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即興の解体/懐胎 演奏と演劇のアポリア 単行本 – 2011/4/22
佐々木敦
(著)
- 本の長さ361ページ
- 言語日本語
- 出版社青土社
- 発売日2011/4/22
- 寸法14 x 2.5 x 19.8 cm
- ISBN-104791765990
- ISBN-13978-4791765997
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登録情報
- 出版社 : 青土社 (2011/4/22)
- 発売日 : 2011/4/22
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 361ページ
- ISBN-10 : 4791765990
- ISBN-13 : 978-4791765997
- 寸法 : 14 x 2.5 x 19.8 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 784,494位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 48,261位アート・建築・デザイン (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2018年5月13日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
解体して懐胎することは、創作することであり、この本は創作論でもある。
2011年9月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
佐々木敦が「ユリイカ」に08年〜11年に連載した批評集。1部がこれまで中心的な批評領域としてきた音楽を、
2部が演劇を論じている。
「前衛」と「実験」が消滅して久しい空疎な地平に、「即興」という錯綜した多義的言説を招き寄せかねない
主題をあえて選び、趣味判断、印象批評といった胡乱なアプローチを決然と退ける冷徹な探求者としての持続
力はすごい。それはシンプルにしてエレガントな原理、数式の発見を信じてオブセッションに駆られるままに
研究対象を分析し夾雑物を排除する科学者のようでもあり、モダニズム絵画を論じる際のフォルマリストのよ
うでもある。幾度となく引き合いに出される、J・ケージの「4分33秒」を論じる際に用いる「地」と「図」の
アナロジーも、ゲシュタルト的フォルマリズムからの借用と読み取れる。この借用の故にと言っていいかもし
れないが佐々木は致命的な誤謬を招き寄せる。
杉本拓のライヴ演奏の経験談とライナーノートを引用しながら即興の生成とその「環境」について論じつつ、
「4分33秒」の「図=メイン」と「地=バックグラウンド」(佐々木)なるものが、「図=演奏」と「地=
演奏環境(ホール・ライヴハウス・スタジオ等々)」と置き換えが可能なキーワードとしか読めないのだ。
無論そうではない。
「4分33秒」が演奏時間そのものをタイトルとしたこと自体がこの作品のテーマをそっくりそのまま表して
いる。つまり「図=演奏者のカフスボタンのきらめき・漂う香水の香り・ひそひそ話・壁に掛かった時計の
針が刻む時間等々」と「地=時間」。
2部が演劇を論じている。
「前衛」と「実験」が消滅して久しい空疎な地平に、「即興」という錯綜した多義的言説を招き寄せかねない
主題をあえて選び、趣味判断、印象批評といった胡乱なアプローチを決然と退ける冷徹な探求者としての持続
力はすごい。それはシンプルにしてエレガントな原理、数式の発見を信じてオブセッションに駆られるままに
研究対象を分析し夾雑物を排除する科学者のようでもあり、モダニズム絵画を論じる際のフォルマリストのよ
うでもある。幾度となく引き合いに出される、J・ケージの「4分33秒」を論じる際に用いる「地」と「図」の
アナロジーも、ゲシュタルト的フォルマリズムからの借用と読み取れる。この借用の故にと言っていいかもし
れないが佐々木は致命的な誤謬を招き寄せる。
杉本拓のライヴ演奏の経験談とライナーノートを引用しながら即興の生成とその「環境」について論じつつ、
「4分33秒」の「図=メイン」と「地=バックグラウンド」(佐々木)なるものが、「図=演奏」と「地=
演奏環境(ホール・ライヴハウス・スタジオ等々)」と置き換えが可能なキーワードとしか読めないのだ。
無論そうではない。
「4分33秒」が演奏時間そのものをタイトルとしたこと自体がこの作品のテーマをそっくりそのまま表して
いる。つまり「図=演奏者のカフスボタンのきらめき・漂う香水の香り・ひそひそ話・壁に掛かった時計の
針が刻む時間等々」と「地=時間」。
2011年12月5日に日本でレビュー済み
フルクサス的なパフォーマンスの現象学だが、「聴取」概念の
思弁の垂れ流しはすこし冗長か。アポリアという結論も、もはや金太郎飴だ。
しかし論そのものは、音楽的行為を「語る」ことの典型でもあり、佐々木モデル
とも呼ぶべきアプローチはよいと思う。とはいえ、後半が演劇論なように、
これはやっぱり大書の「現代アート」のパフォーマンス論なんだろう。
ちょっと物足りないのは、そういったなかで(前半は)「不確定性を愛でる
ゲーム的な身体アート」だけを採りあげているのに、フォーサイスのような
モダンダンスが抜け落ちていること。もったいない。それから頭に、漱石が
引用されているが、やはり美学的な「即興」概念をもうすこし掘り下げないと、
どこまでいっても、単にオートマティスムを体験した腕利きライターの感想文に
なってしまうだろう。
あ、でも語り口は、いいです。読者を引きこむ組み立てはうまいです。
思弁の垂れ流しはすこし冗長か。アポリアという結論も、もはや金太郎飴だ。
しかし論そのものは、音楽的行為を「語る」ことの典型でもあり、佐々木モデル
とも呼ぶべきアプローチはよいと思う。とはいえ、後半が演劇論なように、
これはやっぱり大書の「現代アート」のパフォーマンス論なんだろう。
ちょっと物足りないのは、そういったなかで(前半は)「不確定性を愛でる
ゲーム的な身体アート」だけを採りあげているのに、フォーサイスのような
モダンダンスが抜け落ちていること。もったいない。それから頭に、漱石が
引用されているが、やはり美学的な「即興」概念をもうすこし掘り下げないと、
どこまでいっても、単にオートマティスムを体験した腕利きライターの感想文に
なってしまうだろう。
あ、でも語り口は、いいです。読者を引きこむ組み立てはうまいです。