ゲーテの『イタリア紀行』に導かれた詩文集のようだ。表紙はたぶんパレルモの旧市街の壁がくずれそうな家屋の、バロック風な窓の写真。このセピア色の表紙を見ただけで惹かれてしまう。詩人である著者みずからの撮影した写真はみごとで、とらえどころがすばらしいし、詩的だ。数は数葉しかなく、しかも白黒だが、陰翳と深みとがあって想像をかきたてられる。
この書はあきらかにゲーテの『イタリア紀行』の相良訳を底本にしているようだ。なぜなら著者の記している漢字が、たとえば、坩堝・綯う・宥める・均される・銜える・蹲る・拭う・流竄・金泥・懶げ・大薄荷・鬱金・澱・跪く・跨ぐなどの漢字で、これらは相良訳にそのまま出てきたり、あるいは相良訳に触発されて記したりしたもののようであるからだ。
わたしは読んだというより詩文を味わったという感じだった。深い文章に惹かれた。一行のなかにこめられた自然科学的・人文科学的造詣の深さ。その上に成り立つ詩的なイメージ。しっかりした骨組みの上にあるのを感じた。
著者は「見えるもの」を手がかりとしながら「見えるもの」にさわっている「見えないもの」を詩と文と写真とで捉えようとしているかのようだ。わたしはこの書を読んでシチリアに魅了され、のめり込んでしまった。幾百のすばらしいカラー写真よりも、一行の詩文の方が心の奥深くに刻まれることがある。
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