戦犯裁判に名を借りた報復の連鎖が、いかに憎悪を掻き立てるかの具体的実例。
第２次大戦中、ドウリットル中佐の日本空襲にさいし、捕らえられた米軍機搭乗員を裁いた日本側軍事法廷と、戦後、この軍事法廷関係者が、逆に裁かれることになった上海ＢＣ級戦犯裁判についての論考で、著者は、上海軍事法廷で実刑判決を受けた岡田隆平氏の子息、且つジャーナリスト。
この種の著作は、とかく、裁判の不当を叫ぶのに急で、被疑事実さえ満足に把握してないのが多く、読者として閉口させられるケースが少なくないが、必要な諸点への論及も過不足なく、まことに冷静沈着な論調で、読者を強く引きつける説得力を持っている。
一部では知られているように、米機乗員の戦犯裁判に東条英機首相兼陸相は消極的だったが、統帥の落ち度を問われかねない杉山元参謀総長が、米軍将兵に恫喝を加えるつもりで軍政当局者の尻を叩いたことから、渋々ながら東条首相も捕虜への戦犯裁判に応じたというのが真相。米軍側被告人８名全員に死刑の判決。ただし内５名を恩赦減刑したのが日本側戦犯裁判の顛末だ。
他方、連合軍によるＢＣ級戦犯裁判の半分近くにも、人違いや事実誤認、捏造証拠にもとづく冤罪、末端下僚への責任転嫁、逆に下僚の責任を指揮官がひっ被った等々があったと言われているが、それというのも、一つに、敗戦にさいし、日本側が保管記録の大半を焼却してしまったため、検事側が提出する有罪証拠に対し、被告人の無罪を明らかにする書証類が、すでに日本側の手で隠滅されていたという側面があったのも見逃せない。
本来、そうであってはならないのだが、犯罪事実立証は、刑事裁判でも往々にして相対的な挙証になり克ち。あの時代、あの雰囲気のなかで、有罪を疑わせるに足る一の証拠に、被告人側から無罪とする反証を提示することができないとなると、つねに冤罪に落とされる危険性を、戦犯裁判が孕んでいたのは否定しようもない事実。
その点、この事件の裁判も御多分にもれず、本来的責任者が断罪を逃れたという批判はあるものの、連合軍ＢＣ級戦犯裁判のなかでは例外的に必要な証拠が得られたことから、法廷の判事たちも比較的冷静（命令に基づく行為と証拠付けられたので量刑で考慮された）で、刑死者を出すこともなく、まずは幸いといえる部類のほうに結果した事例だった。
それでも、復讐裁判に晒された当事者の恐怖は、余すところなく書いてあり、ものすごく考えさせられる一冊。
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