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人間は料理をする・下: 空気と土 単行本(ソフトカバー) – 2014/3/13
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購入オプションとあわせ買い
料理は人類最大の発明である。人類は料理のおかげで高度な文明を築けた。しかし今、加工食品を買い、料理をしない人が増えている。これは人類に重大な影響をもたらすのではないか?
この問題を考えるため、フードジャーナリストである著者が、料理修業に旅立つ。愉快な料理修業を通じた多くの気づき、ユニークな料理人たちとの出会い、そして深い教養に裏打ちされた文明論が満載。料理という世界の奥深さを知ることができる(巻末にレシピも掲載)。
この問題を考えるため、フードジャーナリストである著者が、料理修業に旅立つ。愉快な料理修業を通じた多くの気づき、ユニークな料理人たちとの出会い、そして深い教養に裏打ちされた文明論が満載。料理という世界の奥深さを知ることができる(巻末にレシピも掲載)。
- 本の長さ300ページ
- 言語日本語
- 出版社NTT出版
- 発売日2014/3/13
- 寸法13.6 x 2.4 x 19.6 cm
- ISBN-104757160593
- ISBN-13978-4757160590
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対象商品: 人間は料理をする・下: 空気と土
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商品の説明
著者について
1955年ニューヨーク生まれ。フードジャーナリスト。カリフォルニア大学バークレー校ジャーナリズム科教授。共著書に『雑食動物のジレンマ』(上下・東洋経済新報社)などがある。
登録情報
- 出版社 : NTT出版 (2014/3/13)
- 発売日 : 2014/3/13
- 言語 : 日本語
- 単行本(ソフトカバー) : 300ページ
- ISBN-10 : 4757160593
- ISBN-13 : 978-4757160590
- 寸法 : 13.6 x 2.4 x 19.6 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 214,474位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 2,438位社会一般関連書籍
- - 43,648位ノンフィクション (本)
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2015年1月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
上下巻からなる書籍ですが、特に下巻が著者の書き方もうまくなってきていることもあり、読みやすく、また内容が充実している。最近の文献も参考文献として多く添付されておりバックグランドもしっかりしていると感じる。最新情報の羅列ではなく、タイトルの通り人間が料理するに至る生かされている部分、料理とは人間だけによるものでないことが伝わる。管理調理師や医師という専門家から家族の料理をつくる方まで読んでほしいと思った。
2016年11月23日に日本でレビュー済み
著者が随所で「料理修業」と記しているとおりまぎれもない料理書だと思いますが、上巻は材料の化学変化を主体に書かれていた料理の過程が下巻では微生物による生分解となっています。相変わらずの博識ぶりを発揮したこぼれ話的な歴史解説、医学解説もあり一気に読ませる力があります。
下巻は発酵食品、具体的にはパン、漬物(ピクルス)、チーズ、ビールの修行をします。
下巻は発酵食品、具体的にはパン、漬物(ピクルス)、チーズ、ビールの修行をします。
2021年9月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
かつて、マルクスは生産力と生産関係の矛盾から歴史を見る唯物史観、生産にかかわる人間集団間の関係から歴史をとらえる階級闘争史観を提唱した。
このマイケル・ポーランの著書からは、まるで料理史観とでもいうべき、人類史への新しい視点が与えられた。
といっても学術書ではなく、ジャーナリストである著者が、「火・水・空気・土』という古代ギリシア哲学が考えた4つの元素に基づきながら、料理を学び、達人に取材をする、という比較的軽い読み物である。
ただし、その中に、人類史や文化人類学的な先人たちの知見が織り込まれていて、彼の世界観を明瞭に浮かび上がらせている。
火とはバーベキューに代表される、焼く料理のことである。
人は焼くことを発見することで、人類史的に大きな進化を遂げた。
それまで咀嚼に起きている時間の大半を使っていたのだが、肉を生ではなく焼いて食べるようになったことで、咀嚼の時間が短くなり、時間を他のことに使うことができるようになった。
ちなみに、チンパンジーは起きている時間の8割を咀嚼に使っているそうである。
そして、この獲物である動物を焼くという行為は、文化人類学的に見ると、どの民族においても「男」の役割であった。
これに対して、水、即ち煮るという料理は、鍋の発明が必要とされた。
少なくとも土器や陶器が発明されてから始まった。
もっとも、土に穴を掘って水を入れて焼けた石を投げいれる、という方法もなかったわけではないだろうが。
これは獲物を焼くよりもはるかに多くの食物に対応でき、煮ることで人間の食生活はさらに大きく変わった。
それ以前は消化できなかったものも食べられるようになったのである。
その意味で、鍋は人間の胃の役割を代行している、という。
そして、文化人類学的には、どの民族も焼くことが「男」の行為とされるのに対して、煮ることは「女」の行為として、つまり家の中で行われる料理として区別されてきたことが語られている。
さらに、この本は下巻では、空気としてパンの発明・発見を語る。
パンの発明以前は、人々は小麦にしても、煮て粥にしてたべるか、ペースト状にして焼いて食べるかしていた。
しかし、これを発酵させることで、小麦のままでは消化できなった要素も、酵母菌のおかげで消化できるように調整されるようになった。
こうして、パンの発明以来、古代エジプト、古代ギリシャ、古代ローマという文明が花開くようになった。
しかし、著者は精白小麦粉について、批判的に事実を明らかにする。
小麦粉の中で胚芽やふすまを取り去ることで真っ白い粉ができるのだが、それをどんどん進めた結果、小麦粉にはビタミンなどの栄養分がなくなり、取り去った栄養分を人工的に加えることがアメリカでは義務付けられているのだそうである。
最後の土は、パン以外の発酵である。
人間は個体ではなく、1兆もの微生物と共生する超個体であるという。
人間の腸内環境は、微生物によって整えられているが、パスツール以降、この微生物を退治することが清潔=健康して捉えられるようになった。
例えば、母乳はオリゴ糖が含まれているが、このオリゴ糖は赤ちゃんは分解吸収できない。
では、進化の究極である母乳にオリゴ糖が含まれているのか。
近年の研究では、オリゴ糖は赤ちゃんの腸内の細菌のために含まれていることが分かってきた。
ところが、こうした微生物は、人間から近年では遠ざけられた結果、人間の免疫体系はある種のたんぱく質を敵とみなす行動をとるようになった。
それが花粉症などのアレルギーが近年蔓延している理由だと指摘する。
(ここなどは回虫博士の説にも近い)
面白いのは、自然の発酵は、何度も主人公を入れ替えながら、人間に都合のよいものに最終的に向かっていくというプロセスである。
最初はある菌が発酵を司るが、その菌が作り出した環境がその菌の生存に適さないようになる。
すると別の菌が登場して、また環境を作り替える。
そしてまた同じことが起こる。
これを繰り返すことで、なぜか、人間に適した発酵に至り、そこで安定するのである。
もちろん、そのように都合よくいくものばかりではく、単なる腐敗も多くあるのだが、世界にある発酵食品のほぼすべては、そのようなプロセスの結果、人間が食べられるものとして安定するのだそうである。
これは発酵菌が人間を使って繁栄する戦略と、人間との共生と見ることもできる。
さて、こうした焼く、煮る、パン、発酵を通じて、人間はそれまで食べられなかったものを摂取できるよになり、保存できるようになった。
狩猟から農耕への移行が文明の発展を促したという定説に対して、それを否定はしないものの、別の視点を提供してくれる本である。
ぼくはといえば、この秋から冬にバーベキューグリルを買って、デッキで皮付き豚肉を焼いてみてやろうと画策中であるw
このマイケル・ポーランの著書からは、まるで料理史観とでもいうべき、人類史への新しい視点が与えられた。
といっても学術書ではなく、ジャーナリストである著者が、「火・水・空気・土』という古代ギリシア哲学が考えた4つの元素に基づきながら、料理を学び、達人に取材をする、という比較的軽い読み物である。
ただし、その中に、人類史や文化人類学的な先人たちの知見が織り込まれていて、彼の世界観を明瞭に浮かび上がらせている。
火とはバーベキューに代表される、焼く料理のことである。
人は焼くことを発見することで、人類史的に大きな進化を遂げた。
それまで咀嚼に起きている時間の大半を使っていたのだが、肉を生ではなく焼いて食べるようになったことで、咀嚼の時間が短くなり、時間を他のことに使うことができるようになった。
ちなみに、チンパンジーは起きている時間の8割を咀嚼に使っているそうである。
そして、この獲物である動物を焼くという行為は、文化人類学的に見ると、どの民族においても「男」の役割であった。
これに対して、水、即ち煮るという料理は、鍋の発明が必要とされた。
少なくとも土器や陶器が発明されてから始まった。
もっとも、土に穴を掘って水を入れて焼けた石を投げいれる、という方法もなかったわけではないだろうが。
これは獲物を焼くよりもはるかに多くの食物に対応でき、煮ることで人間の食生活はさらに大きく変わった。
それ以前は消化できなかったものも食べられるようになったのである。
その意味で、鍋は人間の胃の役割を代行している、という。
そして、文化人類学的には、どの民族も焼くことが「男」の行為とされるのに対して、煮ることは「女」の行為として、つまり家の中で行われる料理として区別されてきたことが語られている。
さらに、この本は下巻では、空気としてパンの発明・発見を語る。
パンの発明以前は、人々は小麦にしても、煮て粥にしてたべるか、ペースト状にして焼いて食べるかしていた。
しかし、これを発酵させることで、小麦のままでは消化できなった要素も、酵母菌のおかげで消化できるように調整されるようになった。
こうして、パンの発明以来、古代エジプト、古代ギリシャ、古代ローマという文明が花開くようになった。
しかし、著者は精白小麦粉について、批判的に事実を明らかにする。
小麦粉の中で胚芽やふすまを取り去ることで真っ白い粉ができるのだが、それをどんどん進めた結果、小麦粉にはビタミンなどの栄養分がなくなり、取り去った栄養分を人工的に加えることがアメリカでは義務付けられているのだそうである。
最後の土は、パン以外の発酵である。
人間は個体ではなく、1兆もの微生物と共生する超個体であるという。
人間の腸内環境は、微生物によって整えられているが、パスツール以降、この微生物を退治することが清潔=健康して捉えられるようになった。
例えば、母乳はオリゴ糖が含まれているが、このオリゴ糖は赤ちゃんは分解吸収できない。
では、進化の究極である母乳にオリゴ糖が含まれているのか。
近年の研究では、オリゴ糖は赤ちゃんの腸内の細菌のために含まれていることが分かってきた。
ところが、こうした微生物は、人間から近年では遠ざけられた結果、人間の免疫体系はある種のたんぱく質を敵とみなす行動をとるようになった。
それが花粉症などのアレルギーが近年蔓延している理由だと指摘する。
(ここなどは回虫博士の説にも近い)
面白いのは、自然の発酵は、何度も主人公を入れ替えながら、人間に都合のよいものに最終的に向かっていくというプロセスである。
最初はある菌が発酵を司るが、その菌が作り出した環境がその菌の生存に適さないようになる。
すると別の菌が登場して、また環境を作り替える。
そしてまた同じことが起こる。
これを繰り返すことで、なぜか、人間に適した発酵に至り、そこで安定するのである。
もちろん、そのように都合よくいくものばかりではく、単なる腐敗も多くあるのだが、世界にある発酵食品のほぼすべては、そのようなプロセスの結果、人間が食べられるものとして安定するのだそうである。
これは発酵菌が人間を使って繁栄する戦略と、人間との共生と見ることもできる。
さて、こうした焼く、煮る、パン、発酵を通じて、人間はそれまで食べられなかったものを摂取できるよになり、保存できるようになった。
狩猟から農耕への移行が文明の発展を促したという定説に対して、それを否定はしないものの、別の視点を提供してくれる本である。
ぼくはといえば、この秋から冬にバーベキューグリルを買って、デッキで皮付き豚肉を焼いてみてやろうと画策中であるw
2014年5月8日に日本でレビュー済み
普段われわれが何気なく口にしている料理を、その要素である「火」(バーベキュー)、「水」(煮込み料理)、「空気」(パン)、「土」(発酵食品)に分けて、できるだけオリジナルに近い料理を実際に体験してみるというユニークな本。
人が人たるゆえんも、料理が決定づけたという話は面白い。
例えば、「人間の祖先であるホモ・エレクトスの消化器官は生肉や生の植物には向かない。火の使用と料理の発明が、強いあごや大きな内臓を不要とし、大きな脳を助けた。火のエネルギーを利用して複雑な炭水化物を分解し、たんぱく質をより消化しやすい形に変える。生の植物だけで大食いの脳を備えた体に十分なエネルギーを供給するのは不可能に近い。牛が草食に適したように、人間は料理した食物に適応した。」
「陶製の鍋のおかげでより安全にかつ容易に食物を煮ることができるようになった。これが火の利用に次ぐ料理法の第二の発明である。もし、鍋がなかったら、農業は今のような進歩を遂げただろうか。」
そして、「酵母菌と人間との関係を共進化とし、アルコールとパンを求める人間の欲求がこの菌の進化の道筋を変えた。人間が酵母のゲノムを変えたように、酵母も人間のゲノムを変えた。この小さな酵母菌は、人間が人間になるのを助けてきた。」
また、現代文明への批判もなかなかである。
例えば、「実のところ豚は、遺伝学と近代的な飼料と科学薬品のおかげで生後数か月で食肉にできるようになった。」
「戦後、軍需産業が作った合成肥料や化学兵器から開発された新しい農薬の導入によって農業の産業化が進んだが、日々の食事に関しても同様の転換がなされた。食の産業化は、仕事を持つ女性や家事労働からの解放を訴えるフェミニストの要求にこたえて始まったのではなく、むしろ供給側に導かれて始まった。」
そして試しに、この本で紹介される料理とは全く対立する「電子レンジ・ナイト」と称して冷凍食品だけでディナーを用意する。その結果は、電子レンジで調理していくと最初の料理が冷たくなって、料理にはむしろ時間がかかり、全員がばらばらに食事をするという無残なものである。
さらに、「製粉業者は小麦の一番栄養のある部分(外皮や胚芽)をすっかり除去し栄養の乏しい部分を小麦粉として売っている。これは食品加工の歴史の縮図である。かつては主としての繁栄を助けた技術がやがて適応に逆行する技術に変貌し、病気や不健康をもたらし私たちの寿命を縮めるようになった。」とし、
圧巻は、アメリカの修道院で木の樽とへらを使って伝統的なチーズ作りをしていた修道女に対し、公衆衛生検査員は木の樽を処分しステンレスの容器を使うように命じたが、大腸菌は木の樽とへらのチーズからは全く検出されず、ステンレス容器から検出されたというのである。つまり、より衛生的な道具を使うと、より不衛生な結果になるという。
最後に著者は、こう結ぶ。
「この作業がもたらす関係の中で最も重要なのはおそらく、進んでそれを作ろうと決めた私たちと、出来上がったものを食べ、おいしければ喜んでくれる人との関係である。料理とは『つながること』だ。料理は人間の寛大さが最も美しい形で表出したもののひとつである。最高の料理は、愛情の表れでもある。」
いかにわれわれ人類が料理と共に進化してきたのか、という意外な認識と、この時代に加工食品ではない本来の料理にたどり着くことの難しさを改めて教えてくれた。
人が人たるゆえんも、料理が決定づけたという話は面白い。
例えば、「人間の祖先であるホモ・エレクトスの消化器官は生肉や生の植物には向かない。火の使用と料理の発明が、強いあごや大きな内臓を不要とし、大きな脳を助けた。火のエネルギーを利用して複雑な炭水化物を分解し、たんぱく質をより消化しやすい形に変える。生の植物だけで大食いの脳を備えた体に十分なエネルギーを供給するのは不可能に近い。牛が草食に適したように、人間は料理した食物に適応した。」
「陶製の鍋のおかげでより安全にかつ容易に食物を煮ることができるようになった。これが火の利用に次ぐ料理法の第二の発明である。もし、鍋がなかったら、農業は今のような進歩を遂げただろうか。」
そして、「酵母菌と人間との関係を共進化とし、アルコールとパンを求める人間の欲求がこの菌の進化の道筋を変えた。人間が酵母のゲノムを変えたように、酵母も人間のゲノムを変えた。この小さな酵母菌は、人間が人間になるのを助けてきた。」
また、現代文明への批判もなかなかである。
例えば、「実のところ豚は、遺伝学と近代的な飼料と科学薬品のおかげで生後数か月で食肉にできるようになった。」
「戦後、軍需産業が作った合成肥料や化学兵器から開発された新しい農薬の導入によって農業の産業化が進んだが、日々の食事に関しても同様の転換がなされた。食の産業化は、仕事を持つ女性や家事労働からの解放を訴えるフェミニストの要求にこたえて始まったのではなく、むしろ供給側に導かれて始まった。」
そして試しに、この本で紹介される料理とは全く対立する「電子レンジ・ナイト」と称して冷凍食品だけでディナーを用意する。その結果は、電子レンジで調理していくと最初の料理が冷たくなって、料理にはむしろ時間がかかり、全員がばらばらに食事をするという無残なものである。
さらに、「製粉業者は小麦の一番栄養のある部分(外皮や胚芽)をすっかり除去し栄養の乏しい部分を小麦粉として売っている。これは食品加工の歴史の縮図である。かつては主としての繁栄を助けた技術がやがて適応に逆行する技術に変貌し、病気や不健康をもたらし私たちの寿命を縮めるようになった。」とし、
圧巻は、アメリカの修道院で木の樽とへらを使って伝統的なチーズ作りをしていた修道女に対し、公衆衛生検査員は木の樽を処分しステンレスの容器を使うように命じたが、大腸菌は木の樽とへらのチーズからは全く検出されず、ステンレス容器から検出されたというのである。つまり、より衛生的な道具を使うと、より不衛生な結果になるという。
最後に著者は、こう結ぶ。
「この作業がもたらす関係の中で最も重要なのはおそらく、進んでそれを作ろうと決めた私たちと、出来上がったものを食べ、おいしければ喜んでくれる人との関係である。料理とは『つながること』だ。料理は人間の寛大さが最も美しい形で表出したもののひとつである。最高の料理は、愛情の表れでもある。」
いかにわれわれ人類が料理と共に進化してきたのか、という意外な認識と、この時代に加工食品ではない本来の料理にたどり着くことの難しさを改めて教えてくれた。