1970年代といえば、まだ自分は幼児から児童だった年代。この本を読んでいて、そういえばそういったオカルトブームがあったな、と懐かしく思い出した。小説「日本沈没」(これをオカルトに入れるべきかどうかはともかく)やノストラダムスの終末論、「恐怖の心霊写真集」やオカルト映画。
UFOや超能力もよく特集番組が組まれていて、まるでコント番組を楽しむように視ていた記憶がある。心霊写真集は怖がりながら読んだ。日本沈没はテレビドラマで視たし、原作は名作で今も何度も読み返す。横溝正史の作品もはまりにはまった。テレビドラマ、映画、原作、これらも今も名作だと思う。
痛々しかったのは、ブームが去ると使い捨てにされた「超能力者」たちだった。その能力が本物かどうか自分にはわからない。どうして曲げるのがスプーンなのか、といつも疑問にも思っていた(もっと曲げるべき物を曲げたら役立つのに、とか)。その後、賞賛と同時に懐疑の目で見られて袋だたきにあい続けて、道を踏み外した方々も多かったはずだ。
11章に分けて、オカルトブームを通しての1970年代を読み解くこの本、目的が達せられたかどうかは人それぞれの読後感で違うと思うが、あの時代を思い出すという意味では、自分には十分におもしろい本だった。
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オカルトの帝国: 1970年代の日本を読む 単行本 – 2006/11/1
一柳 廣孝
(編集)
- 本の長さ294ページ
- 言語日本語
- 出版社青弓社
- 発売日2006/11/1
- ISBN-104787232665
- ISBN-13978-4787232663
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登録情報
- 出版社 : 青弓社 (2006/11/1)
- 発売日 : 2006/11/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 294ページ
- ISBN-10 : 4787232665
- ISBN-13 : 978-4787232663
- Amazon 売れ筋ランキング: - 933,316位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2007年3月19日に日本でレビュー済み
複数の著者が執筆しているのでどうしてもそれぞれの章の結論がブレるのは仕方ないが、「なぜ70年代だったのか」の考察がもう少しなされていればなあ、と思った。
また、70年代あたりに「オカルト」が「隠された知ではなくなった」ということだが、ではそれ以前の「隠されていた本当のオカルト」とはどういうものだったのかの説明があればよりわかりやすくなったと思う。
個人的には映画「エクソシスト」公開時の、作品そのものよりも「ものすごく恐い」という噂が一人歩きした話と、UFOブームに関してUFOカルトのCBAについて書かれた章が面白かった。
水木しげるの妖怪ブームは、それと平行してあった怪獣ブームとの関連の考察がもう少し欲しかった。
また、70年代あたりに「オカルト」が「隠された知ではなくなった」ということだが、ではそれ以前の「隠されていた本当のオカルト」とはどういうものだったのかの説明があればよりわかりやすくなったと思う。
個人的には映画「エクソシスト」公開時の、作品そのものよりも「ものすごく恐い」という噂が一人歩きした話と、UFOブームに関してUFOカルトのCBAについて書かれた章が面白かった。
水木しげるの妖怪ブームは、それと平行してあった怪獣ブームとの関連の考察がもう少し欲しかった。
2007年2月12日に日本でレビュー済み
十一人の筆者が宗教やエクソシストや心霊写真などのキーワードから日本に浸透してきた
オカルトなるものを分析する。
はしがきによるとオカルトというのはラテン語の「occulta」(隠されたもの)が原義で、
「隠された知」「神の智」「秘められた古代の叡智」といったものだった。
今はそれがライトなサブカルチャーとして定着し、異端といったイメージは日本には
もう存在しないという。
本書はオカルトを攻撃したり、論駁するなどの行為が皆無なのが良いです。
日本におけるオカルトなるものの変遷の追跡本で、なかなかどうしておもしろい。
オカルトなるものを分析する。
はしがきによるとオカルトというのはラテン語の「occulta」(隠されたもの)が原義で、
「隠された知」「神の智」「秘められた古代の叡智」といったものだった。
今はそれがライトなサブカルチャーとして定着し、異端といったイメージは日本には
もう存在しないという。
本書はオカルトを攻撃したり、論駁するなどの行為が皆無なのが良いです。
日本におけるオカルトなるものの変遷の追跡本で、なかなかどうしておもしろい。
2007年3月9日に日本でレビュー済み
1970年代からオカルトというものが形を様々に変えて、主にテレビから社会に大きな影響を与えてきたということが良く分かる。さすがにスプーン曲げのような‘超能力’はマジシャンに席を譲ったようだ。スプーン曲げの少年のトリックを暴いたのは「週刊朝日」だったが(P.270)、このことはこの間の納豆のダイエット効果のテレビ局の偽造問題を思い出させる。何故ライブドアの元社長に、逮捕されるということを有名な女性占い師は喝破してあげなかったのか。自分の占い師としての‘株’は上がったのに。とにかくテレビ局は当たったことだけをオーバーに喧伝するから外れたことが無いように映る。そもそもオカルトというものは科学的合理主義に包摂できない思想として生き残ってきているはずなのだが、だんだんと‘対抗文化’という意味合いが薄れてただの拝金主義になりつつある。‘オカルト’は巧妙に意味合いも変えて今もって次なる機会を窺っている。