「ドイツ・イデオロギー」といえば、これまで何種類もの日本語訳が発行されており、かくいう私などは花崎皋平訳を読んでいたが、どの版も大なり小なり不適切な面をかかえていたようだ。そもそも「ドイツ・イデオロギー」という完成作品が存在するわけではなく、ただマルクスたちが刊行を計画した季刊誌に掲載しようとした草稿群に「ドイツ・イデオロギー」という名がつけられているだけである。当の草稿は、きちんとした原稿用紙に井然と書きこまれていたわけではないし、加筆・削除・訂正なども重ねられており、そのうえ筆跡が異なる書きこみが混在するという。既存の編輯者・飜訳者はこれらの読み取り、組み立て、復元に苦心し、それがために「ドイツ・イデオロギー」という名の異なる版がいくつも公刊されてきた。ところが「ドイツ・イデオロギー」が収録された新MEGA第Ⅰ部門第5巻が2017年に上梓されるや、これが劃期的でおそらく決定的な版とみなされている。この版は、マルクスの思考を読者がたどれるような構成がとられており、マルクス口述/エンゲルス筆記というこの草稿群の成り立ちがこの版でわかるという。本書の多くの章では、このことがドイツ・中国・日本の研究者らによって仔細に考察されている。
他方で、新MEGA第Ⅰ部門第5巻の「解題」については、本書で異論が示される。それは唯物史観もしくはイデオロギー批判の生成場面にかんする論点である。本書第8章では、フォイエルバッハ、シュティルナー、バウアー、ヘスなど青年ヘーゲル派のなかで交わされてきた当時の尖鋭的議論が概観され、そのなかでこそマルクスの歴史理論や市民社会理論が形成されてきたことが、説得力をもって論じられる。また第7章では、マルクスが〈共同体Gemeinde〉と〈共同社会Gemeinwesen〉とを区別していたことの指摘にみられるように、これらを区別なくどちらも「共同体」と理解してきたと思われる従来の通説的マルクス解釈を離れ、マルクスの理論的積み上げの正確な把握に意を注ぐべきことが促される。ここでの叙述によれば、マルクスにおいては終始一貫して保持された〈土台=上部構造〉論をもとに「民主制」理論破綻・宗教批判・私的所有廃棄・人間的解放などが展開される。初期マルクスの社会理論が、その形成過程をふくめて第7章・第8章に圧縮されており、読解に労力を要するが、マルクスの考察が豊饒で独創的であること、それはやがて〈個体性〉の確証へと向かうことが窺い知れる。
マルクスの思考過程や論理の積み上げを再現しつつ、マルクスの思想を掘り起こしと再構成とをこころみる本書は、世の〝わかりやすい〟マルクス本とちがって読者に一定の緊張と忍耐とをもとめるかもしれないが、そのぶん得がたい知見と思想的世界とを読者にあたえてくれる。
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唯物史観と新MEGA版『ドイツ・イデオロギー』 単行本(ソフトカバー) – 2018/10/29
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唯物史観の成立解明に新段階を画する『ドイツ・イデオロギー』研究の集大成。待望の新MEGA I/5刊行にあわせ、ドイツ、中国、日本の研究者がマルクスの唯物史観の原像に迫る。カール・マルクス生誕200周年記念出版
- 本の長さ304ページ
- 言語日本語
- 出版社社会評論社
- 発売日2018/10/29
- 寸法15 x 2.2 x 21 cm
- ISBN-104784518576
- ISBN-13978-4784518579
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商品の説明
著者について
大村泉:東北大学名誉教授、国際マルクス/エンゲルス財団(IMES)編集委員
A.デミロヴィッチ:ゲーテ大学特任教授
D.シュヴァルツ:雑誌〝Z.〟協力者
D.フィライシス:在野マルクス研究者
F.O.ヴォルフ:ベルリン自由大学栄誉教授
渋谷正:鹿児島大学名誉教授
渡辺憲正:関東学院大学経済学部教授
盛福剛:中国・武漢大学哲学院講師
窪俊一:東北大学大学院情報科学研究
A.デミロヴィッチ:ゲーテ大学特任教授
D.シュヴァルツ:雑誌〝Z.〟協力者
D.フィライシス:在野マルクス研究者
F.O.ヴォルフ:ベルリン自由大学栄誉教授
渋谷正:鹿児島大学名誉教授
渡辺憲正:関東学院大学経済学部教授
盛福剛:中国・武漢大学哲学院講師
窪俊一:東北大学大学院情報科学研究
登録情報
- 出版社 : 社会評論社 (2018/10/29)
- 発売日 : 2018/10/29
- 言語 : 日本語
- 単行本(ソフトカバー) : 304ページ
- ISBN-10 : 4784518576
- ISBN-13 : 978-4784518579
- 寸法 : 15 x 2.2 x 21 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 692,366位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 4,133位哲学 (本)
- カスタマーレビュー:
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