◯率直に面白かったです。
◯なぜイスラム教徒になったかについては、思ったよりあっさりとした記述があるだけで、そこがもっと知りたいのに、という物足りなさは残ります。
◯しかし、中田考という人は、彼を取り巻く友人や教え子たちの語る言葉を読んでいると、かなりぶっ飛んでいるにせよ、つくづく信仰に対して、生きる姿勢そのものに対して熱い人だと感じないわけにはいかない。
◯神を信じる、というのは、一度きりの人生を生きる人間の、生きる姿勢そのものなのだ、と気付かされた気がします。
◯本書を読んだあとは、誰だって「やさしい神さまのお話」を読みたくなるでしょう。
◯自分が何を求めて自分、世界、宗教を眺めていたかが問い直される気分、といったら少し大げさかも知れないけれど、そんな気にさせられる本です。
新品:
¥1,040¥1,040 税込
ポイント: 10pt
(1%)
無料お届け日:
4月3日 - 5日
発送元: アジアンショップアマゾン店 販売者: アジアンショップアマゾン店
新品:
¥1,040¥1,040 税込
ポイント: 10pt
(1%)
無料お届け日:
4月3日 - 5日
発送元: アジアンショップアマゾン店
販売者: アジアンショップアマゾン店
中古品: ¥300
中古品:
¥300

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
私はなぜイスラーム教徒になったのか 単行本 – 2015/5/19
中田考
(著)
{"desktop_buybox_group_1":[{"displayPrice":"¥1,040","priceAmount":1040.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"1,040","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"9e3QSsTdDBH30Rc4qQBVGaRYLTJj234UldoKWb%2B4TaCCpMmF49f3jeNRbre%2BfOV%2FvEtHB5dci2ahr2FvEluAa541sytJgYYxdxw6crGmoUxO85wQ0oOnsiFVk1X3mIeKFBofJMRY5h6%2BjkU1vrQ%2FONJEp0vJH%2FaP%2BHVuOvqdvoX5B5hR5VSFK6Dx%2FwxQ3SFn","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"NEW","aapiBuyingOptionIndex":0}, {"displayPrice":"¥300","priceAmount":300.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"300","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"9e3QSsTdDBH30Rc4qQBVGaRYLTJj234UzfQLOLIo9Tkc6Hu99Z0pFxC2%2BvA78kcw%2B0dqtgiZJ6VNS74GiWJq%2F9GazRL7tKlL6Pe5G9wEyEPd9mjdO8LS5os273Q6NiUx0eUCNUFYeLQbI1XNjWY7RJw2aq1OrLj3DWQI2aQqKM9IEMI65NPsXw%3D%3D","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"USED","aapiBuyingOptionIndex":1}]}
購入オプションとあわせ買い
世界の5人に1人がムスリム(イスラーム教徒)なのに、日本人は誰もイスラームのことを理解していない。
数少ない日本人ムスリムにしてイスラーム政治学の世界的権威である著者が、イスラームの信仰と生活と文化と思想の精髄を、自らの半生とともに語る!
「残念なことに、日本人に伝えられているイスラームは、解放の教えとしての真のイスラームではなく、イスラームを覆い隠すノイズ にすぎない堕落したムスリム社会の因習、スキャンダルばかりです。そこでは本来イスラームでないものがイスラームとされ、イスラームが人間をさらに束縛するというイメージが再生産され続けています。そのような根本的誤解を解くことこそ、私がこの本を書いた理由です。なぜ私はイスラーム教徒になったのか。この本の中で、私は自らの人生を振り返りつつ、イスラームとはなんであり、ムスリムであるとはどういうことなのか、そしてイスラームを通して見た世界がどのようなものであるかを述べていきたいと思います」。(序文より)
数少ない日本人ムスリムにしてイスラーム政治学の世界的権威である著者が、イスラームの信仰と生活と文化と思想の精髄を、自らの半生とともに語る!
「残念なことに、日本人に伝えられているイスラームは、解放の教えとしての真のイスラームではなく、イスラームを覆い隠すノイズ にすぎない堕落したムスリム社会の因習、スキャンダルばかりです。そこでは本来イスラームでないものがイスラームとされ、イスラームが人間をさらに束縛するというイメージが再生産され続けています。そのような根本的誤解を解くことこそ、私がこの本を書いた理由です。なぜ私はイスラーム教徒になったのか。この本の中で、私は自らの人生を振り返りつつ、イスラームとはなんであり、ムスリムであるとはどういうことなのか、そしてイスラームを通して見た世界がどのようなものであるかを述べていきたいと思います」。(序文より)
- 本の長さ271ページ
- 言語日本語
- 出版社太田出版
- 発売日2015/5/19
- 寸法12.9 x 1.8 x 18.9 cm
- ISBN-104778314468
- ISBN-13978-4778314460
よく一緒に購入されている商品

対象商品: 私はなぜイスラーム教徒になったのか
¥1,040¥1,040
4月 3 - 5 日にお届け
通常2~3日以内に発送します。
¥836¥836
最短で4月5日 金曜日のお届け予定です
残り5点(入荷予定あり)
¥3,480¥3,480
最短で3月31日 日曜日のお届け予定です
残り1点 ご注文はお早めに
総額:
当社の価格を見るには、これら商品をカートに追加してください。
ポイントの合計:
pt
もう一度お試しください
追加されました
一緒に購入する商品を選択してください。
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
商品の説明
著者について
中田 考(なかた・こう)
一九六〇年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フエロー十九八三年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東大大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。著書に『イスラームのロジック』(講談社)、『イスラーム法の存立構造』(ナカニシヤ出版)、『イスラーム 生と死と聖戦』(集英社)、『カリフ制再興』(書肆心水)など多数。監修書に『日亜対訳クルアーン』(作品社)など。
一九六〇年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フエロー十九八三年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東大大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。著書に『イスラームのロジック』(講談社)、『イスラーム法の存立構造』(ナカニシヤ出版)、『イスラーム 生と死と聖戦』(集英社)、『カリフ制再興』(書肆心水)など多数。監修書に『日亜対訳クルアーン』(作品社)など。
登録情報
- 出版社 : 太田出版 (2015/5/19)
- 発売日 : 2015/5/19
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 271ページ
- ISBN-10 : 4778314468
- ISBN-13 : 978-4778314460
- 寸法 : 12.9 x 1.8 x 18.9 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 404,871位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 132位イスラム教(一般)関連書籍
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。

著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2018年3月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
大学生をISISに斡旋したということで一時期、メディアから注目を集めていた著者が生い立ちや自分が考えるイスラムとはなにかということについて綴った本
正直、著者を初めてテレビで見たときはなんだこの怪しげな男は?と思いましたが、本書を読むととても実直なかただと感じました
著者の定義では、イスラム教徒とはアッラーを信じそれに従う者ということにつきるという
それゆえにアッラー以外の権威は一切認めず、国家や民族と言ったものも究極的には否定する立場に立つ
しかしながら、現在の中東諸国は国家という形態によって分断統治されており、それが現在の紛争の根源的な要因であるという
著者はこのような国家形態を解体し、カリフ制を復活させるしか、現在の混乱状況を収拾する術はないと主張
著者がメディアなどでISISを擁護するかのような発言していたときには違和感がありましたが、このような思想を理解すれば、あのような言動も分かります(ISISも国家を否定し、カリフ制を主張していたので)
この本で驚くのは、著者はイスラムは結局のところ、イスラム教徒になることでしか理解はできないし、他の宗教とは相いれない、宗教間交流などいくらやっても無駄と言い切っているところです(しかしだからといって、対話や交渉ができないという意味ではない)
ありがちな本ですと、仏教や神道との共通点を無理やりに取り上げて、その部分をやたら強調するものですが、著者は決してそのようにイスラムを日本向けに合わせるようなことはしません
正直、自分のような多文化共生とか異文化理解といった言葉になにかしら胡散臭いものを感じている人間としては、イスラムと他の宗教とは決して価値観を共有できないと言い切る著者のほうが信頼できるように思えます(なぜだか日本では価値観を互いに共有しあうことが大切であるかのように主張する人たちがいますが、無理して価値観を共有する必要はなく互いに棲み分けをすればいいだけでしょう)
正直、著者を初めてテレビで見たときはなんだこの怪しげな男は?と思いましたが、本書を読むととても実直なかただと感じました
著者の定義では、イスラム教徒とはアッラーを信じそれに従う者ということにつきるという
それゆえにアッラー以外の権威は一切認めず、国家や民族と言ったものも究極的には否定する立場に立つ
しかしながら、現在の中東諸国は国家という形態によって分断統治されており、それが現在の紛争の根源的な要因であるという
著者はこのような国家形態を解体し、カリフ制を復活させるしか、現在の混乱状況を収拾する術はないと主張
著者がメディアなどでISISを擁護するかのような発言していたときには違和感がありましたが、このような思想を理解すれば、あのような言動も分かります(ISISも国家を否定し、カリフ制を主張していたので)
この本で驚くのは、著者はイスラムは結局のところ、イスラム教徒になることでしか理解はできないし、他の宗教とは相いれない、宗教間交流などいくらやっても無駄と言い切っているところです(しかしだからといって、対話や交渉ができないという意味ではない)
ありがちな本ですと、仏教や神道との共通点を無理やりに取り上げて、その部分をやたら強調するものですが、著者は決してそのようにイスラムを日本向けに合わせるようなことはしません
正直、自分のような多文化共生とか異文化理解といった言葉になにかしら胡散臭いものを感じている人間としては、イスラムと他の宗教とは決して価値観を共有できないと言い切る著者のほうが信頼できるように思えます(なぜだか日本では価値観を互いに共有しあうことが大切であるかのように主張する人たちがいますが、無理して価値観を共有する必要はなく互いに棲み分けをすればいいだけでしょう)
2015年5月31日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
イスラームを選んだのは 一番<論理的整合性>があるから、ということでした
また アッラーとは、東洋思想のように<無>という存在ではなく <いまのわれわれの人格を解体していった果てにあるのではなく 逆にさらに人格化を進めて行ったところにある 人間以上の高次の人格 >を持つ存在、ということでした
イスラーム内の スンニー派とシーア派との対立があり、かつ、イスラーム外部とも価値観の相違があるものの、だからと言って 武力による敵対ではなく 価値観を共有しない者たちとの対話の場が 必要 ということでした
人間が存在する意味は アッラーを賛美することであり イスラームの教えを信じることは 自由意思によって < ムスリムになる>という行為を選択することを 通してしか表されない、ということでした
カリフ制とは アッラーと人間との一対一の関係を軸に その個人が 個人の自由を尊重しつつ 共生してゆくしくみなのかな、と思いました
ただ 信仰のある者は 信仰によって、信仰のない者は 良心によって 自分や世界を律して生きてゆくのは なかなか困難だと思いました
信仰のない人間は なぜ自分は信仰を持たないのか、無神であるという信仰を持って生きることを自明のように考えているのかを 問うてみるべきだと思いました
また アッラーとは、東洋思想のように<無>という存在ではなく <いまのわれわれの人格を解体していった果てにあるのではなく 逆にさらに人格化を進めて行ったところにある 人間以上の高次の人格 >を持つ存在、ということでした
イスラーム内の スンニー派とシーア派との対立があり、かつ、イスラーム外部とも価値観の相違があるものの、だからと言って 武力による敵対ではなく 価値観を共有しない者たちとの対話の場が 必要 ということでした
人間が存在する意味は アッラーを賛美することであり イスラームの教えを信じることは 自由意思によって < ムスリムになる>という行為を選択することを 通してしか表されない、ということでした
カリフ制とは アッラーと人間との一対一の関係を軸に その個人が 個人の自由を尊重しつつ 共生してゆくしくみなのかな、と思いました
ただ 信仰のある者は 信仰によって、信仰のない者は 良心によって 自分や世界を律して生きてゆくのは なかなか困難だと思いました
信仰のない人間は なぜ自分は信仰を持たないのか、無神であるという信仰を持って生きることを自明のように考えているのかを 問うてみるべきだと思いました
2020年7月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
今モロッコに住んでいるので、似たところがたくさんあり面白かった。本物のイスラムはイスラム国家とは全然違う。国家すら認めず、国境もなく経済交流を自由に行って良いと預言者は言っていたのですね。大きい法人を認めず、小さな商店形式を推奨すること、お金は貯め込むものでなく、必要なことに使うから、利息の禁止も最もでして。西洋の国民国家的思考からイスラム世界を観ていたことに気づきました。女性も自由がないと言われがちですが、外に出て男女平等と女にまで、資本主義経済の負担を押し付けてない点も納得。やはり、戦後も西洋に追いつけ、追い越せで、育っていたが、ちっとも幸せを感じなかったから。女性だけでなく、何もしてなくて、役に立っていなくても、生きやすい世界。周りに必要以上に良くみせることもなく、伴侶を大事にして、大切な夫だけに美しい自分を見せる。日本は逆だったから、夫に注意されていたので、これも納得。家ではノーメイク、会社に行く時は化粧をする、へ、変かもしれないと気づく。世間よりも伴侶を大事にすべきだよね?と、目から鱗であった。
2019年5月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
中田孝という一風変わった知の巨匠がどういう人か、とてもよくわかります。文末の同僚や教え子から見た中田孝 評もおススメです。
2015年10月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
内容濃かった...。イスラーム入信まで、何故カリフ制が必要か、ハラール認証について。入信は、イスラムのway of lifeが合理的で楽に思えた。カリフ制はスンナとシーア、国や地域や政治や部族や派などのイスラム社会全体をまとめる為にもカリフというリーダーが必要だ、ハラール認証は、それ自体が100%信頼がおけるわけでもない。確かに、果物でも盗まれた土地の物ならハラーム。そこまで調べてるかどうか、謎だ。そうやってお金を取るのはどうなんだ?という疑問。
雪だるまは反イスラームだ、などと言っている場合ではありません、の文章が笑えました。重箱の隅な事より、イスラーム社会全体、共同体(ウンマ)を考えた方が良い、と言う。本当視点が素晴らしい。皆の共存と天国(ジャンナ)を考えてると思いました。
マーシャアッラー!
雪だるまは反イスラームだ、などと言っている場合ではありません、の文章が笑えました。重箱の隅な事より、イスラーム社会全体、共同体(ウンマ)を考えた方が良い、と言う。本当視点が素晴らしい。皆の共存と天国(ジャンナ)を考えてると思いました。
マーシャアッラー!
2017年8月30日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
最近も光文社古典新訳文庫から内村鑑三の『ぼくはいかにしてキリスト教徒になったか』が出たものだが、中田考氏による類似タイトルの著作を読み、プロテスタントにおける明治時代が、今、日本のイスラームに到来しているのかもしれないと感じた。
日本人ムスリムは日本社会のなかで少数派として暮らしている。そしてほとんどの日本人が彼らがどんな信仰をもち、どんな生活をしているのかを知らない。だからといって、ムスリムの誰もが流暢な言葉でそれを説明できるわけでもない。
内村鑑三はアメリカにキリスト教の理想を思い描いて留学し、ある意味で幻滅し挫折を味わい帰国した。そのあと彼は日本人としての自身の信仰を模索し始める。そうした消息が『ぼくは~』のなかには描かれている。いっぽうで中田考氏は若き日に東大で学び、日本での研究に物足りなさを感じるなかエジプトに留学し、そこでかけがえのない友人ムハンマド君との出会いと別れを味わうことになる。そうした体験のなかで中田氏が次第に感じ取ってゆく、イスラームと国民国家政治との緊張関係。このような本書の構成がまた、内村の『ぼくは~』を想わせる。中田考氏の他の著作では滅多に見ることのできない、中田氏自身の個人史からのイスラームを読み味わうことができる。イスラームは人間が信仰するものである。ひとりの人間の具体的な信仰をとおして、血肉かようイスラームを学ぶことができる。
巻末にある「教え子が語る中田考」のなかの、山本直輝氏の証言が熱く胸に迫る。中田考氏はこう語ったという。「自分は妻がどこへ行ったかずっと考えていた。でも、あなたは知識という形で妻の命が続いていることに気づかせてくれた。だから、あなたを同志社大学の最後の生徒として責任を持ってイスラームを教えます」(258頁)。アッラーを信じる者は妻を天に送った寂しさという、みずからの弱さを若輩にさえ素直にさらすことができる。そして若い青年からの気づきを謙虚に受け入れ、その気づきに学び、みずからの持てる知識すべてを青年に注ごうとする。中田考の生きざまが、この短い証言から伝わってくる。
日本人ムスリムは日本社会のなかで少数派として暮らしている。そしてほとんどの日本人が彼らがどんな信仰をもち、どんな生活をしているのかを知らない。だからといって、ムスリムの誰もが流暢な言葉でそれを説明できるわけでもない。
内村鑑三はアメリカにキリスト教の理想を思い描いて留学し、ある意味で幻滅し挫折を味わい帰国した。そのあと彼は日本人としての自身の信仰を模索し始める。そうした消息が『ぼくは~』のなかには描かれている。いっぽうで中田考氏は若き日に東大で学び、日本での研究に物足りなさを感じるなかエジプトに留学し、そこでかけがえのない友人ムハンマド君との出会いと別れを味わうことになる。そうした体験のなかで中田氏が次第に感じ取ってゆく、イスラームと国民国家政治との緊張関係。このような本書の構成がまた、内村の『ぼくは~』を想わせる。中田考氏の他の著作では滅多に見ることのできない、中田氏自身の個人史からのイスラームを読み味わうことができる。イスラームは人間が信仰するものである。ひとりの人間の具体的な信仰をとおして、血肉かようイスラームを学ぶことができる。
巻末にある「教え子が語る中田考」のなかの、山本直輝氏の証言が熱く胸に迫る。中田考氏はこう語ったという。「自分は妻がどこへ行ったかずっと考えていた。でも、あなたは知識という形で妻の命が続いていることに気づかせてくれた。だから、あなたを同志社大学の最後の生徒として責任を持ってイスラームを教えます」(258頁)。アッラーを信じる者は妻を天に送った寂しさという、みずからの弱さを若輩にさえ素直にさらすことができる。そして若い青年からの気づきを謙虚に受け入れ、その気づきに学び、みずからの持てる知識すべてを青年に注ごうとする。中田考の生きざまが、この短い証言から伝わってくる。
2015年5月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
正直表紙が怪しいし、カバーをつけないと読めなそうで気が引けましたが、
以前に中田さんのクルアーンを購入し非常に良かったので興味があり読んでみました。
序文のところから引き込まれてしまい、面白くて面白くて何度も読み返しています。
この量で、こんなにもたくさんのことが書かれているのか、、とあとから驚きますが、
単にイスラム教徒になった理由が書かれているにしては高いなと思っていたところ、
まったくそんなことはなく、大変勉強になりました。
三大宗教の歴史や、イスラームとムスリムの実際から、最近の時事問題について、また人生の悩みをどのようにとらえたら
よいのか、はたまたハラール認証問題に至るまで、ありとあらゆることに触れており、
イスラームを知ることは自分を知ることであり、自分を知ることはまたその置かれている環境全てに
興味を持ってまた理解できるようになるものなのだなぁと感じました。
別にイスラム教徒に興味がなくても面白いかなと思います。
教え子の方たちのおはなしもまた楽しいものでした。 久しぶりにおすすめの一冊となりました。
以前に中田さんのクルアーンを購入し非常に良かったので興味があり読んでみました。
序文のところから引き込まれてしまい、面白くて面白くて何度も読み返しています。
この量で、こんなにもたくさんのことが書かれているのか、、とあとから驚きますが、
単にイスラム教徒になった理由が書かれているにしては高いなと思っていたところ、
まったくそんなことはなく、大変勉強になりました。
三大宗教の歴史や、イスラームとムスリムの実際から、最近の時事問題について、また人生の悩みをどのようにとらえたら
よいのか、はたまたハラール認証問題に至るまで、ありとあらゆることに触れており、
イスラームを知ることは自分を知ることであり、自分を知ることはまたその置かれている環境全てに
興味を持ってまた理解できるようになるものなのだなぁと感じました。
別にイスラム教徒に興味がなくても面白いかなと思います。
教え子の方たちのおはなしもまた楽しいものでした。 久しぶりにおすすめの一冊となりました。