トマス・マートンを初めて知ったのは、『生けるブッダ、生けるキリスト』（ティク・ナット・ハン著）の「まえがき」であった。この書でティク・ナット・ハンは“釈尊は暴力と不道徳に立ち向かいました。阿闍世王が自分の父君（ビンビサーラ）の王位を奪うために暗殺を謀ったとき、釈尊は阿闍世王の支持を止め、隣国との戦争を始めようとする阿闍世王を断固として阻止されたのです。私たちのサンガも同じような努力をしているでしょうか。社会の不正と暴力に抵抗しているでしょうか。（上掲書p.77）”あるいは、“修行をしながら、世界の苦しみ、子どもの餓死、社会的不正の広がりに気づく力がなければ、気づきの修行をしているとは言えません。ただ修行に逃避しているだけのことです。（上掲書p.88）”と述べて、ブッダ釈尊の「誓願（＝正見＝気づき＝法に依る生き方）」を現代に甦らせた「エンゲージド・ブッディズム（ブッダになる）」の実践を説いている。
そこで、『評伝トマス・マートン』、『ヨナのしるし』と読んでみたが、ティク・ナット・ハンの主張との接点は見いだせなかった。しかし、本書を読んで、ティク・ナット・ハンがトマス・マートンに注目した理由に合点が行った。トマス・マートンは「世界の危機におけるキリスト者の活動」（1962年発表）の中で、“いま必要なのは、キリストの言葉や模範に内的に満足するキリスト者ではなく、個人の生活でも、祈りや苦行でも、政治的な関わりにおいても、社会的責任においても、完全にキリストに従うことを求める人である。（p.32）”および“私たちの社会的活動は最奥の宗教的原理と一致しなければならない。信仰と政治は、もはや互いに分かれていることは出来ない。（p.35）”と述べているが、ティク・ナット・ハンの主張と全く一緒である。これは、エンゲイジドのあり得ないクリスチャニティー（キリストの弟子）から、エンゲイジド・クリスチャニズム（キリストになる）への転換とも言うべきものである。
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