著者の佐々木氏は、本書の中で「怪異」と「風景」の関係について、以下の三つに分類する。
１．「誰もが見る風景」…誰にでも同様に見える風景。怪異との関連性は無い。
２．「怪異の風景」…或る特定の個人だけに見える風景。精神状態や臨死体験等の特殊な条件下で見出される内面的世界。
３．「怪異の見える風景」…1と2の間にあり、一個人ではなく集団的でありながら、実際に見える風景とは異なる特別な「怪異の風景」。
そして、本書の主体となるのは3である。
著者は地理学を専門にしている事から、もしかしたら、読者の多くは「地理学と怪異現象とが如何に結び付くのか」…という事に疑問を抱くかもしれない。
然しながら、本書を読めば全て納得出来るであろう。
「怪異の風景」を単に不可思議な現象と片付けるのではなく、そこに見られる地域性、民族文化、そして永らく受け継がれて来た伝承等など、「怪異」と「風景」の真相を読み解いているのが本書であり、現実的な着眼点に依る、画期的な著作であった。
本書は、主に前半を徳島県に伝わる「首なし馬」の伝承、そして後半は『千と千尋の神隠し』を中心に論じている。
先ず「首なし馬」についてであるが、実際に著者自身が現地に赴いて取材した内容が中心であり、永らく語り継がれた民間伝承を基に、この地域の住人が共有する「怪異の風景」を詳らかにして行く。
然も、この伝承が二つの地域に跨っている事に着目した上で、互いの地域の受け止め方の違い、更には、そのような話が生み出された背景、即ち、両地域の立地条件や経済的問題等を含有している事にまで言及しているのだ。
このように、地域に根付く伝承というものを実証性を以って解き明かした所に本書の醍醐味があるように思う。
そして、次に『千と千尋の神隠し』については、この作品の至る所に存在する「怪異の風景」を徹底的に洗い出している。
いや、私もこの作品を観た事はあるものの、本書を読んで初めて気付かされた点が多く、改めて、同作品が実に巧妙に制作されていたのだという事がよく解る。
更には『リング』や『呪怨』といった所謂「ジャパニーズ・ホラー」の作品についても、そのロケ地を紹介する事に依って、私達が何処に「怪異」を連想するか…という事を解明しているのが興味深い。
因みに、これは余談かもしれないが、特に「廃屋」について言及している箇所を読み、今では古典ともなっている『雨月物語』が如何に「廃屋」を舞台とした話を多く収録しているか…等という事を思い出さずにはいられなかった。
伝説にしろ、古典作品にしろ、現代のホラーにしろ、私達の心に根付いた「怪異の見える風景」は不変なのかもしれない…そんな事を教えてくれるのが本書なのである。
尚、本書はかなり学術的な内容を多く含む為、「怪異現象」の実録に関心がある方にとっては、やや理論的過ぎるように感じるかもしれない。
また、後半については、実際にその映画を観た事がない方にとっては、いまひとつ臨場感に欠けてしまうであろう事も事実だ。
然しながら、本書は私達が「怪異を見る」理由、或いは地域ならではの「怪異の風景」について解り易く分析し、民俗学、或いは地理学と怪異との関係について新鮮な見解を示してくれるので、多少なりとも関心のある方には是非ともお読み頂きたいと思う。
単に「怖い物見たさ」では終わらない、奥深い「怪異」の世界を垣間見る事が出来るであろう。
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