本書は全体的に、大学理系人の”実”(経済)社会に対するコンプレックスが散見しており、基礎科学と経済活動との関係についてはナイーブな議論に終始している。
理系離れのくだりでは生涯賃金格差の側面が強調されているが、本書の論拠に反して理系の賃金のほうが多いとするレポートもある。というか、大学の存在意義を主題とする書物にて、文理格差の議論はそぐわないとおもうし、精神性の高さと給与をリニアとするダイナミクス(物理)は実社会にはない。資本主義という”場”では、他者との関係の深さと金銭的価値が相関しうることは、経済原理としてわかっているが。
日本における若者や企業からの大学離れの本質は本書が語るよりも根が深いとおもう。”他者との関係の質”が大きく変化していることに起因しているとおもわれる。人間の精神活動への刺激を考えたとき、技術的発展の成果による生活の質が変化するスピードは、リニアモデルが成立した時代とそれ以降では、実感として明らかに鈍化してしまった。さらに、IT化以降情報コミュニケーションの質が大きく変化し、個人が多様な現実的なものとの関係をよりたやすく持つことができるようになった。相対的に理系的なものからの刺激が減少したのである。他方、その関係性が誘起する現実的な緒問題もより複雑化し、旧来の実証学的なアプローチだけではその解法は得られなくなっている。本書の末尾でようやく、茂木氏と梅田氏の対談を引き合いにして語られていように、大学へ進学することがその謎を解く解法ではなくなってしまった。実はそうした直感が行動としてあらわれているだけかもしれない、と思うほうが評者としては人間の可能性に対して希望が持てる。
企業との関係性は、日本の大学がもつ内在的な負の部分にとても理性的とは言えないところに無視できないレベルの原因があると思われるが、大学人にそれを議論させることはそもそも無理かもしれない。
「中央研究所の終焉」の本質は、トランスレーショナルリサーチの丁寧な説明にあるように、実用化にいたる道程の質がこれまでの経験とは大きく変化したということにある。また終焉した理由は単純で、各企業の基礎研究に対するアフォーダビリティにある。ではより大きな枠組みであるならば、現在可能な基礎研究的活動すべてがアフォーダブルであるというのだろうか。
海外では、時代ごとに理系研究者が主体的な立場から経済学や政治学的にそのアフォーダビリティを実践的に検討し、実現する活動がなされた。そしてその成果としての20世紀の爆発的な進歩を経て、中央研究所の終焉という「イノベーションのジレンマ」の時代に自発的に突入してしまったのである。
本書では日本における研究者のエコシステムの議論について、社会は研究者からの発言をタブー視していたとセンチメントに言い訳するが、実は自らがそのかかわりの一切を無視していたことを議論していない。内的ポリティクスを原因としたトリスタン加速器の設計ミスは言わず語らずだったとおもうが、それなのに次世代プロジェクトを実現させその成果を万雷の拍手で賞賛したのは社会ではなかったか? 彼らは自分たちの営みを能動的に語っていたのだろうか。
大学はなぜ必要かという問いに対する解はほぼ直観的に得られるだろう。ただ、本書の解法や展開はかなり乱暴なかんじがする。基礎科学と社会との関係についての具体的かつ本質的な議論はMBAやMOTに関連した研究にて詳しくかつ冷静に行われているのでそれを参照されたい。
最後に、ファラデーの発言について。ファラデーは、電磁誘導の発見以降自身が電信技術の開発に着手しており、少なくとも自分の子供がどのようなフィールドで活躍できるかという可能性についてインスピレーションをもっていたようである。基礎科学に携わる研究者には自身と他者との関係性についてより深い検討と洞察、そして直接的な活動が期待される。
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大学はなぜ必要か 単行本(ソフトカバー) – 2008/3/19
学術研究フォーラム
(編集)
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「研究」という知の営みを行ううえでの大学、教育を行う機関である大学、社会のなかでの大学に焦点をあて、大きな変革期にある大学が果たすべき役割と、未来の日本を支える大学のあり方を探る。
- 本の長さ189ページ
- 言語日本語
- 出版社NTT出版
- 発売日2008/3/19
- ISBN-104757141815
- ISBN-13978-4757141810
商品の説明
著者について
学術研究フォーラム
2001年11月に開催された「我が国の学術研究の明日を語る会~ノーベル賞連続受賞を祝して~」に集まった人々の賛同を得て、2002年4月、学術研究フォーラムが発足した。
その目指すところは、
1.学術研究者の社会的自覚を促す。
2.学術研究の重要性を社会に知らせる。
3.学術研究推進のための環境整備を促進する。
である。
代表幹事
末松 安晴(すえまつ やすはる)
(国立情報学研究所長
小林 陽太郎(こばやし ようたろう)
富士ゼロックス会長
阿部 博之(あべ ひろゆき)
東北大学長
郷 通子(ごう みちこ)
名古屋大学大学院理学研究科教授
石井 紫郎(いしい しろう)
東京大学名誉教授
白川 英樹(しらかわ ひでき)
筑波大学名誉教授。2000年ノーベル化学賞受賞
池端 雪浦(いけはた せつほ)
東京外国語大学長
鈴木 昭憲(すずき あきのり)
秋田県立大学長
小平 桂一(こだいら けいいち)
総合研究大学院大学長
野依 良治(のより りょうじ)
名古屋大学大学院理学研究科教授。2001年ノーベル化学賞受賞
2001年11月に開催された「我が国の学術研究の明日を語る会~ノーベル賞連続受賞を祝して~」に集まった人々の賛同を得て、2002年4月、学術研究フォーラムが発足した。
その目指すところは、
1.学術研究者の社会的自覚を促す。
2.学術研究の重要性を社会に知らせる。
3.学術研究推進のための環境整備を促進する。
である。
代表幹事
末松 安晴(すえまつ やすはる)
(国立情報学研究所長
小林 陽太郎(こばやし ようたろう)
富士ゼロックス会長
阿部 博之(あべ ひろゆき)
東北大学長
郷 通子(ごう みちこ)
名古屋大学大学院理学研究科教授
石井 紫郎(いしい しろう)
東京大学名誉教授
白川 英樹(しらかわ ひでき)
筑波大学名誉教授。2000年ノーベル化学賞受賞
池端 雪浦(いけはた せつほ)
東京外国語大学長
鈴木 昭憲(すずき あきのり)
秋田県立大学長
小平 桂一(こだいら けいいち)
総合研究大学院大学長
野依 良治(のより りょうじ)
名古屋大学大学院理学研究科教授。2001年ノーベル化学賞受賞
登録情報
- 出版社 : NTT出版 (2008/3/19)
- 発売日 : 2008/3/19
- 言語 : 日本語
- 単行本(ソフトカバー) : 189ページ
- ISBN-10 : 4757141815
- ISBN-13 : 978-4757141810
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,753,339位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 3,385位高等教育 (本)
- - 39,654位教育学一般関連書籍
- - 109,919位教育・学参・受験 (本)
- カスタマーレビュー:
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2009年8月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2008年4月27日に日本でレビュー済み
ここ数年で大学は大きく様変わりした。孤高な「象牙の塔」は瓦解し、いまや社会に迎合する「サービスセンター」へと化している。
この変化には、社会からの期待や要求、それに監視の目が増したという時代背景がある。研究に税金を投入してきた社会は「金を出す以上、口も出す」として、大学を放っておかなくなったのである。
だが、改めて大学とはどんな場かと聞かれると、大学の中にいる人はまだしも、外側の人は答えづらいだろう。本書は一通り、その答を示している。共著のため「これが大学だ」という総じた結論はないものの、論の積み重ねから大学の役割を浮きぼりにすることはできる。
1章・2章では、学術とは何かを確認した上で、日本の大学の現状をデータなどから客観的に概観する。日本企業は日本の大学に投資せず、学生も海外に比べかなりの私費負担を強いらているようなデータも示される。大学に注目しはじめたはずの世間は、意外と大学に手厳しいようだ。
中心は3章と4章。
3章では「研究と大学」を論じる。本章の筆者はいわゆる「死の谷」問題を「基礎研究と社会還元のあいだにある『足踏み状態』」と表現し、その原因を構造的に分析する。死の谷のできる場所として「探索研究」段階に求めている。
探索研究とは、基礎研究の成果を社会の利益につなげる方法を探す研究段階。“基礎”と“応用”の分かれ目だ。ここには、よく指摘される社会による投資の少なさの他に、基礎研究者と応用研究者のディスコミュニケーションという現実的問題もあるという。基礎研究者は応用研究者を「カネのことばかり考えて」と批判し、応用研究者は基礎研究者を「役に立たないことばかりやって」と見下す。大学に籍をおく筆者の実感のこもった分析だ。組織も人からなることを感じさせる。
いっぽう4章の主題は「教育機関としての大学」。生涯教育の場と化した大学に、“自己投資”のための大学から、“消費”のための大学への変化を感じてしまう。さらに興味深いのは、社会が求めている大学教育とは何かを論じた部分だ。
博士課程まで進むとしても、そこまでの高等教育期間は10年たらず。「企業が求める知識をすべて大学で身につけるのは無理」と切りすてる企業側の声もある。たしかに20歳台後半で企業に就職すれば、その後30年以上の労働年数が待っている。
本章の筆者が書くように、こうした声に対して大学側が強調すべきは、大学は思考を学ぶ場であるという点だろう。大学での専門と就職先でのタスクはかならずしも一致しない。しかし、その人の行動の土台となる発想力や判断力などは、多くの状況で役立つもの。目に見えるものではないが、大学は考え方を身につけることできる場であることを見逃してはなるまい。
最後の5章は「社会の中の大学」の捉え方が示されている。インターネットの発達が、大学と企業の付き合い方、大学と社会の付き合い方に構造的変化をもたらしている点を強調している。研究者が論文をウェブに公開し不特定多数の評価を得ることで、批判の多い同業者評価(ピアレビュー)制度をやめてみては、という大胆な提案も紹介している。
これら議論から、書名の「大学はなぜ必要なのか」という問いに対して導きだせる答は何だろう。評者には「大学でしかできないことができるから」という言葉が浮かんだ。社会をじつは支えている基礎研究しかり(第4章)、目先の利益にとらわれない普遍的な知識・思考の教育しかり(第5章)、知識資本主義の利益の源泉である“新知識”の創造しかり(第6章)。
こうした大学の大学たる部分に対して、研究予算や運営費交付金を配分する国は「社会的利益への直結性が見えない」と冷ややかだ。いまの大学が抱える悩みである。
何に役立つとは言いづらいけれど、いつかは役立つ(かもしれない)。そうした引き出しを大学は多数、社会に与えてきた。大学が大学らしさを維持したいのであれば、大学は「自分たちはなぜ必要か」を社会に示していくしか道はないのだろう。物理学者ファラデーは「生まれたばかりの赤ん坊が何の役に立つのですか」と言ったそうだ。
この変化には、社会からの期待や要求、それに監視の目が増したという時代背景がある。研究に税金を投入してきた社会は「金を出す以上、口も出す」として、大学を放っておかなくなったのである。
だが、改めて大学とはどんな場かと聞かれると、大学の中にいる人はまだしも、外側の人は答えづらいだろう。本書は一通り、その答を示している。共著のため「これが大学だ」という総じた結論はないものの、論の積み重ねから大学の役割を浮きぼりにすることはできる。
1章・2章では、学術とは何かを確認した上で、日本の大学の現状をデータなどから客観的に概観する。日本企業は日本の大学に投資せず、学生も海外に比べかなりの私費負担を強いらているようなデータも示される。大学に注目しはじめたはずの世間は、意外と大学に手厳しいようだ。
中心は3章と4章。
3章では「研究と大学」を論じる。本章の筆者はいわゆる「死の谷」問題を「基礎研究と社会還元のあいだにある『足踏み状態』」と表現し、その原因を構造的に分析する。死の谷のできる場所として「探索研究」段階に求めている。
探索研究とは、基礎研究の成果を社会の利益につなげる方法を探す研究段階。“基礎”と“応用”の分かれ目だ。ここには、よく指摘される社会による投資の少なさの他に、基礎研究者と応用研究者のディスコミュニケーションという現実的問題もあるという。基礎研究者は応用研究者を「カネのことばかり考えて」と批判し、応用研究者は基礎研究者を「役に立たないことばかりやって」と見下す。大学に籍をおく筆者の実感のこもった分析だ。組織も人からなることを感じさせる。
いっぽう4章の主題は「教育機関としての大学」。生涯教育の場と化した大学に、“自己投資”のための大学から、“消費”のための大学への変化を感じてしまう。さらに興味深いのは、社会が求めている大学教育とは何かを論じた部分だ。
博士課程まで進むとしても、そこまでの高等教育期間は10年たらず。「企業が求める知識をすべて大学で身につけるのは無理」と切りすてる企業側の声もある。たしかに20歳台後半で企業に就職すれば、その後30年以上の労働年数が待っている。
本章の筆者が書くように、こうした声に対して大学側が強調すべきは、大学は思考を学ぶ場であるという点だろう。大学での専門と就職先でのタスクはかならずしも一致しない。しかし、その人の行動の土台となる発想力や判断力などは、多くの状況で役立つもの。目に見えるものではないが、大学は考え方を身につけることできる場であることを見逃してはなるまい。
最後の5章は「社会の中の大学」の捉え方が示されている。インターネットの発達が、大学と企業の付き合い方、大学と社会の付き合い方に構造的変化をもたらしている点を強調している。研究者が論文をウェブに公開し不特定多数の評価を得ることで、批判の多い同業者評価(ピアレビュー)制度をやめてみては、という大胆な提案も紹介している。
これら議論から、書名の「大学はなぜ必要なのか」という問いに対して導きだせる答は何だろう。評者には「大学でしかできないことができるから」という言葉が浮かんだ。社会をじつは支えている基礎研究しかり(第4章)、目先の利益にとらわれない普遍的な知識・思考の教育しかり(第5章)、知識資本主義の利益の源泉である“新知識”の創造しかり(第6章)。
こうした大学の大学たる部分に対して、研究予算や運営費交付金を配分する国は「社会的利益への直結性が見えない」と冷ややかだ。いまの大学が抱える悩みである。
何に役立つとは言いづらいけれど、いつかは役立つ(かもしれない)。そうした引き出しを大学は多数、社会に与えてきた。大学が大学らしさを維持したいのであれば、大学は「自分たちはなぜ必要か」を社会に示していくしか道はないのだろう。物理学者ファラデーは「生まれたばかりの赤ん坊が何の役に立つのですか」と言ったそうだ。