日本時代の台湾で起こった謎めいた事件を1944年生まれの著者が追っていくノンフィクションである。
日中戦争勃発前後に卒業を控えた台湾人中学生がある日、特高に呼ばれて一週間も拘留された。
キーワードは「Fマン」著者はふとしたきっかけで事件を知り、今は老いた事件の被害者や「加害者かもしれない同級生」
に話を聞いて回る。その中で少年達の父の代でも似たような事件が起こっていた事などが浮かび上がっていく構成は
推理小説のようで読み応えがある。また当時の台湾社会を率直に語る複数の証言・記憶は貴重である。
しかし著者は徹底して「台湾人は植民地下で抑圧的な差別を受けていた」「当時の日本人は植民地下で優越な立場にあり、年老いた今もその優越感をふりかざしている」
という持論の本に本書を編纂しており、取材者としては色眼鏡がつきすぎているように思う。事件は出版当時すでに半世紀も前の事であり
当事者達の意見はしばしば食い違うのだが、筆者は「もしかしたらウソをついているのかもしれない。だとしたら〜」と切り出して
飛躍的な結論に導こうとする部分もあった。
日本時代の台湾で被差別的な扱いを受けた人々がいたというのは事実であろうが
取材対象として協力してくれた湾生内地人のおじいさん達を問責するような著者の態度には疑問を感じた。
しかし著者を置き去りにして老人達の言葉に耳を傾ければこれほど有為な本もない。
懸命に日本人になりきろうとした幼い台湾人中学生が「独立主義者」と疑われて拘留される。
釈放される日、「何か言いたいことはないか」と問われた少年はこう言い放った
「私たちは公学校で天皇陛下の赤子になれと教えられ、日本人の形をした人形につくられました。
子どもだから純真な気持ち、教えられたとおり努力してきました。それなのに中学では一生懸命
つくったはずのいい人形を、鼻をもいだり、手を折ったり、耳をちぎったりする。なぜそんなことを
するのかを考えてみてください」
この本があったおかげで私は70年の時を越えて彼の言うとおり考えてみる事ができるのだ。
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