この本は企業法務に長年携わってきた久保田英明弁護士の執筆による東京電力の原発事故をコーポレート・ガバナンスとリスクマネジメントの視点から取り上げたものである。
事故発生からまだ3カ月しかたっていない時点に書かれているにもかかわらず、現時点においても十分に説得力のある明快な論理を展開できているということは、著者の短時間での情報収集力と迅速な分析力によるところが大であるが、その後1年間における事故原因究明作業の停滞をもまた物語っているのではないか。
著者は東電の原発事故を「リスクマネジメントの不在」「クライシスマネジメントの失敗」の点から論理を展開している。
「リスクマネジメントの不在」の点では、最大の論点は、福島原発事件は想定外であったのかどうかである。東電幹部は「想定外」の地震と巨大な津波により、原子炉冷却のための全電源を喪失し、冷却が不能となったため、原子炉の温度をコントロールできなくなったことにあると述べている。経営者である取締役の責任(善管注意義務)の面から言うと、今回の事故(リスク)に対する予見可能性があったのかどうか(予見可能性がなかったことの正当性を証明できるか)に置換される。
原発は絶対安全であり、住民に不安を与えないように事故などのことは一切触れないというスタンスのもとで予見可能性を考えなかったというのであれば論外である。
原発は放射能を利用した極めて危険な発電装置であり、注意義務も他の事業に比べ格段に大きいはずであり、従って、想定範囲も他の事業よりもかなり大きくなるべきものである。
東電は2008年に東電内部の検討で設計を超える5mを超える津波も起こりえるというレポートを経営陣が握りつぶしたことも判明しているが、予見可能性があったとすることへの反論として、行政庁からの許可認可を受けて操業していたと、責任を行政に転嫁した。
しかし、原子力安全委員会・経産省・電力会社・原発メーカー・原子力学者も含めた原子力村の閉鎖社会の実態を知れば知るほど行政に頼っても安全が確保できない実態が浮かびあがってくる。また、株主および消費者、地元住民などのステークホルダーに対する責任は役所のお墨付きに頼るのではなく、会社自らリスクマネジメントを行い、最大限のリスク回避に向け行動するのが上場会社でもある東電の責任であると思う。
筆者が指摘する事故回避が可能であったとする点は以下のとおりである。
'@耐震度(廃棄物処理施設、発電機、循環系の耐震を強化すべきだった)
'A立地(福島は海抜0地区、女川は海抜15m)
'B緊急対応策(電源途絶対応、燃料棒の安全対応)
また筆社は、判例における想定義務の変化についても触れている。この想定義務も時代
の経過、環境の変化、国民の意識や技術水準の変化に応じて変遷する。時代の流れからするとどんどん企業側の想定義務の範囲が拡大する方向へシフトしているが、東電はこの流れを直視せず、行政主導の護送船団の発想から抜け出せないで、旧態依然とした体制を保持し続けた経営陣の責任は大変重いものであると思う。
次に筆者は、「クライシスマネジメントの失敗」の点についてクライシスマネジメントの意義を説明し、その後、東電の対応について評価を行っている。
リスクマネジメントとは、リスクを発生させないようにするための予見と防止対策であるが、クライシスマネジメントとはリスクが顕在化し、具体的危機が発生した場合の処理方法である。
筆者は、東電のクライシスマネジメントの失敗を以下のように順を追って指摘しているが、指摘は至極当然のものである。
'@原発に何が起きたか、なぜ起きたかの発表がない。
真実を隠蔽して先延ばしするマイナス効果(検討中、調査中)
'A今何が起きているかの不明確。
安全だ。安全だのみ。専門家の説明能力不足
'Bリスク情報の正確な開示と説明がない。
建屋の爆発も報告なし。放射能の害を少なく説明しようとするのみ。
'C東電は何をしているか しようとしているかの開示がない。
「安全です」「ただちに身体に影響はない」「調査中」のみ
'D世界への発信に失敗
原発事故は世界が被害者だが海外向けの会見なし
'E対策本部の立ち上げの失敗
原子力委員会、東電、保安院、政府の対策本部の一本化と責任体制が拙劣
'Fシビアアクシデントマニュアルの不備
'G経営トップの機能不全
組織が縦割りで、安全に対する健全な牽制制度が機能せず(3月11日の清水社長の
不在を関西財界人との会合の出張としていたが、実は東大寺お水取り見学だった)
以上のことを考えると、今回の福島原発事故は明らかに人災であり、東電役員は任務
懈怠の責任を問われること明確である。
今年3月5日に東電株主42名により地震と津波対策の不備として5.5兆円の損害
賠償を求める株主代表訴訟が東京地裁に提訴されたが、結果は火を見るより明らかである。
今回の原発事故の原因は東電のコーポレート・ガバナンスの欠落にあることは明確である。この奥底にあるのは、コンプライアンス体制が整備されていないことにあると思う。実質国有化されて、外部からトップを受け入れ、隠蔽体質の企業風土を刷新してしっかりと法令を守り、企業の役割(東電にとっては販売数量や利益の増加ではなく安全へのあくなき追求)を正しく認識することにより初めて生まれ変わることができると思う。
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想定外シナリオと危機管理: 東電会見の失敗と教訓 単行本 – 2011/7/1
久保利 英明
(著)
- 本の長さ130ページ
- 言語日本語
- 出版社商事法務
- 発売日2011/7/1
- 寸法13 x 1.5 x 18.9 cm
- ISBN-104785718919
- ISBN-13978-4785718916
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登録情報
- 出版社 : 商事法務 (2011/7/1)
- 発売日 : 2011/7/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 130ページ
- ISBN-10 : 4785718919
- ISBN-13 : 978-4785718916
- 寸法 : 13 x 1.5 x 18.9 cm
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2011年11月3日に日本でレビュー済み
筆者は本書にて、他社の不祥事を例に挙げながらこれらを他山の石としてこなかった東京電力に対する怠慢を、厳しく追及している。
今までの企業不祥事やクライシス・マネジメントに関しては、國廣正著「 それでも企業不祥事が起こる理由 」や田中正博著「 会社を守る クライシス・コミュニケーション (企業広報ブック) 」を参考にしても良いだろう。
本書第3章の「クライシス・マネジメントの失敗」には、「メディアの失敗」という独立した節が設けられている。自民党政権や安全保安院等の責任も免れない旨の説明もあるが、これは筆者がマスコミの姿勢に対しても厳しい視線を向けていることに他ならない。
それにしても、福島第一原発1号機稼働から40年、地震はいつ起きるか予測できない中この間引退した東電OBは逃げ切りセーフでのほほんと年金を受給できているのだろうか?
今までの企業不祥事やクライシス・マネジメントに関しては、國廣正著「 それでも企業不祥事が起こる理由 」や田中正博著「 会社を守る クライシス・コミュニケーション (企業広報ブック) 」を参考にしても良いだろう。
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