起きている惨劇に、どう対していけるかが学べる。身近な問題を取り扱っている。
5人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2015年3月8日に日本でレビュー済み
・アーミッシュへの批判的なことを書きますが、アーミッシュの共同体の掟を破る者はシャイニング(破門)されるという、一見すると赦しに反する罰が与えられます。一般的に言って、自分達の共同体を守るには、ときには、共同体と相反する考えに則った言動をする仲間を、排除しなければなりません。あるいは被害者を守るために、攻撃の手を一向に緩めようとしない仲間を、排除しなければなりません。
すべての相手の不寛容を赦すことは、共同体や個人の存在意義と尊厳を崩しかねません。アーミッシュの何百年続く赦しの文化でも、個人の考え方は矯正できませんし、逸脱を防ぎきれません。
そしてこの矛盾がもつ課題は、人類にとって極めて古典的ですが、現実的かつ普遍的でもあり、常に解決が求められるものです。近年は社会的包括の重要性が問われていますが、いかなる者も100%排除しないということも、現実にはあり得ない。しかし排除は排除に変わりなく、赦されなかった者・排除された者をどのように包括するのか、あるいはそれ以外の対応をするかを、考えなければならないでしょう。

私は、この世界には不寛容も排除もあるという事実とこの矛盾が辛く、どんな心構えをすればいいかわからず、赦しの文化をもつ彼らの考え方を参考にしたくて、本書を取りました。
しかし本書を読む限りでは、案外アーミッシュたちはそこについて言語化できていません。結構わからないものをわからないまま抱えて生きているんだな、と思いました。その矛盾について、もっと市民の声を聴いてみたかったです。

・私は、今の日本社会は心理的に潔癖に感じられるのですが、そんな社会に疑問を持つ私としては、アーミッシュの視点は重要に思えます。どれだけ生命と尊厳に対する罪が大きくても、それも広義の見方で言えば一つの失敗にすぎません。いかなる罪を犯した人たちも、何度でもやり直せる社会であればいいのにと思います。
一方で、そうは言っても、殺された命は戻らず、削がれた尊厳は元どおりにならない。被害者の中には、生涯の傷を負う人も少なくありません。本書で殺された少女の家族は、ただちに射殺事件の犯人を赦しただけではなく、なんと射殺事件の犯人とその妻、そして殺された少女を同列に扱いました。お互いが今後はかかわらない関係で共存するのではなく、親密的で情緒的な関係でつながることまで至ったのです。赦しとはそこまでしなければならないのか、と拒絶反応を起こした人も少なくないはずです。

赦すのも排除しないのも、ものすごく難しいことです。ましてや、彼らが自らの行為で失ってしまったり元々持ちようがなかった、これからの豊かな関係性の回復までも視野に入れるとなると、我々のほとんどにとって、苦難の道のりでしょう。しかし、もしもこの世界から重くて辛い悲しみを無くしたいのなら、その罪を犯すまでに至った、社会からの様々な重荷や孤立を見つめ、そのひと個人を見つめ、罪を償ったり罪を犯さなくて済むようなつながりを模索しなければならりません。それは一見すると、個人の信条とはかけ離れるのですが、もうこれからの社会は、個人にも共同体にも、関係性のあり方を求められるように思えてなりません。

今すぐアーミッシュのようになれとは言えません。
みなさんが知ってる通り、赦しとはそれだけ難しいのです。
しかしアーミッシュの赦しの態度は、今の世界には学ぶものが多いように思えました。
8人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2011年4月10日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
沢山の方が、あらすじを書いていらっしゃるので、そこは省きます。

この本は、自分の家族を殺した犯人を赦す事が出来るのか?という事に焦点があたっているように見えますが
「赦しは、個人的な行為とは限らないし、赦す事で社会にどんな影響があるか」を問うて
社会学の視点から問題を見ています。

アーミッシュが他人を赦すのは、キリスト教徒なら必ず唱える「主の祈り」の解釈にあります。

アーミッシュ特有の解釈ともいえる「他人を赦さなければ、自分も(神に)赦されない」という考え方は
非常に厳しく、神聖な祈りとして心に響きました。

しかしアーミッシュの暮らす北米は、その他大多数の国と同じく、そのような社会ではありません。
そこに問題があります。

私は日本のプロテスタント教会の信徒なので、とても参考になりました。
「主の祈り」をアーミッシュの様には解釈していないし
そもそも「あなたを赦します」という言葉は傲慢ではないのか?

同じ教会の人たちと一緒に読んで、考えて行きたい内容です。
9人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2015年7月22日に日本でレビュー済み
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たいへん読み応えのある素晴らしい書物でした。神さまが、私どもの罪を赦してくださったことを、最大限に重くとらえて生活にあてはめておられる方々が、この世界に居られることが、驚きでした。、
6人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2011年2月14日に日本でレビュー済み
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 2006年10月2日、銃と暴力とテロに脅える現代のアメリカ社会における最後のサンクチュアリとされていた、ペンシルべニア州ランカスター郡でのアーミッシュ学校襲撃殺傷事件は、当時全世界を震撼させた程の衝撃と驚愕を与え、同時に「オールドオーダー・アーミッシュ」と呼ばれる彼等、イエスの教えを忠実に守る信徒達の生活様式や心象風景をも浮き彫りにした。しかしながら、事件を知った誰もが信じ難く、あらゆる論議を醸し、後に彼等の評価が高められた論点は、五人の死亡者、そして同じく五人の重傷者の少女達の家族が、事件後数時間ですみやかに犯人を許した、という点にある。
 全ての信徒達が、ほぼ統一された質素な飾り気の無い衣服を身に付け、テレビやインターネットはおろか、屋内には電気や電話も設置せず、自動車の運転も禁じる等、様々な制約があるのだが、彼等はごく自然にその生活様式を受け入れているかの様に思える。尤も、各々の家庭の経済状況によっての制限の無い食生活や、産児制限をせず平均七人、多い家庭では十人以上の子供を設けると云う夫婦愛や家族愛という豊潤なる愉悦を拠り所として穏やかに過ごす彼等の生活は、「信仰心による愛」と云う見えない点から始まる普遍的で連続的な線であり、さながらメビウスの輪の如く始点と帰点が一致しており、彼等独自の世界観で永遠に構築されているかの様である。何時如何なる場合でもイエスの教えを忠実に守るといった、その揺るぎの無い信仰心が、このランカスター郡のニッケル・マインズ付近のアーミッシュ学校襲撃殺傷事件で明確に証明された。「不自然なるものは不完全である」という言葉を残したのは、フランス皇帝ナポレオンであるが、事件の被害者家族は、如何に厳格な規律を遵守するアーミッシュといえども、人間の感情と云う面でのみ捉えれば不自然とも受け取れる。事実、彼等アーミッシュの事件後の在り様を批判する論説も少数派ではあるが、現代文明を享受する社会の中で取り上げられ、物議を醸した様であった。
 悲憤慷慨の怒りと絶望を九年間も抱え込み、神への復讐の為に残虐な犯行に及び、プラトンの言葉を借りて表現すれば、「神への最大の反逆」である自殺で事件の幕を下ろした犯人の、残された妻や子供達に対し、被害者家族のアーミッシュは、「徳を以って恨みに報ゆ」と云う老子の言葉そのものの、愛と恵みと赦しを以って臨む。その言動は、彼等アーミッシュの各教区ごとにおけるイデオローグであるビショップ(bishop)と呼ばれる精神的監督者の指導に拠るものではなく、あくまで自発的かつ自然発生的なものであった為、人々の多大な感動を呼び、彼等にこの上無い賞賛が与えられたのである。
 この事件で発生した「愛」と「恵み」と「赦し」は、キリスト教の「創造主」「創造主の子」「その精霊」、この三者は同等であり融合していると云う「三位一体」の教説に観点が類似していると仮定すると、これ等の与え難い感情は、本書の中で著者が名付けたと思われる<アーミッシュ・クリスチャン>と云う厳格で狭義な教えを遵守する信徒達のみに与えられた、神からの最大なる恵みとも受け取れるのではないか。無論、彼等は原始キリスト教信者ではなく、生を終えた人間が転生すると云う信仰は持っていない様であるので、虐殺された子供達は、神に呼ばれ神の元に喜んで帰ったのだ、と自分自身の気持ちを納得させる。そして彼等アーミッシュの起源であるアナバプテストの殉教者達の列に加え、日々祈る、と云う措置を取る。その「意」を乗せる毎日は、決して「アタラクシア(ataraxia)」と云う、何事にも乱されぬ平静な心の状態では無く、深く悲しみ、涙が流れる日々が続く。赦せば自分達も神に赦される、と云う信仰心から成る信念を持って。
 本書には、ランカスター郡ニッケル・マインズのアーミッシュ学校襲撃殺傷事件が起きる以前にも、交通事故や、他宗教者からの心無い攻撃によってアーミッシュが被害者となり、命を奪われる事件が数件報告されている。いずれにしろ、アーミッシュの彼等は信仰心に則り、「赦し」を行なう。言い換えれば、「赦し」が行なえる様に信仰心を日々育み、アーミッシュとしての生活を過ごしてきたからこそ、実行出来る様である。ランカスター郡のアーミッシュの事件の場合は、凄惨な虐殺事件であった為、極めて注目を集めたが、彼等にとっては特別な心情では無く、いわば神の計らいとも捉えているかの様でもある。
 Whom the gods love die young.  家族間ではペンシルベニア・ジャーマンと呼ばれる地方訛りのドイツ語で、礼拝においては地域にもよるがハイ・ジャーマンと呼ばれるドイツ語で、多分に彼等にしか聞き取れない言葉で遺された家族達に対し、穏やかに諭しているかもしれない。「神の愛したもう者は若死にする。」深い信仰心を持ち得てこその人間にのみ使われるべき言葉ではあるが。
 
 
 
 
6人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2011年9月28日に日本でレビュー済み
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私し、クリスチャンですが、自身の歩みが、聖書に根差した歩みなのかを、深く考えさせて頂ける本です。
クリスチャンの方にも、ノンクリスチャンの方にも、自身の今までの生き方を考えながら、客観的に読むことが好いのではとないかなと思います。
感じ方は、人それぞれ違うと思いますが、複数回にわたってお読みになる事をお勧め致します。
6人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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