“妖怪”の話などで“民族学”の権威的学者というイメージが先行する柳田ですが、その前半生は農商務省、法制局参事官、宮内書記官を勤めた高等官僚でした。彼がその傍らで天皇の行う祭祀(大嘗祭・新嘗祭・神嘗祭など)や天皇制(天皇観)にたいして深い知見で探究を行っていたことを本書を通じて初めて知りました。
本書では、柳田が「呪術・宗教研究書」で有名なジェイムズ・フレーザー著『金枝篇』に影響を受け、そのなかで語られている西欧的な呪術祭祀の風習にみられる“王(祭司)殺し”“樹木神崇拝”に着目し、皇室祭祀のなかに見受けられる同様の呪術宗教的な共通点と相違点とを考察しています。
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『金枝篇』におけるフレーザーは、王権の呪術的・宗教的発生の起源を、祭司=王殺しに求めていた。まさしくこの祭司王は、聖なる樹木そのものに宿る豊穣をもたらす神霊の表象であったから、衰えた王殺しによる生命の更新は、自然界・人間社会の再生に繋がることになる。未開社会における王殺しとは、神殺しのパラレルであり …中略… 柳田自身、わが列島社会の未明においても、祭司殺しが行われていたと推測していたのである。だが、この王殺し、神殺しは、柳田の採るところではなかったのである。 p106
西欧的な「王」の概念では、「王」は人民から担ぎあげられるとともに、ひき降ろされる存在でもある。社会的に好事が続けば、「王」のもつ威力であるとされ、「王」はますます高みに担ぎあげられる。しかし、凶事が続発すれば、「王」には神をなだめるだけの威力がないため …中略… 殺害されてしまう。王殺しは、万能神への宗教的な犠牲とみなされる。「王」が高く祭りあげられることと簡単に殺害されることとの間には矛盾は存在せず、西欧的な「王」の概念のなかには、この二つが前提として包括されていた。
これに対して「天皇(制)」の場合は、「王」としての政治支配において、担ぎあげられるかわりに、自然神への犠牲として、殺害されるという両価性をはじめからもたなかった。柳田が「天皇(制)」に即して重視したのは、権力の交替ではなく、親和と継承であった。 p107
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著者が述べるとおり柳田は天皇制のなかに含まれる西欧的な「王殺し」を公には考慮していません。しかし、その柳田独自の皇室観にみられる矛盾を本書は深く探っています。
また現代の皇室制に残されていない男女(兄妹・姉弟)による「天皇(天皇)・女性天皇(巫女王)の二重支配体制」=「ヒメ・ヒコ体制」が古代王権時代にはあった背景を考察しながら、現在の皇室祭祀でも重要視されなくなっている「巫女」の存在を深く浮かび上がらせています。神道祭祀に残る「巫女」の存在が古代の名残だともいうわけです。
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部族と部族の争いは部族神と部族神との戦いでもあった。いくつもの部族のうえにたち、天皇部族が宗教的。政治的勢力を拡大して統一的国家形成に向けて歩み始めたころ、天皇(ヒコ)は自らの政事権力を飛躍的に強めていき、それまで巫女王として皇女(ヒメ)が把持してきた祭事権力の核心部分を奪取したばかりか、その祭事権力との訣別を開始していた。
王権内部で政事権力が祭事権力を凌駕していく過程は、『日本書紀』のなかの、かつて天照大神に仕えてきた巫女王がやがて宮中から追いやられて漂泊の旅に出立し、ようやく伊勢にたどり着いたときに、天照大神の神託が降りて、都から遠いこの聖地にとどまることになったという物語に照応している。 p236
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皇室の祭祀研究を行ってきた柳田独自の「天皇観」を浮き彫りにしてゆくことで“柳田が語らなかったこと”を深く読み解く作業が行われているので本書を読み終えたあとは、柳田国男の見方も変わることだと思います。公に語らなかった柳田の本音を垣間見た思いがします。
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神樹と巫女と天皇: 初期柳田国男を読み解く 単行本 – 2009/3/1
山下 紘一郎
(著)
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大正四年の晩秋、貴族院書記官長であった柳田国男は、大正の大嘗祭に大礼使事務官として奉仕していた。一方、民俗学者として知見と独創を深めてきた彼は、聖なる樹木の下で御杖を手に託宣する巫女こそが、列島の最初の神聖王ではなかったかと考えていた―。フレーザー、折口信夫を媒介にして、わが国の固有信仰と天皇制発生の現場におりたち、封印された柳田の初期天皇制論を読み解く。
- 本の長さ348ページ
- 言語日本語
- 出版社梟社
- 発売日2009/3/1
- ISBN-104787763229
- ISBN-13978-4787763228
登録情報
- 出版社 : 梟社 (2009/3/1)
- 発売日 : 2009/3/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 348ページ
- ISBN-10 : 4787763229
- ISBN-13 : 978-4787763228
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- - 1,105位文化人類学一般関連書籍
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上位レビュー、対象国: 日本
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2009年4月23日に日本でレビュー済み
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芸能の神として信仰されるアメノウズメノミコトが、宮中で最も大切な祭祀・大嘗祭や鎮魂祭のなかで、かつては活躍した存在であったとは驚きました。初期の柳田国男の世界がどれほど活き活きと輝いたものであったか、著者の鋭い読み解きを興味深く読みました。
2015年1月29日に日本でレビュー済み
大嘗祭(だいじょうさい)は、即位したばかりの新天皇が、ただひとり暗闇のなかで神殿の本陣にはいり、半畳の御座に端坐(正座)し、天からくだってきた神と対座し、新穀(しんこく)と新酒を神にそなえ、みずからも飲食する。神との共餐によって、神の末裔たる天皇になったという正統性が獲得される。
この儀式は 日本各地の神社の秋祭りの直会(なおらい)と同じ。
したがって天皇は神主たちの代表者といえる。
ところで、昔の大嘗祭には猿女(さるめ)という巫女(みこ)が、神憑りして乳房、ニョインもあらわに踊り狂って生命力を復活させるという、古事記のアメノウズメ以来の伝統があったのに、大正天皇のときから それは行われなくなって残念やわあ・・・・
という、柳田國男さんの初期論考をまとめたものである。
(日没すぎてもうた・・・・後藤ジョーゴさんどうなるんや・・・の日のメモ)
この儀式は 日本各地の神社の秋祭りの直会(なおらい)と同じ。
したがって天皇は神主たちの代表者といえる。
ところで、昔の大嘗祭には猿女(さるめ)という巫女(みこ)が、神憑りして乳房、ニョインもあらわに踊り狂って生命力を復活させるという、古事記のアメノウズメ以来の伝統があったのに、大正天皇のときから それは行われなくなって残念やわあ・・・・
という、柳田國男さんの初期論考をまとめたものである。
(日没すぎてもうた・・・・後藤ジョーゴさんどうなるんや・・・の日のメモ)
2009年4月24日に日本でレビュー済み
柳田国男といえば、「椰子の実」の歌のモチーフを島崎藤村に提供したロマンティストというイメージをもっておりましたが、ここまで深く天皇と日本人を洞察していることに驚きました。
2009年4月16日に日本でレビュー済み
柳田国男が、民俗学の父と呼ばれることは知っていましたが、明治天皇や大正天皇のそば近く仕える高官でありながら、民人のことをこころから大切に思う人であったことを、この本で初めて知りました。民人の幸せのための、天皇のあり方を考えるこわいくらいの真剣さに、心を打たれました。
2009年5月6日に日本でレビュー済み
天皇制の問題を回避したと、とかく不評をかっている柳田国男であるが、その初期に、その真実に辿りついていたとは……。その後の沈黙は「知りすぎた」ゆえの心の葛藤によるものだったとは……。これは安易に批判すればすむというだけではすまされない、ワタシ達自身につきつけられた課題である。
2009年5月21日に日本でレビュー済み
天皇統治が出現する大和朝廷の前には、神の意志を伝える巫女王-卑弥呼、神功皇后、倭姫などが列島に君臨していた。だが、その後裔は、やがてその宗教的な力を失っていく。柳田は、漂泊の境涯に生きる民間の「生き巫女」の中にも、かつての巫女王の姿を想像している。表側からは見えにくい歴史の真実を知ることができ、興味深くたいそう面白かった。