本書は、大学四学年の前期後期それぞれについて、どのような内容のことを学ぶのかを、仮想大学という実例を用いて解説しています。
本書を読んでの印象は、大学四年間の学習内容とはプロジェクト管理や情報リテラシーが重要である、と暗にアピールしていると思われるところでした。
個人的な話になりますが、西洋史専攻卒業後、IT業界にて新製品の検証とその機能検証報告書や性能検証報告書の作成、レビューすることの多い職種に携わってきました。かねがね、緻密な隙の無い報告書を作成できる人は、院卒か或いは学生時代それなりの卒論を書いた人が多い、との印象を持っていました(私の卒論は本書のZさんレベルでしたが)。技術検証と歴史学の論文ではまったく畑違いと思われるかもしれませんが、卒論制作はプロジェクトでもあるため、いくつか共通点があります。例えば以下のような諸点です。
1.プロジェクト管理
検証テーマと対象範囲の設定は適切か、どこまで調べるか、利用できる環境と資材(史料)の確認、(情報収集)
投入できるマンパワー、スケジューリング見積もり (リソース管理)
調査/テスト項目洗い出しと優先順位の確定、タスクのテストプランへの落とし込み(具体的な作業計画策定)
機材(史資料)設備手配
2.調査実施
3.報告書(論文)作成
報告書のレビュー会では、以下のようなことがチェックされます。
故意に個別ケースを一般化していないか、別の調査報告書の検証データを引用する場合、その引用元の検証根拠とデータは適切か、日程がきつくて落とした調査洩れに重要事項はないのか、発表後の想定Q&Aに耐えられるか、
まともな検証報告書であれば、自社製品に不都合な結果も報告書には盛り込まれます(その後、社外に一般発表される報告書や、販促資料には、都合の悪い情報はできる限り自社に都合よいストーリーに加工し、さまざまな欄外註で免責文言を入れる。このあたりも、論文と思想性の強い歴史読み物との関係に近い)。
検証プロジェクトの成否と質のよしあしは、ほとんど最初の情報収集(検証テーマと対象範囲の設定、どこまで調べるか、利用できる環境と資材(史料)の確認)の段階でほぼ決まってしまいます。この段階の詰めが甘いと、その後の作業の手戻りコストや実施作業の肥大化に陥り、後続日程を圧迫したり、調査内容を削ったりすることになります。
良い検証報告のポイントのうちの一つは、さまざまな実際の顧客環境に応用できることです。つまり、検証内容が、相当な一般化に耐えうるという点にあります。特定の事例にしか適用できない検証は、結局個別の顧客のプロジェクトごとに実機検証をやり直すことになってしまい、応用性がありません。その検証報告書が、いかに多数の顧客の最大公約数的な関心となる項目を網羅しているのか、で検証報告書の価値は決まる、という側面もあります。これは、引用回数の多さで評価される論文と共通する点です。よい検証報告書は競合他社にも利用されます(歴史学でいえば、政治的思想的方法論的立場の違う研究でも利用される、というようなことです)。
本書のタイトルには、「私もできる」とありますが、これは、期限を設けない研究の場合に該当する内容です。本書の内容の通り、卒論、或いは趣味の研究ではあっても、期限のある研究の場合には、かなりハードルが高くなる内容です。本書はさまざまな重要な内容が記載されており、大変有用な書籍です。それら多くの有用箇所のうち、個人的に最も印象に残ったのが、上記情報収集の段階の重要性です。この段階で方向性を見誤ると、その後の工程に多大な影響を与えるどころか、研究そのものの意味さえ問われるということが、本書では力説されているような印象を受けました。
IT検証と類似していると思われる点は他にもあります。
ITの世界でも、歴史学等と同様、政治的な目的で検証報告書を作成することがあります。例えば、最初から新製品は旧型の二倍の性能が出る、というセールストーク(結論)に合わせた検証テストなどの場合です。この場合でも、実際の検証の場では、セールストーク通りの性能を出すためには膨大な設定条件のノウハウが必要であることを学習することとなり、一般顧客への適用時にも役立つ大変なスキルとノウハウが蓄積されることになります(そうして、二倍のセールストークの販促資料のみを鵜呑みにした顧客が、ほぼデフォルト設定のまま導入してしまい、期待した性能がまったくでずにトラブル案件となったり、セールストーク通りの二倍性能を出そうとしたら、当初予算の二倍のコストがかかったりすることも多い、といったような留意事項は、報告書本体には詳述されていても、販促資料には当社比等の注記や免責事項の形でこっそり記載されるわけである)。このあたりのリテラシーの高い人が見れば、セールストークに惑わされることなく、販促資料や社外向け検証報告書を読解でき、背後にある膨大な留意事項やスキルについてもある程度見当がつき、社外秘検証報告書の本体に書いてありそうな事項について追求することができるわけです。特に実業界は、競合企業間及び社内の販促企画部門が仕掛ける情報合戦ですから、こういうものにどっぷりつかっていると、たいていの流通情報は(社内のものであっても)鵜呑みにできず、テスト及び報告書の論理整合性や緻密性や網羅性や徹底度や資料作成者の身元や意図や原資料や出典や前提条件や設定条件や比較条件や自分でやる実機検証に異常にこだわる懐疑論者になってしまうわけです。
歴史学研究者の方々から見ると歴史小説だったり歴史エッセイだったりする、文学的或いは政治的色彩の強い一般書がベストセラーとなったりしますが、これは、IT業界でいえば、セールストークてんこ盛りの販促資料の一人歩きと似た現象です。史料や歴史学論文の断片を切り取って結論とストーリーや作家の心情に合わせて切り貼りしたような歴史書の読解についても、歴史学で学ぶ情報リテラシーが有用なのと同様(本書では4年生前期等で記載されている)、この手の情報リテラシーは、実業界でも役立ちます。
このように、大学で学ぶ歴史学や卒論の制作は、卒業後史学関連以外の職に就いた場合でも、プロジェクト管理や情報リテラシーという観点等、実社会で応用の利く部分があります。
このような側面がより広く知られ、史学専攻の学生の卒業後のキャリア選択の幅が広がることを願う次第です。
大変まわりくどいレビューとなりましたが、本書はこのような観点から読んでも有用な書籍ではないかと思った次第です。
※本書の特異な点は、本書の教材が、出版社和泉書館のサイト「バーチャル大学」にPDFとして掲載されている点です。約140頁ほどあり有用です(本書の内容と重複している部分もあります)。中でも情報収集のPDFが、PPTベースなのでかさばっているだけとはいえ71頁もあり、情報収集を重視しているとのイメージはここでも受けます。
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大阪市立大学人文選書3 私もできる西洋史研究: 仮想大学に学ぶ (人文学のフロンティア大阪市立大学人文選書 3) 単行本 – 2012/5/30
井上 浩一
(著)
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本書は、歴史が好きな人に、仮想(バーチャル)大学で西洋史の面白さを体験してもらおう、そして研究者になってもらおうという本です。西洋史は難しいと思われがちですが、仮想大学では学長みずからが、1年生の「初年次セミナー」から4年の「卒業論文」まで、講義・演習・講読といったさまざまの科目を通じて、勉強の仕方をていねいに指導してくれます。仮想大学の仲間とともに西洋史を学び、歴史を研究する醍醐味を味わって下さい。
さらに勉強したい方のホームページを特設しました。
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- 本の長さ220ページ
- 言語日本語
- 出版社和泉書院
- 発売日2012/5/30
- 寸法13 x 1.3 x 18.8 cm
- ISBN-104757606222
- ISBN-13978-4757606227
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- 言語 : 日本語
- 単行本 : 220ページ
- ISBN-10 : 4757606222
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文系の研究の仕方を学ぶために購入。学生時代に西洋史の先生が言っていたことを理解できるようになった。
2018年4月29日に日本でレビュー済み
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分かり易くためになるハンドブックです。書棚に置いていつでもどこでも取り出せます。西洋史!(^^)!
2014年8月13日に日本でレビュー済み
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本書のことを知った時に思ったのは、「おもしろそうだな」であった。自分も大学では西洋史を専攻していたので、他の大学で行われている西洋史の授業内容に興味をもって読んでみた。
本書のコンセプトは、本書を通して大学で専攻する西洋史を知り、学ぶところである。そのため、通学することなく、下宿を探すことなく文字通り「仮想」の中で、西洋史の授業を体験することができる。
本書の特徴は、2点あると考える。1つ目は、上述したように、本書を読むことで実際に近いかたちで大学で専攻する西洋史を学ぶことができることだ。以前にレビューに載せた本で、服部良久他『人文学への接近法―西洋史を学ぶ』(京都大学学術出版会、2010年)という本がある。その本も大学で専攻する西洋史について書かれているものである。本書の内容を一部示すと、文献の集め方、レポートの書き方、史料の読み方、外国語文献の読み方や卒業論文の書き方などである。両者を比べてみると、本書の方がより具体的に書かれている。2つ目は、教授(筆者)と学生(読者)の対話式で展開されているため、読みやすく、分かりやすい内容となっている。
大学で学ぶ西洋史ってどんなのかな、学んでみたいなという人にぜひおすすめしたい。
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