2013年 BBCで放送された A Very British Murder を監修者自ら書籍化したものの全訳。
一般向けだが、論文調だ。硬い文章の苦手な人には薦めないが、読みごたえはある。
タイトル通り、巻末でハメットとチャンドラーが登場する以外は、英国国内に特化した歴史書。19世紀から20世紀半ばのエポックとなる犯罪と犯罪小説をめぐる文化史である。
巻頭、殺人者の皮膚で装丁した本や、しなびた頭の皮などのカラー写真があり猟奇的興味も惹くが、本全体の内容は全くキワモノではない。
トマス・ド・クインシーのエッセイ「芸術作品として見た殺人」あたりから語り起こし、ジョン・ウィリアムズのラトクリフ街道殺人事件、ジョン・サーテルのエルストリー殺人事件、タッソー社の蝋人形館、ラドクリフ夫人の『ユードルフォの謎』など恐怖派小説（ゴシック・ノヴェル）、スウィーニー・トッドの物語に代表される「ペニー・ブラッド」小説、「ニューゲイト・ノヴェル」の作者としてのディケンズ、ウィリアム・コーダーの赤い納屋殺人事件、フレデリック・マニング夫妻のバーモンジー殺人事件、医師ウィリアム・パーマーによる毒殺事件、ロード・ヒル・ハウス殺人事件、ウィルキー・コリンズやメアリ・エリザベス・ブラッドンによるセンセーション小説（『月長石』の犯人はバラしてしまってるが）……
切り裂きジャックは人口に膾炙され過ぎているからだろうが、あっさりした記述で、『ジキル博士とハイド』との関連性を語る程度。ホームズについても言及はされるが類書に比べれば簡単な記述である。
警察の変遷はもちろん、例えば現実の殺人が減るほど事件への注目度や小説の需要が高まる点なども指摘し、エピソードの数々も歴史の全体像から捉えられている。
女性歴史家としての切り口も目を引く。
殺人者と考えられるが断罪されなかったマドレイン・スミスとフローレンス・ブラヴォーの例からヴィクトリア朝の女性観を読み取るのは興味深い（12章）。
女探偵の登場する先駆としてキャサリン・クロウの『スーザン・ホプリーの冒険――または状況証拠』（1841.）が紹介されているが、全く知らない作品で勉強になった（18章）。
探偵小説の黄金時代も、クリスティ、セイヤーズ、マージェリー・アリンガム、ナイオ・マーシュの四天王を中心に物語る。特にセイヤーズには思い入れが深いことを隠さない。P・D・ジェイムズも登場する。
著者「あとがき」中の探偵ドラマ『フォイルの戦争』は『刑事フォイル』と訳したほうが分かりよかっただろうが。
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